27.ブラコンシスターズ
「なんだかなぁ……」
一難去って、元いたテーブル席に戻ったおっさんたちが、げんなりして呟いた。
そんな姿をカウンター内から眺めていたマルレーネも思わず溜息ついてしまう。
「ほんっと、あの人ったらすぐ怒るんだから……」
ぼそっと呟いた彼女の声が聞こえたのだろう。
近寄ってきたギルド嬢のエリサとリーザも、呆れたように苦笑する。
「キャシーって、リクが絡むとホント、短気になるわよね」
「ですね~。まぁ、怒りたくなる気持ちもわかりますけどね~。私もよく悪さされますし」
エリサに続いてリーザもそう呟き、二人は互いに顔を見合わせ肩をすくめた。
しかし、マルレーネはそんな二人を見て思わず苦笑してしまう。
(あれはそういうのじゃないと思いますけどね)
「お父さんが絡んでいるからですよ?」と、二人に聞こえないように小声でぼそっと呟き、にこにこした。
(だけれど、あの子には困ったものだわ)
再びエリサとリーザが給仕の仕事へ戻っていく中、マルレーネはギルドの出入口扉をぼ~っと眺めた。
(思えば、あの子も不憫な子供なのよね)
今はグレアムの幼女として育てられているラフィや他の孤児院の子供たち同様、リクも不幸な生い立ちを経験している可哀想な子供だ。
狩人をしていた両親が数年前、狩猟の最中に魔獣に襲われ亡くなってしまい、以来、ずっと孤児院暮らしを余儀なくされているからだ。
当時はまだ、一歳とかそのぐらいだったとマルレーネは記憶している。
孤児院の子供たちはみんないい子ばかりなのに、リクだけはなぜか、無類のいたずら小僧へと成長してしまった。
マルレーネの言葉すらいっさい聞かず、本当に一番手間がかかる子供だった。
(だけれど、なぜかグレアムさんにだけは懐いているのよね)
一時期、あの大男に面倒を見てもらっていたことがある。
そのとき、彼はこれまで経験してきた様々な冒険譚や昔話をリクに語り聞かせていた。
それを、あのきかん坊は目をキラキラ輝かせながら楽しそうに聞いていたような気がする。
(きっと、鬱屈した思いを抱え込んでいるんでしょうね。ご両親があんなことになってしまったし、もしかしたらそういったいきさつがあったから、やたらと武勇伝ばかり聞きたがるのかもしれない)
まるで、いつか親の仇でも取ろうとでもするかのように。
『おいらも兄貴みたいな強くてかっけぇ大人になるんだっ』
それが赤毛少年の口癖だった。まぁ、やってることはまるっきり真逆なわけだが。
(いずれにしろ、あそこまで心酔しているわけだし、グレアムさんだったら言うことを聞かせられるんじゃないかしら)
「今度時間作ってもらってしつけてもらおうかしら、ギルドの仕事として」と、マルレーネが不穏なことを考えほくそ笑んだときだった。
ガチャッと扉が開いて、黒と白のシスター服を着た二人の姉妹が姿を現した。
「……あら?」
カウンターに頬杖ついていたマルレーネは、顔見知りの少女たちの姿にきょとんとした。
「あ、おはようございます、皆様方」
最初に入ってきた少女がぺこりとお辞儀をする。
続いて入ってきたもう一人の少女も軽くお辞儀したあと、挙動不審なぐらいに何かを探すようにキョロキョロし始める。
そうして、彼女たちはマルレーネの姿を認めて近寄ってくるのだが、彼女たち二人は、シスター服から露出している水色の髪も顔も、見分けがつかないぐらいの瓜二つだった。
そう。彼女たちは正真正銘の双子姉妹だったのだ。
「あの、マルレーネさん」
最初に入ってきた挙動不審ではない女の子の方が、カウンターに着くなりそう声をかけてきた。オルレア・アルコット。それが彼女の名前である。現在十六歳で、ライラの義理の妹に当たる。
「うん? どうかしましたか?」
「はい。えっと、教会からのお使いで、エールとビールの樽を合計で五樽お持ちしたのですが」
「あ、そういえば今日届けてもらえることになっていたんでしたね」
「えぇ」
多くの村や町では酒の醸造は教会の管轄となっている。教会が指揮し、醸造所でエールやビール、蒸留酒、果実酒や蜂蜜酒などを製造販売しているのだ。
この村も例に漏れず、教会の規模も醸造所も小ぢんまりとしたものだが、それでも酒類は村民の暮らしになくてはならないものだから、休むことなく行われている。
ただ、ホップが利いたアルコール度数の高いビールや、果実を多く使う果実酒、高価な蜂蜜を使う蜂蜜酒などは裕福ではないこの村では大変贅沢な代物だ。
そのため、あまり多く製造することができず、もっぱらアルコール度数が低く原価が安いエール酒がたくさん作られている。
「二人とも、ご苦労様でした。ここまで運んでくるの、大変でしたでしょう」
「ええ。一応、馬車で運んできましたのでそれほどではありませんでしたが」
しかし、店内に運び入れるためには人力が必要となる。そのため、いつもはその辺にいる男衆や調理スタッフに頼んで運んでもらうのだが、
「ねぇ、ところでマルレーネさん」
それまでしきりにテーブルの下とか壁の隙間なんかをジロジロ見ていたもう一人の少女、オルレアの妹であるスノーリアが、唐突に口を開いた。
「お兄ちゃんの姿が見当たらないんだけど、今日、来てないの?」
オルレアと違い、どこか甘えたような口調でそう聞く彼女。
マルレーネは「相変わらずね」と苦笑しつつも、
「今日はまだ来てないですね」
そう答えていた。
スノーリアはその返答を聞いて、
「そっかぁ……どうせ暇してるだろうから絶対に会えると思ってたんだけどなぁ……」
足で床を擦るようにしながら、心底残念そうにする。そんな彼女に、
「ちょっと、リア? そうじゃないでしょ? 兄さんがいたらお酒を運んでもらおうって話してただけじゃない。顔を見るためにギルドに来たわけじゃないでしょ?」
「それはそうだけど、でも最近全然姿見てないでしょ? たまには自分から進んで、私たちに会いに来てくれたっていいと思うの! じゃないとあたし、お兄ちゃん成分足りなくて干からびちゃうよぉ~」
そんなことを言いながら自分自身を抱きしめ、身体を左右にくねくねさせる。そうして、がっくりと項垂れるのであった。
そんな彼女を見て、
(本当に甘えん坊ね)
そうマルレーネは苦笑していたのだが、そんなところへ、またギルドの扉が開き、一人の長身女性が入ってきた。
オルレアやスノーリアにとっては義理の姉に当たる、占師のライラだった。
最初の頃に名前だけ登場していた(?)双子美少女姉妹の登場回となります。
彼女たちについての追加エピソードはまた別の機会でも出てくると思います。
それまでしばらくお待ちください。
【次回予告】
28.いつもの平和な日常




