13.再び森へ
急ぐ旅でもないので、ラフィの体力面を気にしながらゆっくりと移動し、アヴァローナの森へと辿り着いたグレアムたち。
外から見上げる森の雰囲気は昨日とほとんど変わらない。
獣の気配もしなければ、人の気配も感じない。
「ラフィ、今から森の中に入るけど、大体どの辺にいたのか、わかるかい?」
幼い少女は昨日とは違い、随分と気持ちが落ち着いているように見えた。グレアムと一緒にいればもう大丈夫だと、本能的に悟ったからなのかもしれない。
表面上は元気そうだった。
「ん~~? んと……おとうたまとおかあたまといっしょにいたところ、ピカピカしてて、キレイだったのです」
「ピカピカ……? ひょっとして、白い靄が出てたとか?」
「もや……? よくわからないのです。でも、キレイだったのです」
グレアムに肩車してもらっていたラフィの説明は茫漠としていて、要領を得なかった。しかし、グレアムには彼女が語る場所に心当たりがあった。
「まさか……ラフィたちがいた場所って、聖域の中じゃないだろうな……」
さすがのグレアムも聖域の中にまで入ったことはない。
しかし、聖域近くの森は他とは様相が異なるという話を耳にしたことがある。
周囲にはひんやりとした霧が立ち込め、視界も悪く、一歩間違えると方向感覚が狂って二度と外へは出られなくなる。
(俺が知る限り、ラフィが話してくれたような場所はあそこしかないからな。行ってみる価値はあるか)
グレアムは覚悟を決め、周辺探知能力に長けたマロを先頭に、森の中へと踏み入っていった。
運がよければ、幼子が指し示した場所へ辿り着けるだろう。
(何しろ、マロの探知能力は聖域の幻惑すら凌駕するからな)
広範囲気配察知と、普通の人間では探知不可能なスキル晶石と呼ばれるクリスタル状の石を見つけ出す能力。
それがマロが有する特殊能力の正体だ。
なぜ普通のネコがそんなものを持っているのかについては、グレアムもあまりよくわかっていない。調べてもわからなかったからだ。
だから今ではそういうものだと割り切っている。というより、そこまで気にしていない。
というのも、マロが採ってきてくれるスキルマテリアルの材料であるスキル晶石は、非常に高価な材料として知られているからだ。
しかも、本来であれば遙か東の小大陸ノーラスでしか採れないとされる希少価値の高い代物でもある。
それなのに、アヴァローナの森の奥地からマロが取ってきてしまった。
驚天動地とはこのことだが、それでも、マテリアルを生産して販売することを生業とするスキル創者でもあるグレアムにはとっては、大変喜ばしいことでもあった。高級素材がただで手に入るのだから。
だからこの際、マロがなぜそのような能力を持っているのかについては敢えて目を瞑ることにしたのである。
ちなみに、チョコもマテリアル生成時に使用する魔力草と呼ばれる素材を取ってくる能力を持っている。
(まぁ、普段から採りに行かせているからな。そこまでは簡単に行けるだろう。あとはラフィ次第か)
グレアムはそんなことを考えながら、どんどん奥へと進んでいった。
薬草が採れる場所も通り過ぎ、昨日捕り物沙汰した場所よりも更に奥へと分け入っていく。
森の中の景色はあまり変わっていない。
ところどころから差し込む木漏れ日が、幻想的な光の筋を薄暗い森の中に描いている。
丈の長い草木が行く手を阻むが、一定の間隔で左右に薙ぎ倒されている部分がある。
「ラフィ、この辺に見覚えはあるか?」
左腕に座るようにしているラフィは左右をキョロキョロした。
「よくわからないのです。でもでも、くらくてきがいっぱいはえてるとこにいたのです。おとうたまとおかあたまと、ずっといっしょにいたのです。ちかくに、ピカピカがあったのです」
「なるほど……」
グレアムは彼女が話してくれた内容を聞いて、やはりかと思った。間違いなく、この子はなんらかの理由により、聖域近くの森の中で暮らしていたのだと。
そして、どういう経緯か知らないが、そこに突如現れた昨日の賊どもによって、ラフィの両親は殺されたか拉致された。
そう考える方が自然だった。
問題は、その場所が聖域の外かうちかだが。
と、一人眉間に皺を寄せていたら、草むらの中を先行していたマロが小さく鳴いた。
「どうした、マロ?」
「ニャ」
もう一度鳴くと、草を鳴らして更に奥へと走っていってしまった。
「おいっ……」
グレアムは慌てて追いかけるが、すぐさま立ち止まることになった。
「小屋……か? どうしてこんなところに……」
思わずついて出た呟きを耳にしたのかどうかわからないが、ラフィも「あっ……」と声を上げた。
「おうちなのです! ラフィとおとうたま、おかあたまのおうちなのです!」
嬉しそうに左腕の上でぴょんぴょん飛び跳ねる彼女に、グレアムは胸中複雑だった。
幸い、聖域内ではなかったが、遙か前方にある古びた小屋がラフィの家で、そこでずっと暮らしていたのだとしたら、最悪の結末しか待っていない。
昨日の賊の尋問はまだ途中とのことだったが、ラフィは自分の親が「いじめられた」と証言していた。
それはつまり、殺されているかもしれないということだ。もしかしたら、今もまだ遺体が転がっているかもしれない。
小屋のすぐ目の前まで来たグレアムは、入るかどうか躊躇した。実の親の遺体を幼子に見せていいはずがないからだ。
ラフィが死という概念を理解しているかどうかはわからない。それでも、まったく動かなくなってしまった親の姿を見れば、嫌でもショックを受けてしまうに違いない。
直接殺害の現場を目撃していたとしても、再度、それを目にするのはあまりにも酷というものだ。
「ラフィ」
「うん~?」
「ちょっと中を調べてくるから、マロたちと一緒に外で待っててくれるか?」
優しく声をかけたつもりだったが、幼子は思い切り首を左右に振った。
「――ャ! ラフィ、おるすばん、イヤなのです! ひとりぼっち、イヤなのです!」
そう言って、彼女は怯えたようにグレアムの首にしがみついた。絶対に離すもんかと言いたげに、ピクリとも動かない。
「参ったな……」
相変わらず子供の相手に慣れないグレアムは途方に暮れかかるも、
「仕方がない。マロとチョコ、扉を開けるから、中の様子を見てきてくれるか?」
足下にいた白猫とカルガモは、その声に短く鳴いた。
おそらく危険はないだろうが、万が一ということもあり得るため、例によってスキルを発動しておく。
長方形の木製家屋の長手側に設けられた入口階段を上り、扉のノブをゆっくりと回す。
開いた微かな隙間から、マロが内部の様子を窺い、すぐに中へと入っていった。
カルガモのチョコも、てくてくと中に入っていく。
グレアムも隙間から様子を窺ったが、暗くてよく見えなかった。
その代わり、血臭もまったく感じられない。
あるのは木と土の匂い、それからかび臭さだけだった。
(もしかして、殺されていないのか?)
昨日、ラフィは親が消えてしまったとも言っていた。ということは、やはり奴隷狩りに遭い、馬車に積まれたところを一人だけ逃げ出してきたということなのだろうか?
グレアムがそう思案していると、すぐにマロが戻ってきて短く鳴いた。
愛猫が何を言っているのかはよくわからないが、まるで入ってこいとでも言っているかのようだった。
グレアムは躊躇するも、
「いいか、ラフィ。いいって言うまで、目を瞑っていろ。絶対に開けちゃダメだからな? いいな? 振りじゃないからな?」
「ん~? よくわからないですが、はいなのです~」
幼子は元気よく答えてキュッと目を瞑ると、更にグレアムの首にかじりつく。
それを合図としてグレアムは帝国製の魔導ランタンに明かりを灯し、中へと入っていった。
小大陸ノーラスは、普通の手段では海を渡れない大陸で、正式名称を『忘らるる聖域ノーラス』といいます。
いろんな生き物が住んでいる自然豊かな大地です。
【次回予告】
14.手がかりを探して




