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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第六話】豊穣の祝祭

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105.賑やかなカラール村の人々

 外は予想以上の暑さだった。


 教会の前には屋台はなく、その代わりに隣の西門通り付近にライラが臨時で行っていた占い小屋がある他は、めぼしいものは何もない。


「今年はいつにも増して賑わっているわね」

「そうね。その分、熱気もやばいけど」


 オルレアとスノーリアはそんなことを話しながら、周囲をキョロキョロした。


「これじゃ、とてもじゃないけどお兄ちゃんを探せないよぉ~。どこにいるのよ~……?」


 うんざりしたようにスノーリアが呟くと、


「あ……なんか、あそこで変な人だかりができてない?」

「へ?」


 オルレアが指さす北側の一画を、目を凝らすようにスノーリアが見つめた。そして、


「あ~~~! あの服! アレ確か、マルレーネさんのところにいる、()()()()()じゃない?」


 スノーリアも指さしながら甲高い声を出す。

 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑みをこぼした。


「行ってみよっ」

「うんっ」


 そうして、暑いのを我慢しながらスカプラリオをはためかせてその場に到着したのだが、


「ちょっとぉ~! 何よこれぇ……」


 目の前に展開されていた光景を目の当たりにして、オルレアは呆れ果ててしまった。

 例年出されているヒモ引き屋前。そこに目的のグレアムがいたのはいいが、彼を取り巻く人間関係がカオスになっていたからだ。


「おい、グレアム! 今度という今度はもう許さんぞ! 大体がだ。お前は天然過ぎるのだ! 勘違いも多いし、隙も多過ぎる! そんなんだから、簡単に人に騙されるのだぞ!?」

「は? いや、違うよな? 俺にそんな隙などないと思うんだがな? というより、勘違いが多いのはお前だろう!」


 可愛らしいフリフリのメイド服を着た赤毛のクリスが、グレアムの胸ぐらを掴んで思い切り揺さぶっていた。


 対する彼の方はというと、うんざりしたような顔をしている。


 そんな二人の周りにはニコニコ笑顔のマルレーネと、地面に下ろされてぽか~んとしている幼子がいた。


 他にも孤児院の子供たちと思われる少年少女が笑いながらグレアムとクリスを見上げている。


 少し離れたところでは、屋台の中で頬杖ついて呆れ顔となっているギルド嬢トリオまでいた。


「え、えっと……これっていったいどういう状況ですか……?」


 酷く困惑してしまい、オルレアがそう背後からマルレーネに問いかける。


「あら? オルレアさん、来ていたのですね」

「えぇ。せっかくだから、兄さんたちとお祭りを楽しもうと思ってこちらまで来たんですが、この騒ぎはいったい……?」


 彼女がそう問いかけると、マルレーネはクスクス笑いながら事情を説明してくれた。


 最初のうちは、ヒモ引きにのめり込んでラフィを悲しませてしまったグレアムを説教していたはずが、知らない間に暴走し始めたクリスが積年の恨みを晴らそうと、グレアムに絡み始めてしまったのだと。


「はぁ……何やってるのよ、兄さんたちは」


 その声が聞こえたのだろう。


「お、おいっ……いいところに来た! お前ら、このバカ女を止めろ!」


 引きつった笑みを浮かべながらそう声をかけてくるグレアムに、もう一度溜息を吐いてから、仲裁に入ろうとしたのだが、


「メイドさんばっかりずるい! あたしも混ざる!」


 そう言って、スリーリアまでグレアムに飛びついていってしまったのである。


「どわぁ~! おいっ、バカっ、スノーリア! 何しているんだっ。離れろ! 暑苦しいだろう!」

「やだぁ~~! スリスリするぅ~」


 まったく意に介した風もなく、がっつりと抱き付いて頬ずりし始めるスノーリア。

 そんな彼女にグレアムではなくクリスが反応する。


「ちょっ……おいっ。お前はいったい何をやっておるのだ! 今は大事な話をしている! 引っ込んでいろ!」


 そう彼女が動揺してわめき散らしたかと思えば、


「ずるいのです! ラフィ~もぎゅ~するのです~~!」


 ヒモ引きの一件で下がっていたテンションが大分持ち直してきたのか、キャッキャしながらラフィまでグレアムの足にまとわりついてしまった。


「ちょっ……お前らっ……」


 こうなってしまうともはや、収拾がつかない。


「もう……本当に何してるのよ……」


 オルレアはげっそりして項垂れつつも、このままだとラフィが弾き飛ばされて危ないかもしれないなと思い、スノーリアを引っぺがしに向かったのだが、


「おいおい、お前ら随分楽しそうなことしてんじゃねぇか。俺たちも混ぜろよ」

「あんたたちはほんっとにいつも楽しそうだねぇ」


 そう言って、知らない間に鍛冶屋のおっちゃんやパン屋のおばちゃんまで近寄ってきて、グレアムの肩をポンポン叩き始めたのである。

 いや、それだけではない。次から次へとおっさんおばさんたちがどこからともなく湧き出て、大騒ぎとなってしまった。


「こ、これは……」


 あまりにもカオス過ぎてついていけなくなり、一人狼狽えていると、この雰囲気に飲まれたのか、露店内にいたはずのキャシーたち三人娘までいつの間にか輪の中に入っていて、賑やかに笑い合っていた。


「な、なんか凄いことに。これ……本当に大丈夫なんですか……? ラフィちゃん、潰れちゃうんじゃ……」


 ぼそっと呟いた声が聞こえたのだろう。すぐ隣にいたマルレーネが、


「うっふふ。その辺は子煩悩旺盛なグレアムさんが細心の注意を図っているから大丈夫じゃないかしら?」

「そう……なんでしょうか……?」

「えぇ……もし本当にそんなことになりそうだったら、周りの人たち全員吹っ飛ばしてでも本気で守ろうとするでしょうし」


 そう言ってクスクス笑うマルレーネ。

 彼女はグレアムを中心に大盛り上がりとなっている大勢の人間を見て、心底楽しそうに笑っていた。


(まぁ……兄さんだったら、確かにそうかもしれない)


 共和国で知り合ったときから現在に至るまでにあった様々な出来事を思い出し、「あり得るかもしれない」と、オルレアも思った。あの人が本気になったら、簡単に周りの障害なんて全部取り除いてしまうし、と。

 実際に何度も見たことがあるから余計にそう思えた。


「なんだか本当に平和な光景」


 大勢が笑い合う姿はいつ見ても穏やかな気持ちになれる。

 そんな彼女の呟きが聞こえたのだろう。


「今年もいいお祭りになりましたね。オルレアさん、あなたたちが素晴らしい神事を行ってくださったからです。ありがとうございます」


 にっこり笑いながら、そう礼を言ってくるマルレーネ。

 オルレアは照れくささもあって少し戸惑ってしまったが、「いいえ、大したことはしていません」と答えた。そのあとで、輪の中の中心にいるグレアムたちを見つめた。


 相変わらず、義理の兄とメイド騎士はああでもないこうでもない言い合っていたが、その姿は、どっからどう見てもじゃれ合っているだけのただのポンコツコンビだった。

 オルレアはクスッと笑うと、「まぁ……いっか」と呟いたあとで、


「私も混ざる~~!」


 と、駆け出していった。


「は? ……ぅおぉ~いっ」


 笑顔でタックルする彼女と、青い空に向かって絶叫するグレアム。

 祭りの喧噪は最高潮に高まるのだった。





 それから数時間後。


 祭りの熱狂は留まるところを知らず、まだまだ賑わいを見せていた。そんな中、シュラルミンツから密かに祭りの様子を見に来ていたバルバロッサ商会の御曹司マイクヘリンスはニヤけた笑みを浮かべていた。


「こんなしけた村にはまったく興味なかったから、本当なら祭りになど来るつもりはなかったが、まさかこんなにうまい飯と酒が飲み食いできるとは思わなかったぞ」

「ですよねぇ。しかも、薄汚い連中の中にはそれなりに可愛い子もいますし」

「あぁ。余所の村からも結構物見遊山しに来てる連中もいそうだしな。これは結構、いい()()になったんじゃないか?」


 マイクヘリンスの護衛を兼ねている冒険者の取り巻き二人もまた、周囲を歩く人々を物色しながら下卑た笑い声を上げた。


「だな。前回来たときにはあのクソ野郎にしてやられたが、あのままおめおめ引き下がってはバルバロッサ商会の名に傷がつくからな」

「ですね。二度と顔を見せるなとは言われたが、大人しく従うバカがどこにいるってんだ」

「ですが、どうしますか? この人混みの中なら、簡単に実行に移せそうな気もしますが?」


 大柄な男の言葉に、豚の串焼き肉を頬張っていたマイクヘリンスがビールで一気にそれを飲み干すと、忌々しげな表情を浮かべた。


「……いや。今はまずい。こういうときこそ警備の目が光っている。それに、今はあのクソ野郎が村にいるからな」


 そう言って、彼は火櫓を挟んだ対角線上の日陰にいる数名の男女を睨み付けた。


「あいつがいないときの方が実行に移しやすい。これ以上邪魔されてたまるものか」


 そう吐き捨て、地面に串と木のコップを放り投げると、東門の方へと歩いていった。

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