23.すんまそ
リビングまで戻ってきたグレアムは、例によって床の上に正座させられていた。どうやらしっかりとやらかした場面を見られていたようで、対面に座るマルレーネはニコニコしながら負のオーラを噴出していた。
更に、お説教タイムに突入しているグレアムの膝の上にラフィがちょこんと座っているものだから、ある意味、拷問器具にかけられているようなものだった。
「あの……さすがにこの状態は痛いのだが……?」
「それはそうでしょうね。ですが我慢してください? グレアムさんはホント、普段は凄い冒険者なのに肝心なところで抜けているんですから。今回こそはきちっとわからせないと、また同じことを繰り返してしまいますしね」
そんなことを言いながら「ふふふ、しつけですよ、しつけ」と妖しい笑い声を上げる。
グレアムは、突然おかしなことを言い出した自分より遙かに年下の娘に間抜け面となる。
「あのなぁ、マルレーネ。お前今、しつけと言ったか?」
「えぇ。確かに言いましたよ。グレアムさんは放っておくと何しでかすかわかりませんしね」
表情変えずに相変わらずニコニコしているマルレーネに、グレアムはげっそりした。
彼女が言うとおり、グレアムは少し天然が入っている部分があるため、本人はその気はないのだが、思わず「やべ、やっちまったか?」といった場面に遭遇することが多い。数日前、おっさん冒険者たちが酒の肴にしていた『邪魔になった樹木ごと小屋を破壊してしまった一件』がいい例だ。
剣技や魔法技能が人一倍高いがゆえの力のコントロールミスということもあるかもしれないが、それでも、本人にしてみれば、わざとやっているわけではないので納得いかない部分ではある。なので、マルレーネの言い方には少しむっとした。
「忘れているかもしれないから一応言っておくが、俺はお前より年上だぞ? しかも一回り以上もだ。俺がお前をしつけるならわかるが、普通、立場が逆じゃないか?」
しかし、ぶそ~っと訴えるグレアムの意見は無視された。
「そんなことはこの際どうでもいいんです。いいですか、グレアムお父さん? 私は言いましたよね? ちゃんとしてくださいねと。ラフィちゃんは女の子なんです。男の子だったらずぶ濡れでも別にいいかもしれませんが、女の子はダメです。濡れた髪をそのまま放置すれば痛むかもしれませんし、抵抗力が低い小さな子であれば風邪を引いてしまうかもしれません。服だって丁寧に扱わなければすぐにダメになってしまいます。そうなったら困るのはグレアムさんですよ?」
「そ、それはそうだが……」
「それにです。率先してラフィちゃんの面倒を見ようとするのはとてもいいことですし、これからもじゃんじゃんやって欲しいですが、慣れるまでは私がいないところではやらないでください。いいですね? お父さん?」
最後、右の人差し指を突き出して首を傾ける仕草をしてみせる、十九歳とは思えない貫禄のある娘に反論できず、グレアムはラフィを後ろから抱きしめながら、「はい……」と項垂れた。
「さて、ではグレアムさんもわかってくださったということで、とりあえずあまり時間もありませんし、朝ご飯の準備に取りかかりますね。ですがその前に、ラフィちゃんの髪をとかしてあげてください。やり方はわかりますね?」
「あ、あぁ。そのぐらいはさすがにな」
「一応確認ですが、優しくですよ? 間違っても馬鹿力でやらないでくださいね?」
「わかってるって……まったく、信用ないなぁ」
立ち上がって厨房へと消えていったマルレーネに続くように、グレアムもまたラフィを後ろから抱っこしながら立ち上がると、寝室のタンスの上に置いてあったクシと鏡をリビングに持ってきた。その上で、ラフィを座らせて髪をすき始める。癖がないお陰で、引っかかることなく根元から毛先までするっと通る。
足を伸ばしてバタバタさせながら、楽しそうに鼻歌を歌っているラフィ。そんな彼女の歌声を聞きながら、ひととおりクシを通したあと、マルレーネが用意してくれた花柄のリボンを使ってサイドツインテにまとめてあげた。
「よし。もういいぞ」
「うん~!」
ラフィは嬉しそうに飛び起きると、身体を左右に揺らして服や髪型を確かめるように踊る。そのまま、厨房で何かの料理をしているマルレーネの元へと走っていってしまった。
「やれやれ、本当に朝から元気だな」
グレアムも苦笑してあとを追いかける。
リビングから続く厨房には扉はなく、そこからいい匂いが漂ってくる。
「うまそうだな。今日の朝飯はなんだ?」
「そうですね。ラフィちゃんが食べやすいように、ライ麦パンを使ったサンドイッチにしようかと思っています」
「ほ~。例の前世がどうとかって奴か」
「えぇ。ですがグレアムさん、くれぐれもそのことは内緒ですからね?」
「わかってるって。下手なことしてお前のうまい料理が食えなくなったら目も当てられないからな」
どれくらい前からかは当事者ではないグレアムにはわからない。しかし、マルレーネから聞いた話によると、彼女には前世の記憶があるという。
一応この世界には六大宗教と呼ばれる様々な宗派が存在するが、そのどれもが魂の存在を肯定している。ゆえに、魂由来の前世の記憶だとか転生とか、そういった考えは普通に信じられているので、前世の記憶があると言われても誰もバカにはしない。
しかし、滅多にない事例なため、もしこのことが悪意ある人間どもに露見したら、何をされるかわかったものではない。特に聖教国の上層部が相手ならなおさらだ。
そんなわけで、他言することはできなかった。
「それで、何か手伝うことはあるか?」
「そうですね。本当であれば、料理を覚えていただくためにもお手伝いしてもらった方がいいのですが、今日は時間がないので止めておきます」
「そうか。じゃぁ、向こうで待ってるから」
「はい、そうしてください」
「あぁ――あとそれから、いつもありがとな。この礼は必ずするから」
グレアムはそう言ってにっこり笑うと、フライパンと菜箸を使って薄っぺらい肉を焼いていたマルレーネの頭を軽く撫でてから背を向けた――のだが、その瞬間、マルレーネの動きが固まった。
どうやらグレアムの言動が予想外だったようで、
「もう! そういうことはラフィちゃんにだけしてあげてください!」
彼女は顔を真っ赤にしながら叫び、しっしと言わんばかりにグレアムを追い出しにかかった。
すっかりお説教癖のあるお姉様に叱られてしまいましたね、グレアムさん。
でも、グレアムさんはお人好しですから、そんな彼女のことも憎らし可愛らしいといったところでしょうか。
お説教お姉さんの方も笑顔ですので、きっと、この時間が楽しくて仕方ないのでしょう(え? 違う?
【次回予告】
24.そしてこれから
※いよいよ次で、『第一話 ラフィ編』完結となります。




