18.父と娘の始まり?
「……多くのことは申せぬ。だが、一つだけ言えるのは、その娘の親はもうこの世には存在しないということだ。我らにも、かの者らが実際何者で、何をなしたのかまではまるで理解し得ぬ。古き盟約に従い、主らの村とは互いに不可侵を貫いてきたが、かの者らともまた、盟約を結んでおる。それがゆえに、一時的にその娘を保護したに過ぎぬ」
「盟約か……」
ようやく重い口を開いてくれた幻獣に幾分気分が落ち着いたグレアムは、記憶の片隅にある情報を引っ張り出していた。
彼自身、幻獣が発した古き盟約なるものが実在していることは知っている。以前、村にある古い文献を見せてもらったことがあるからだ。しかし、大昔にこの地を訪れ、村を興した魔法使いがいたという記述があるのみで、その内容までは記載されていなかったが。
当然、その者が村に魔法を伝えたのかどうかもわからない。
「もしかして……ラフィの親はその創設者に縁ある者たちだったのか?」
呟くように言ったグレアムの言葉の意味を、どうやら幻獣は理解したようだ。
「その辺りはよくはわからん。だが、かの者らが正真正銘の人族であり、盟約を結んだことだけは確かだ。だからこそ、三人が聖域の中に入れるように手を打ったのだからな」
「なるほど。そういうことだったのか。だからラフィたちは両親の術云々関係なく、聖域内に逃げることができて、匿ってもらえたというわけか。しかし、だったらその盟約とはなんだ?」
「始めに申したが、それを主に教える義理はない」
期待していたわけではないが、やはりそこだけは禁忌に触れるようだ。まったく口を割る気配が見られなかった。
「……まぁいい。ラフィの親とどんな盟約を結んだのかわからんが、ともかく、それがあったから、ラフィの親が使ったよくわからない術で逃げてきたラフィを保護しただけと」
「そうだ。だが、少し目を離した隙に、そこのバカ娘は逃げ出してな。本来であれば、すぐさま連れ戻して保護すべきだったのだが、いろいろ事情があったゆえ。それゆえ、賊どもの蛮行を止めること叶わなかったことは素直に謝罪しよう。しかし、我らは本来、一部の種族を除いて人間には不干渉を決めている。余程のことでもない限りは盟約の範囲内でしか動かん」
「そうか」
これ以上話をしても、何も情報は得られなさそうだ。グレアムは肩をすくめてみせた。
「大体の事情はわかった。おおよそラフィから聞いていた内容とほとんど変わらなかったけどな」
グレアムはそう前置きしてから、
「それで、ラフィの今後の扱いについてなんだが、俺たちはどうしたらいい?」
じっと探るように見つめていると、
「先程も申したであろう。既に我らが役目は終わった」
幻獣はそう言って、意味深にラフィを見つめた。
グレアムの足下にまとわりついていた彼女も、何やらじ~っと、白き幻獣フェフェを見つめていたが、やおら元気よく「うん~~!」と返事をして大きく頷いた。
「ラフィ、ぐ~たんといっしょにセイカツするです! ぐ~たんといれば、ラフィ、もうこわくないのです!」
ラフィはそう、今日一明るい声を発して、ニコニコ笑顔をグレアムに向けた。
グレアムはなんとも言えない気分になりながらも、幼子を左腕に乗せるように抱っこする。
その拍子に、襟巻きになっていたマロが頭の上に飛び乗ってベタ~と寝そべった。
(おいおい……)
首にしがみつくちびっ子と、頭の上で寝そべってニャ~と鳴く白猫に、「なんだかなぁ」と思いながらも、
「まぁいい……とりあえず、ラフィのことは俺たちに任せる。そう受け取ればいいってことだよな?」
「そういうことだ。今回はたまたま、主らの気配を察知して聖域の奥より出てきたに過ぎぬ。今後はまた、主らの村とは不可侵となり、点が交差することはないだろう。だが、ゆめゆめ忘れるでないぞ? もし万が一その娘に何かあれば、我らはかの者らとの盟約が終了していたとしても、主らの村を滅ぼしにいくとそう思え。たとえ、古の不可侵条約があったとしてもだ。それだけは忘れるな」
つまり、それだけラフィたちとの繋がりを大切に思っているということなのだろう。
白き幻獣はもはやこれまでとばかりに、聖域の奥へと消えていった。
「やれやれ……」
ここ二日の間にいろいろあり過ぎてすっかり疲れ果ててしまったグレアムは、軽く溜息を吐きながら元来た道を戻っていった。
そして、歩く道すがら、今後のことに思いを馳せて、肩を落とす。
ラフィとその両親の身に何が起こったのかはこれで大体すべてが判明した。
どんな事情があって森で暮らしていたのかはわからないし、人間ではあるが、両親が何者なのかもよくわからない。幻獣との間にどんな盟約が交わされていたのかもだ。
それでも、三人の親子がずっとこの森の中で生活していたこと。そんなところに賊どもが襲ってきて、よくわからない術を使って両親がラフィを幻獣の元へと逃がしたことだけは確かだ。
しかしその代償として、幻獣が言うには既にこの世には存在していないという。ラフィは胸の中にいると言っていたけれど、既に声も聞こえず、どんな状態になっているのかもわからない。
だから死亡したと解釈した方が混乱も少ないだろう。
そしてそれは、文字通りラフィが天涯孤独の身となってしまったことを意味する。
そんな彼女を幻獣たちに託された。
(これ……詰んでないか?)
冷静に現状を分析した結果、グレアムにできることなど一つしかなかった。
(参ったな。てことはやっぱり、これはもう、俺が面倒見るしかないってことか……?)
幼女と送る今後の生活を想像して途方に暮れかかるとともに、グレアムはラフィリアウナという名の幼子から感じる奇妙な力も本能的に感じ取るのだった。
(どうすっかな)
グレアムは木漏れ日差し込む空を見上げた。
――生態があまりよくわかっていない幻獣たちに匿われていた不可思議な娘。
(この子、昨日もマロと話している風だったしな。どう考えても、動物と会話できる能力を持っているとしか思えない)
数多くの見識を持つグレアムですら、聞いたこともない力だった。
果たして、その力が何に由来するものなのか。
今の段階ではまるで見当もつかなかったが、それでもただ一つ言えることは――
「結婚もまだなのに、ついに俺も子持ちかよ……ていうか、本当に俺の娘になりたいのか……?」
誰に言うでもなく呟くグレアムに、
「うん~? むすめ~?」
ぼぅ~っと空を見上げたままのグレアムと、きょとんとするラフィだった。
――こうして、父と娘の新しい生活が始まる。
襟巻きマロちゃんとマロちゃん帽子。
白猫ちゃんはグレアムさんのことが大好きみたいですね。
そしてついに、正真正銘のお父さんになってしまったグレアムさん。
子育て大変そうですが、ラフィちゃんみたいなお子さんなら文句はない、はず?
【次回予告】
19.ラフィのお引っ越し




