26.いたずら小僧見参
今年のグラーツ公国南部は好天が続いている。国土の大半が草原などの未開拓地域だが、それ以外はどこの地方も農村地帯が広がっている。
緯度の関係で冬場は比較的寒冷となるものの、夏場はそれなりに過ごしやすい。それでも、真夏にもなれば、外に出ると汗だくとなる。
そんな季節がもう間もなくやってくることだろう。
今日も雲一つない青空は、この南部地方に穏やかな微風を運んでくれている。
そんな場所にあるこのカラール村は、とてものどかでいい村だった――それなのにである。
現在、村にあるレンジャーギルド兼酒場内では、そこら中から若い娘の悲鳴が上がっていた。
「そぉ~れっ、それそれそれ~~!」
「きゃぁぁ~~!」
「ぃやぁ~んっ」
「こぉのっ、クソガキがぁっ」
年端もいかない少年が、酒場の給仕を務めている女性ギルド職員のスカートを次から次へとめくっては、ぶち切れた彼女たちに追いかけ回されていた。
「いいぞ、リク! もっとやっちまえっ」
「うけけ。今日も朝っぱらから、いいもん拝ませてもらったぜ」
ギルドの待合所として機能しているこの酒場で、朝から飲んだくれていた冒険者や狩人たちがゲラゲラ笑い始めた。
たまらず、娘たちのターゲットが丸テーブル席に着いていた男たちへと切り替わる。
「あんたたち! 毎度毎度、朝からバカなことばっか言ってないで、ちゃんと仕事しなさいよっ」
「そうよっ。スカートめくられる、私たちの身にもなってみなさいよっ」
「ううぅ。もうお嫁に行けない……」
恥じらいなのか怒りなのか、顔を赤くして拳を頭上に掲げる娘もいれば、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう少女もいた。
幸い、スカート丈がくるぶしまであるロングスカートだったから、めくられたとはいっても膝下ぐらいまでだが、それでも、女性が足を見せるのは一般的にはしたないと言われている世界だ。
それだけでも彼女たちにとっては死活問題だった。
そんなわけで激おこになった彼女たちはおっさんたちへと詰め寄り、詰め寄られた彼らは顔を引きつらせた。
「ちょ、ちょっと待て! お前ら落ち着けってっ。俺たちがめくったわけじゃないだろうが!」
「そ、そうだぞっ? 文句あるならリクに言えよ!」
身振り手振りで無実を主張する男たち。その甲斐あってか、娘たちの怒りが多少静まる。上げられていた拳が下げられ、腰に手を置く形となった。
「ともかくっ。今度リクと同じような態度取ったら、あんたたち全員、出禁にするからねっ」
「わ、わかったって。だからそんなに怒るなってっ……」
ひたすら苦笑するしかない男たちに、ギルド嬢――キャシーたちがこぞって舌打ちした。
しかし、そんな彼らを尻目に、性懲りもなく、彼女たちの背後へいたずら小僧が忍び寄っていく。そして、再度、スカートの裾をめくり上げようとしたのだが――間一髪、事前にそれを察知したキャシーが大慌てで振り返り、
「二度も同じ手を喰らうかっ」
と叫びながら、少年の頭に手刀を叩き込んでいた。
「いてぇぇっ。何すんだよっ」
「はんっ。自業自得よっ。悪さばっかりしてるからそういう目に遭うのよっ」
六歳児の赤毛少年リクは、今回に限らず、これまでにも村のあちこちで、何度も何度もいろんないたずらをしては大人たちに叱られているような、いたずら常習犯の男の子だった。
孤児院で生活しているから、そこの関係者であるマルレーネとも顔見知りなため、ギルドに顔を出すことがよくあり、そのたびに悪さをしている。
スカートをめくられたのも一度や二度ではない。しかし、なぜか支部長であり、孤児院関係者でもあるマルレーネにだけはちょっかいを出さなかったが。
「――まったく。本当に、ふざけんじゃないわよ。毎回毎回、悪さばっかりしてっ。こんなことばっかりしてると、ろくでもない大人にしかならないわよ!?」
そう言いながら、キャシーは意味深な視線を近くの男たちへと送った。
おっさんたちは「うへっ、おぉ~こわ」と大仰に肩をすくめる。
そんな彼らを鼻で笑ったあと、彼女はもう一度、少年へと向き直った。
「とにかく、もう二度とこんなことするんじゃないわよ? いいわね!? じゃないと、次は本当に容赦しないんだからね!?」
腰に手を当て威嚇するようにそうキャシーは告げたが、赤毛少年には通用しなかった。
叩かれた頭を痛そうにさすりながら、
「ハンッ。イヤだねっ。誰がお前みたいなババァのいうことなんか聞くかよっ」
「は、はぁ!? ばばば、ババァですって!?」
「そうさっ。お前なんかババァで十分だよっ。だからお前のいうことなんか絶対に聞かねぇよっ。それに、おいらは兄貴の弟子にしてもらうんだからなっ。だから絶対に止めるもんかよっ」
そう眼光鋭く睨み付けながら叫び、バカにしたように舌を出した。
瞬間、完全にキャシーがぶち切れた。
「あんたっ……! ふざけんじゃないわよっ。誰がババァよっ。あんたにババァ呼ばわりされる筋合いなんかないわよっ。ていうか、だいたい――」
しかし、彼女の激高はなぜかそこでいったん止まり、すぐさま、何かに気が付いたかのように激情を爆発させて絶叫した。
「ていうか、あんた今なんて言ったの!? 兄貴って言ったわけ!? ……てことはまさか! スカートめくりとか今までのいたずらとかも全部、あいつの差し金だったってことなの!? グレアムの……!?」
「え……?」
鬼の形相となる美人ギルド嬢のグレアム発言に、リクだけでなく、すぐ側にいた他のギルド嬢のエリサやリーザ、それから受付カウンターの中にいた支部長であるマルレーネまでぽか~んとした。
すぐ側のテーブル席にいた男たちなど、
「うっわ……やっべ……グレアムとか言い出したぞ……!」
そう顔面蒼白となって、酒の入ったコップを持ったままあわ食って避難していく。
しかし、そんな彼らの反応にいっさい気付いた風もなく、キャシーはいきなり金切り声を出していた。
「あのおっさんんん! ふざけんじゃないわよっ。あんたもあいつも、今度という今度は絶対に許さないんだからっ」
そう叫ぶや否や、キャシーは頭から湯気でも出そうな勢いで怒り狂い、目の前にいたリクを取っ捕まえようと飛びかかっていったのである。
「ぅわぁぁ~~!」
「こらぁぁ! 待ちなさい! 逃げるなっ」
「逃げるに決まってるだろっ。バ~カ、バカバカバ~カッ」
大慌てで逃げ出したリクは、心底バカにしたようにあっかんべ~と舌を出すと、そのままギルドの外へと遁走していった。
それを追いかけ、「ムキャ~」とキャシーまで出ていってしまう。
そんな二人を呆然と眺めていた一同は、静寂に包まれた店内で、ただただ溜息を吐くだけだった。
いたずら小僧さんがとんでもないことしてますが、この国(この世界?)の女性陣たちはライラさんのような人を除き、基本的に足首までの長さのスカートを着用しているので、ちびっ子がいたずらしても大した被害はなさそう?
【次回予告】
27.ブラコンシスターズ




