10.勘違い娘たち
このギルド嬢三人組は、ある意味、カラール村の名物ギルド嬢としても有名で、見た目は非常に見目麗しく、愛想もいい華やかな娘たちなのだが、なぜかグレアムに対してだけは敵意を剥き出しにしてくる。
何が気に入らないのかグレアムにはまったく心当たりはないが、ギルドに来るたびに絡まれてはいちゃもんつけられるので、それが余計に、他の冒険者や狩人たちにとっては笑いの種となっていた。
「はぁ……ったく、お前らな……。いつも言ってるが、毎度毎度、おかしな言いがかりつけてくるのは止めろ。いったいさっきからなんの話をしている」
うんざりしながら言うと、三人のうち、リーダー格の二十四歳、金髪娘のキャシー・エルグランツが碧い吊り目を更に吊り上げて睨み付けてきた。
「何じゃないわよ。そこら中の女の子とイチャイチャするだけに飽き足らず、どっかで女引っかけて子供まで作ってくるとか、ホント最低だわ」
「は?」
「本当よ。そこまでするとは思わなかったわ」
「見損ないました。ギルドに応援要請が来たから何かと思ったら、まさか手込めにした女たちとの修羅場の調停をさせようとするだなんて」
そう言葉を結び、苦々しそうにする三人娘たち。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。おっさん冒険者たちはただからかってきただけだと思われるが、明らかにこの三人娘は盛大に何か勘違いしているとしか思えない。
(こいつら……本気か……? マジなのか? 正真正銘の阿呆なのか? ちゃんと真面目に考えた上で、あらぬ方向に話を持っていっているのか?)
彼女たちの頭の中がどうなっているのか理解できず、一人ぽか~んとしていると、
「ま、責任取って自分の子供と認知して引き取ったのだけは褒めてあげるけどね」
止めとばかりにキャシーが鼻で笑った。
(なんだかなぁ……)
あまりの荒唐無稽っぷりに反論する気にもなれず、グレアムは派手に溜息を吐いた。会うたびにおかしなことばかり言われるのですっかり慣れているつもりだったが、どうやらまだまだ修行不足だったようだ。
グレアムは軽く首を振ったあと、左腕に座っている幼子を見た。
彼女は若干怯えた風に周囲をキョロキョロしていたが、最後に彼と視線が合い、首を傾げた。きょとんとしている。どうやらグレアム同様、状況がよく飲み込めていないのだろう。当たり前と言えば当たり前だが。
「そうだよな。いきなりこんなよくわからん場所に連れてこられて、大勢の人間に囲まれたらびっくりしちまうよな」
せっかく薬草の代わりに賊を採取し凱旋してきたというのに、心と身体を癒やそうと思ったら、周りはバカばっか。
「あ~……うん、まぁ――そうだな。俺は何も見なかった。そういうことにしよう」
グレアムはそう自分に言い聞かせて、文字通り、周りの人間すべてを無視することにした。
「とりあえずラフィ、お前は何も心配しなくていいからな。結構、おかしな奴ら多いが、根は悪い奴らじゃない――と、思うから」
幼子ににっこり微笑みかけながら、軽く頭を撫でてあげる。その上で、
「周りはただのオブジェクト」
そうブツブツ呟きながら、ギルドの奥へと向かおうとしたのだが、
「ちょっとっ。待ちなさいよっ。どこ行く気!? ていうか、誰がおかしな奴よ!」
そうはさせじと、キャシーに進行方向を阻まれてしまった。
それだけではない。左右まで他の娘二人に挟まれてしまう。
「さぁ、白状してください!」
「その子、どの女の子供なのよ!?」
右側を固める十六歳の赤毛少女リーザ・ラズウェルと、左手側を固める二十三歳茶髪娘のエリサ・マクラーレンが上背のあるグレアムを下から睨み付けてくる。
さすがにここまで食い下がられると、面倒くさいを通り越して、今すぐ逃げ出したくなってくる。
グレアムはガン無視するのは無理と悟り、頬を引きつらせながら仕方なく弁解することにした。
「いや、だからだな。わかってると思うが、お前らは勘違いしているだけだからな? 本当にラフィは俺の子供じゃないんだってば」
しかし、懸命な訴えは残念な娘たちに無視された。
「ラフィ……?」
「そう……その子、ラフィって名前なのね。やっぱり既にちゃんと認知して、愛しそうに名前まで呼んじゃってるとか――ぁあ、やだやだ。これではっきりしたわ。あなたが正真正銘のろくでなしの女ったらしだってことがね!」
「は?」
言うが早いか、キャシーが手にしたトレイを頭上に掲げた。
「女の敵ね! 死ねばいいのに!」
そう叫び、なぜか激おこになってしまった彼女がトレイをグレアムの顔にぶつけようとした。しかしそれより早く、いつの間にか彼女たちの背後に忍び寄っていたギルド嬢兼支部長のマルレーネに、全員、頭を引っ叩かれていた。
「いたぁ~い!」
「何するのよ、レーネ!」
「ですです!」
手刀を叩き込まれた三人娘エリサ、キャシー、リーザは全員頭を抱えながら文句を言う。
マルレーネは目を細め、腕組みした。
「何ではありません。どうして保護した女の子がグレアムさんのお子さんという話になるのですか」
「え……? 保護?」
「そうです。森で人攫いに遭っていた女の子を助けただけです。それでギルドや村に応援要請が届いたんです」
ぷく~っと頬を膨らませるマルレーネに、三人娘はぽかんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にしながら「キャ~~」と悲鳴を上げて逃げていった。
それを見届けてからマルレーネは、「まったく、あの人たちは」と軽く溜息を吐く。
「事情は父から聞いています。その子が保護した女の子ですね?」
「あ、あぁ。ラフィリアウナという名前らしい。早速で悪いんだが、身元調査をお願いできるか?」
よくわからないまま娘たちから解放されたグレアムは、ようやく一息つけると安堵しつつ、チラッと周囲に視線を巡らせた。
近くのテーブル席にいたおっさんたちはつまらなそうに肩をすくめてそっぽを向き、遠くの隅からコソコソとこちらの様子を窺おうとしていたキャシーたち三人娘も、視線が合うと大慌てで給仕の仕事を再開し始める。
(やれやれ……あいつらは本当に相変わらずだな。なんで毎度毎度絡んでくるかわからんが、人の話はちゃんと聞けっつうの)
今日は災難続きだったせいもあり、なんだか余計に疲れてしまった。
(頼むからもうこれ以上、何も起こってくれるなよ?)
一人そんなことを考えながらげっそりしていると、
「一応、身元調査についてですが、実は既に照会は終わっています」
真顔でマルレーネがそう答えていた。
「え……? そ、そうなのか。それで、どこの村の子供なんだ?」
仕事の速いマルレーネに感心するグレアムだったが、そんな彼に、彼女は長い髪を揺らすように首を左右に振った。
「大変申し上げにくいのですが、その子に該当しそうな女の子は誰一人存在しなかったのです」
「……え? 存在しない? どういうことだ? 行方不明者じゃないってことか?」
「わかりません。奴隷売買自体は国で禁じられていますが、貧しい家柄ですと、親が自ら奴隷商に売り渡すこともありますし、単純に届け出がまだ出ていないだけってこともありますから」
「なるほど。そういうことか。となると、リストが出回っていないケースもあるということか」
「えぇ。それに、なんらかの理由で孤児になっただけという可能性もありますし」
「……戦災孤児か」
「はい」
「なるほど。しかし、そうなってくると、本人に直接事情を聞くしかないってことか?」
暴漢に襲われたばかりだから、本当はもう少し時間を置いてからの方がいいのだが、身元がわからない以上、他にどうすることもできない。
ラフィを今後どうするのかについても決められないし。
仕方なく、グレアムはラフィとマルレーネを伴って、ギルドの奥へと移動していった。
きれいどころ三人娘ですが、キャシーはちょっとギャルっぽいキレイ系、エリサは清楚系のキレイ系、リーザはまだ幼さが残ったかわいい系、って感じの雰囲気持ってます。
まぁ、残念属性全開ですが――ていうか、まともな女の子が出てきていないような気が……ハ!?
【次回予告】
11.あなたはどこから来たの?




