19.ラフィのお引っ越し
身寄りのなくなったラフィを引き取ることになったグレアムは、それからの数日間は本当に大忙しとなってしまった。
役場に養子縁組の届け出を出したり、一部の村人に事情を説明して紹介したり。
ちびっ子のための家財道具なんかも新調することになって、てんてこまいだった。
初めてのことで戸惑いやらなんやらいろいろあって、頭を思い切り悩ませながらも、とりあえず、形になるところまでは準備した。
あとは必要になったそのときどきで、いろいろ揃えていけばいいだろう。
そう判断し、ひとまずグレアムは一息つくことにしたのだが、そんなとき、ふと、彼の脳裏にあることが思い浮かんだ。
ラフィの生家についてである。
両親のはっきりとした生死は不明だが、事実上、彼らはもう亡くなってしまっているようなものなので、おそらく、あそこに誰かが戻ってくることはないだろう。だったら、ラフィが今まで使っていた家財道具なんかを回収してきてあげた方がいいのではないかと、そう考えたのだ。
今まで使っていた愛着のある洋服もあるだろうし、何より、親の形見かもしれない品もいくつかあるはずだ。
ラフィにとってはとても大切な品だろうし、取りに行ってあげた方がいいに決まっている。
そう思ったからこそ、どうしようかなと悩んでいたのである。
(取ってくるのは簡単なんだけどな。ただそうなると、ラフィをどうするかだよな)
ラフィにとって、あそこは思い出の場所であると同時に、とても辛い出来事があった場所でもある。先日事情を調べるために森に入ったときには、それほど精神的苦痛を受けているようには見えなかったが、今度も大丈夫とは決して言い切れない。しかし、
(だからといって、ラフィを誰かに預けて大人たちだけで片っ端から運んでくるというのもな)
もしそんなことをしたら、おそらく彼女は泣いて暴れるだろう。
(幻獣たちと一緒に暮らしていたとはいえ、長いこと森でひとりぼっちだったからな。お留守番とか極端に嫌がっていたし……もしかしたら心的外傷になっている可能性すらあるかもしれないからな……)
グレアムはリビングでマロと戯れているちびっ子を見つめた。
ここ数日間、彼女と一緒に生活していて気付いたことがある。それは、グレアム以外の人間にはまだ、全然懐いてくれていないということだ。
表面上はなんともなさそうにみんなと仲良くやっているが、グレアムの姿が少しでも見えなくなると、すぐに大慌てとなって「ぐ~たん、ぐ~たん!」と騒ぎ出すことが多かった。マルレーネが近くにいるときでさえも。
そこから考えるに、おそらく今の段階では誰かに任せることなんかできはしないだろう。もう少し時間が経てばお留守番もできるようになるかもしれないが、今はまだ無理だ。
つまり、連れていくしかない。
(まぁ、いらないものとそうでないものの選別もした方がいいだろうしな)
そう思い、グレアムは最終判断をどうしても下せなくて、ラフィに声をかけていた。
「ラフィ」
「ん~?」
「ラフィが前に住んでいた家に、服とかいっぱい残ってるだろ? 一応、ウサギの人形? だけは持ってきたが」
ラフィの生家に状況を確認しに行ったときに見つけたぬいぐるみ。結局彼女はあれを手に持ったまま離す気配がまるでなかったので、そのまま持ち帰って今は二人が一緒に寝ているベッドの枕元に置いてあった。
ラフィは少し考える仕草をしてから、グレアムの言葉に頷いた。
「うん~。おようふく、いっぱいあるのです。おかあたまがつくってくれたのが、いっぱいあるのです!」
「そうか、そうなのか。いっぱいあるのか」
「うん~~」
(しかも、母親に作ってもらっていたとはな)
だったらやはり、彼女にとっては唯一無二の大切な形見といっても過言ではないだろう。
できれば回収してあげたい。もしかしたら、両親の匂いが染みついたものを持って帰ってきたことで、いろいろなことを思い出してしまい、結果的に彼女を苦しめてしまうかもしれないけれど。
「ラフィはどうしたい? 今度からここで暮らすことになるわけだけど、服とかいろいろ持ってきたい?」
優しく声をかけるグレアムの言葉に、ラフィは始め、言葉の意味を理解できていないみたいにきょとんと小首を傾げていたが、しばらくしてから、
「うん~~! ラフィ、おようふくほしいのです!」
そう元気よく答えた。そんな彼女にグレアムは「そうか」と返事をし、自然と笑みがこぼれた。ラフィが受けた心の傷がどれほど深いのかも気にはなったが、それでも、
「よしっ。じゃぁ、服とかいろいろ取りに戻るかっ」
そう明るく声を発した。
本格的に親子として新生活をスタートしたふたり。
グレアムさんは相変わらず子育てにまったく慣れていませんが、ちびっ子の方は大分、新しい環境に馴染めているようですね。
でっかい鳥さんの代わりに、マロちゃんたちやグレアムさんをもふって遊んでいるようです。
【次回予告】
20.三度森へ




