16.未知との遭遇
「バカな……! お前は……幻獣か……!?」
愕然と振り返ったグレアムの目の前数歩先には、上背のある彼を遙かに凌駕する大きさの生物がいた。
淡く光っている聖域内からこちらを睨み付けるように様子を窺っている巨体。
全体的に縦に長く、グレアムの一・五倍はあろうかというほどの白い鳥。
一見すると海岸線に生息しているペンギンのような見た目をしているが、全体的に白いもふもふした被毛に覆われているせいか、どちらかというと生態はフクロウに近いかもしれない。
目つきも獰猛でくちばしも尖っており、金色に光った冠羽が九枚ほど生えている。
そんな見たこともない姿の生物に、グレアムは戦慄した。
眼前の生き物から漂う殺気や魔力が尋常ではなかったからだ。
普通の人間であれば、自身が持つ魔力が周囲へと漏れ出て他者を威圧するようなことはいっさいない。しかし、数百人編成の冒険者や兵士らが束になってかからなければ勝てないような凶悪な魔獣などが相手だと、魔力を体内に抑えることができず、それが周辺へとあふれ、生態系を変えたり魔力それ自体が毒の気である瘴気へと変じたりすることがある。
今目の前にいる生き物から発せられる魔力――のような不可思議な力も、まさにそれと同じような現象を引き起こしていた。
瘴気に似た凶悪な不快感が全身を威圧してくる。
「くっ……今までにいろんな奴の相手をしてきたが、ここまで化け物じみた怖気を感じたのは初めてだぞ……! しかも、聞き間違いでなければ、こいつは今、人の言葉をしゃべったのか……?」
グレアムは警戒しながらも、いつでも動けるように腰を低くした。
大抵の敵であれば、彼に倒せない相手はないのだが、おそらく最強クラスの幻獣であろう目の前の敵が相手では明らかに分が悪い。まともにやり合ったらさすがに無事ではすまないだろう。
(ちっ……どうする……?)
一人、危機感も露わに逡巡していると、
「人間よ、その娘をどうするつもりだ?」
相変わらずの鋭い声色で、幻獣と思われる生物から声が発せられた。
白い巨鳥はその場から動こうとはしないが、もし仮に一歩でも逃げる素振りを見せたら容赦なく攻撃してくるだろう。それぐらいの殺気が依然、放出されたままだった。
「どうするもこうするも、俺はただラフィを保護しただけだ。別に取って食ったりしないし、できればこの子は安全な場所で、安全に暮らせるようにしてやりたいと思っているだけだ」
「……我にそれを信じろと? 他者を蹴落とし、同族同士、平気で殺し合う嘘つきの集まりである人間どもの言葉をか?」
白い幻獣はそう言って、金色の鋭い双眸を細めた。
なぜこの幻獣がラフィのことを気にかけるのかわからないが、ここで気圧されたらすべてが終わる気がする。グレアムは眼光を鋭くした。
「あんたがどう思おうとそれはあんたの自由だ。確かに俺たち人間にはそういった側面があることも事実だからな。だから信じろとは言わない。しかし、俺が言っていることに嘘偽りはない。本来であればこの子を親の元に返してあげたかったんだが、どうやら、そうもいかない事情があるみたいだからな。それで仕方なく、こうして保護しているだけだ」
そこまで言って、グレアムは油断なく幻獣から胸の中の幼子へと一瞬だけ視線を向けた。首にしがみついてぐずっているラフィは、相変わらず顔を埋めたままだった。
グレアムはそんな彼女を見て胸が痛くなり、こんな状況にもかかわらず右手で背中をさすっていた。
白い幻獣はただそれをじっと見つめてくるだけ。
そんなおかしな状態がしばらく続いたあと、ラフィも異常事態に気が付いたのだろう。軽く鼻をすするような音をさせてから、ゆっくりと顔を上げた。目の周りや頬が少し濡れていて、若干不機嫌そうにしていたものの、何かに気が付いたかのように後ろを振り返った。そしてその瞬間、まるで別人のように、彼女の表情が輝かんばかりの愛らしい笑顔へと変わっていた。
「あ~~~! フェフェたんなのです! もっふもふのとりさんがいるのです!」
そう叫ぶなり、ラフィは先程までの不機嫌さが嘘だったかのように、楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるのであった。
「あ……こ、こら……! ラフィ……! そんなに動いたら落っこちるぞ……!」
突然ちびっ子が暴れ始めたせいで、危うく彼女を落としそうになってしまい、仕方なくグレアムはラフィを地面に下ろしてあげたのだが、その瞬間、彼女は呼び止めるよりも早く、跳ぶように走っていってしまったのである。
「お、おいっ……待て……!」
幻獣へと飛びかかっていくラフィに焦り、慌ててあとを追いかけたのだが、
「フェフェた~ん! おひさしぶりなのです! もふもふもひさしぶりなのです!」
「ふぉっふぉっ。久しぶりじゃのぉ。息災であったか?」
「うん~。よくわからないですが、ソクサイだったのです~~!」
「そうかそうか」
なぜか結界の役目を果たしているはずの聖域をすらすり抜けて、ばふんと、毛玉のような生き物の羽毛布団の中にめり込んでいったラフィと、それを先程までとは打って変わって別の生き物のような好々爺然とした言動で迎え入れた白き幻獣。
そんな一人と一匹の姿を見て、グレアムは一人、呆然と固まるしかなかった。
白き鳥さんの登場です。
ペンギンみたいな鳥さんに向かって、両手挙げてテクテク走っていくちびっ子。
彼女のもふもふタイム到来ですね。
【次回予告】
17.フェフェ




