21.さようなら(ラフィ視点)
――ラフィたちに関してはやはり謎が多い。
家財道具すべてを回収し終えた大人たちは、家の外に出て難しい顔をしながらそう呟いている。そんな彼らを、少し離れた地面に立っていたラフィは小首を傾げながら眺めていた。
大人たちは更に、
「隠し収納や意味不明な箱も見つかったことだし、この家にはまだ何か秘密が隠されているのではないか?」
そんなことまで話している。
そのため、また賊がこの森に侵入してくる可能性もあるし、家ごと全部、なんとかして回収した方がいいのではないかとも主張していた。
主にグレアムが、であるが。
しかし村長らは、
「そうは言ってもな。これを移設するとなると、解体から組み立てまですべて行わなければならなくなる。相当だぞ?」
「あぁ。それに、もしこの家にも何かしらの秘密があるってんなら、俺たちでバラせるのか?」
「もし未知の技術とかが使われていたら、お手上げだぜ? 何しろここは幻獣が棲むような森だ。そんなところにわざわざ家建てて住もうってんだ。相当の気違いか何かでもなければそんなこと考えねぇだろ、ふつ~」
「だな。しかも、あの嬢ちゃんの両親二人だけで建てたわけだし。お前が見せてくれたあのおかしな物体を考えると、間違いなく、よくわからん技術や方法使って建てられてると見て間違いないぞ?」
男たちはそう言って、難しい顔をしている。
グレアムも「確かにな」と頷く。しかし、
「それでも、何かしらの手がかりにはなるかもしれないだろう? おかしな術の正体についてとか。それに、よくよく考えてみると、今回の一件はいろいろ腑に落ちない点が多いんだよな。なぜあの賊どもがわざわざこんな場所まで来てラフィたちを攫おうとしていたのか。明らかに不自然だろう?」
いくら奴隷売買絡みとはいえ、普通に考えたらこんな辺鄙な場所に入ってきたりなどしない。通常は、もっと確実に収穫が見込めそうな小さな村落などを襲って略奪の限りを尽くすはずだ。それなのに、子供がいるかどうかもわからないようなこんな場所にわざわざやってくるというのもおかしな話だ。
グレアムはそう、周りの大人たちに胡乱げな視線を投げながら説明していた。その上で、彼は懐から大きな金貨を一枚取り出す。
グレアム含めて彼ら大人たちの様子をきょとんとしながら見つめていたラフィは、次の瞬間に巻き起こった彼らの呆れたような反応を見て、大きな瞳と小さな口を目一杯広げてびっくりしてしまった。
「お前、そこまでするか?」
一人のおじさんが呆れたように額を抑えて項垂れた。
「グレアムさん……あなたは相変わらずですね……」
キレイなお姉さんが大きな瞳を細めて残念そうに見つめている。
「まさか、子供できた途端、いきなり親バカになるとは思わなかったぞ」
別のおじさんがうんざりしたような顔をした。
他の人たちも例外なく残念そうにしている。
しかし、ラフィの保護者となったグレアムは、彼らがなぜそんな態度を取っているのかわからないといった感じだった。
「なぜお前らがそんな反応するのかいまいちよくわからないが、とにかく、大金貨一枚やる。だから、これでなんとか試すだけ試してみちゃくれないか? それでダメならあとは俺の方でなんとか考えるし。村長、村の運営資金のこともあるし、金欲しいだろ? 俺からのギルドへの依頼ってことでさ」
そう言ってニヤッと笑うグレアムに、村長は深く溜息を吐いてから、
「あ~あ~、お前はホントに……わかった、わかったから、その金はとりあえずしまっておけ。一応検討するだけ検討してやる」
「そ、そうか。恩に着る!」
グレアムはそう言って頭を下げた。
そんな彼らを生家の入口付近で見ていたラフィは、彼らから視線を外すと、生まれてからずっと暮らしてきた愛着のある我が家を下から見上げた。
なんの変哲もないどこにでもあるような木の家。ところどころに苔が生え、大分痛んでいる部分もある。森の中や山の中にある小屋としては普通だろう。
だけれど、彼女にとってはとても大切な場所。
両親と一緒に暮らした思い出の場所。かけがえのない家。
そこを眺めながらふと、彼女は心の中に響いてきた声に、「うん」と、反応していた。
もう随分と久しぶりに聞く声だったから、思わず懐かしさと寂しさでいっぱいになってしまい、泣きそうになってしまったけれど、彼女の顔には笑顔が満ちていた。
(……おとうたま、おかあたま――うん~! だいじょぶなのです! ラフィ、やっと、みつけてもらったのです! ずっと、いっしょいてくれるひと、あえたのです! ……うん? うん~! わかりましたなのです! ラフィ、ずっと、ぐ~たんからはなれないのです! ぐ~たんがいてくれれば、ラフィ、さみしくないのです! だから、あんしんするのです!)
とても小さな小さな女の子はニコニコしながらそう、目に見えない、誰なのかもわからない相手と話をし続けた。
心の奥底には今もまだ、言葉とは裏腹に何かが欠けてしまったような、そんなおかしな感覚が消えずに残っている。ふとした拍子にそれを思い出しそうになり、無性にもの悲しい気分になってしまうけれど、それでも、今はもうひとりぼっちじゃない。
彼女は本能的にそう認識して、少しだけ安心感に満たされた。
生家に別れを告げるように軽くお辞儀したあと、彼女はダダダと、背の高い筋肉質な男へと駆けていき、飛びついた。
突然抱き付かれた男は状況がよく飲み込めずに大慌てとなってしまったものの、彼女は気にせず楽しそうに笑いかけながら、
「ぐ~たん! これからよろしくおねがいしますなのです!」
そう、元気よく挨拶した。
グレアムお父さんの過保護が本格スタートし始めました(?)
今後、どこまでエスカレートするか見物です。
【次回予告】
22.新たな日常の始まり




