14.手がかりを探して
内部は入ってすぐのところが調理場で、右手側が一つの部屋となっているだけの狭い建物だった。
部屋の中央に大きなベッドが一台ある他は、壁にタンスがいくつかあるだけ。
そして肝心の遺体はどこにも見受けられなかった。
誰かが争ったような跡こそあったものの、飛び散った鮮血の跡も見られない。
「いったいどういうことだ……?」
狐につままれた気分のまま、室内を観察していると、
「ぐ~たん、めをあけてもいいですか?」
我慢できなくなったのか、ラフィがもぞもぞし始めた。
仕方なく、グレアムは「あぁ」と一瞬反応しそうになりかけるも、
「ぐ~たん?」
幼子が発した「ぐ~たん」なる言葉が気になり、思わず問い返していた。
「うん~。おなまえがグレアムだから、ぐ~たんなのです」
「そ、そうか」
たった一日しか経っていないというのに、知らない間に可愛らしい愛称をつけられてしまったものだ。一瞬たじろぐグレアムだったが、
「よ、よし。もう目を開けてもいいよ」
そう返事をし、彼女を床の上に下ろしてあげた。
「わ~……ラフィのおうちなのです! ひさしぶりなのです!」
「久しぶり?」
床の上をぴょんぴょん飛び跳ね、タンスやベッドを物色し始める幼子。
「はいなのです~。わるいひとたちがきて、おとうたまとおかあたまににげなさいいわれて、ずっと、ピカピカしているところで、かくれていたのです!」
「なるほど……そういうことか。それで、久しぶりって言ったのか」
「うん~~」
楽しそうにはしゃぐラフィ。その姿を見る限り、彼女の家はここで間違いなさそうだ。
(妙に生活感があることから考えてみても、おそらく長い歳月、親子三人仲良くここで暮らしてきたんだろうな。それこそ、ラフィが生まれたとき、あるいはそのずっと前から)
しかしそれなのに、そんなささやかで平穏な毎日だったのに、いきなり賊が現れすべてが壊されてしまった。
両親に逃げろと言われ、一人聖域まで逃げるしかなかった幼子の姿が思い描かれ、グレアムは胸が痛くなってしまった。しかし、同時に、妙な引っかかりも覚えていた。
(ピカピカしているところで隠れていた、か。聖域の外ならまだいいが、内部となると話は別だ。どうあがいても、あの中には入れないはずだからな)
聖域内には何人たりとも入れない。そう言い伝えられている。にもかかわらず、万が一、隠れていた場所が聖域内だったら?
(それから、ラフィの両親についてもわかってないことが多すぎる)
逃げろと言ったあと、二人はどうなってしまったのか。
グレアムはどうしようかと思ったが、このまま家の中を調べていてもらちがあかないと判断し、苦悩の末、両親のことを尋ねてみることにした。
「なぁ、ラフィ。その、なんだ。辛いかもしれないけど、ラフィのお父さんとお母さんが今どこにいるかわかるか?」
沈鬱な表情を浮かべながら問いかけるグレアムに、最初ラフィはきょとんとしていたが、すぐに首を傾げて口を開いた。
「おとうたまとおかあたまは、ラフィのおむねのなかにいるのです。わるいひとたちにいじめられて、ピカってひかって、ラフィのめのまえできえちゃったのです。でもでも、おかあたまがいってたのです。おとうたまとおかあたまは、ずっとラフィのここにいるって」
幼子はそう言って、自身の胸をポンポン叩いた。
幼い子供に死の概念はわからないだろう。
だから心の中で生き続けるという意味で、彼女の両親が教え諭したのかもしれない。
しかし――
もしもラフィが教えてくれたことが、本当に言葉そのままの意味だとしたら、『光って遺体も残らず消滅してしまった』ということになる。
これは、別の意味で大問題だった。
(今までいろんなもん見てきたが、さすがにそんなおかしな術使える人間がいるだなんて話、見たことも聞いたこともないぞ? まさかとは思うが、ラフィの両親は人間じゃないのか?)
しかし、今の段階では情報が少な過ぎて、それ以上何もわからなかった。
仕方なく、グレアムは胡乱げに幼子へと視線を向けた――のだが、
「あ……おにんぎょう! おにんぎょうさんがあったのです!」
知らない間にベッドの上に乗っていたラフィが、彼女と同じぐらいの大きさの、クッションのようなものを手に持ってキャッキャしていた。
よく見ると、それは不格好なウサギのような姿をしていて、背中に翼まで生えていた。
グレアムにはそれがなんの生き物なのかよくわからない。
(空想上の生き物か?)
軽く思考を巡らせてみたが、すぐに打ち消した。
「ラフィ」
「うん~?」
「ここが君の家で間違いないんだよな?」
「はいなのです」
「君のお父さんとお母さんは本当に消えてしまったけど、今もまだ、胸の中で生きている。そういうことでいいんだよね?」
「うん~」
「そっか……」
幼さゆえか、ラフィの説明は要領を得ず釈然としないものがあったが、納得するしかなかった。
彼女の両親が本当に死んでしまったのかどうかはわからない。しかし、急に目の前からいなくなってしまったのに、彼女はこうして明るく振る舞ってくれている。
本来ならずっとしょげかえっていてもおかしくないはずなのに。
幼心ながらにも無理しているだけなのか、それとも親の言葉を信じて、いつも両親と一緒にいると感じ取れているからなのか。どちらなのかはまったくわからない。
もしかしたら、本当に胸の中に両親がいて、彼らの温かさを常に感じ取れて、更にはグレアムという甘えられる親代わりが身近にできたことで、平然としていられるだけなのかもしれないが。
いずれにしろ、これ以上ここを調べていても答えは出なさそうだった。
「あとはピカピカ光っているっていう場所か」
一応念のため、ラフィが隠れていたという場所も確認しておく必要があるかもしれない。そこに、彼女の身元や両親に関する何かの手がかりが残されているかもしれないから。
グレアムはぬいぐるみを抱きしめたままのラフィを伴い、小屋の外に出た。
家の出入口前で瞑目し、彼女の両親へ祈りを捧げる。
依然、彼らの安否は不明だ。それでも、状況から察するに、おそらくもうこの世には存在しないのだろう。
だからあとのことは任せろという意味で、祈りを捧げた。
その後、グレアムはラフィやマロの指示に従って、更に森の奥へと分け入っていった。
そして、それを視界に捉える。
霧の立ち込める鬱蒼と生い茂った森。
木漏れ日とは明らかに違う、青や白といった淡い光が周囲に満ちあふれている面妖な場所が目の前に広がっていた。
うさぎのぬいぐるみはラフィのお気に入りの一つです。
背中の羽は天使の羽みたいにちっこいのがついてます。
【次回予告】
15.聖域
※6/1~2 は二話ずつ更新となります。




