8.事後処理
その後、どれくらいのときが流れたかわからないが、遠くの方から大勢の人間が駆け寄ってくる音と、鳥の羽ばたき音が聞こえてきたような気がした。
グレアムは、すっかり泣き疲れて眠ってしまったラフィを胸に抱きしめ立ち上がると、森の入口方向へと視線を投げた。
「……ようやくのお出ましか。しかし、予想外に早かったな」
ニヤッと笑いながらぼそっと呟くグレアムの前に、人を呼びに行かせたカルガモのチョコを始め、村長や自警団、冒険者たちの面々が姿を現した。
皆、息を切らしながら、仏頂面となっている。
「おめぇが世界の危機とか言いやがるから、まさかと思って慌てて来てみりゃ、ただの賊どもじゃねぇか……」
肩で息をしながら冒険者の一人が恨めしげに吐き捨てた。どうやらグレアムが書いた言伝、『アヴァローナの森で緊急事態発生。至急応援請う』を拡大解釈したらしい。
「ホントだぜ。てっきり、幻獣どもが大暴れしてんのかと思ったじゃねぇか」
自警団員の一人がグレアムに近寄り、疲れたように彼の肩に手を置いた。
グレアムはどこ吹く風で、笑いながら応える。
「だけど、ある意味、そのとおりになるところだったんじゃないか? ここは聖域に近いしな。万が一賊どもが一線を越えるような真似したら、それこそ怪獣大戦争だったかもよ?」
本気とも嘘ともつかない台詞を吐くグレアムに、「そこまでにしておけ」と、村長が釘を刺した。
「状況から察するに、そこに縛られている連中は奴隷商が雇ったごろつきのようなものか?」
「たぶんね。俺がここに来たときには、この子が襲われて連れ去られる寸前だった」
「それで助けに入ったというわけか」
「まぁね」
笑みを消して説明するグレアムに、娘のマルレーネと同じ金髪の村長は渋い顔をする。
「相変わらずのお人好しだな」
「ん~? そうでもないけどな。一瞬、見捨てようとしたのも事実だし」
「だが、それも村に危険が及ばないようにと思っての配慮だろう?」
「どうかな? そんな大層なことは考えていないさ」
グレアムは肩をすくめてうそぶくと、大樹に縛り付けてある賊どもに一瞥をくれた。
「とにかく、さっさとあいつら連行して締め上げよう。あいつらが本当にただの賊なのかどうか、調べる必要があるからな」
そう言って賊どもに近寄っていく。
「たく。簡単に言ってくれる。もしかしてと思って、念のため馬車を一台手配していたが、まさか九人もいるとは思わなかったぞ」
「それはこっちも同じさ。まさか賊どもと遭遇するとは思いもしなかったからな。何しろ、俺はただ、薬草採りに来ただけだし」
賊どもの前に佇み、気の弱い人間が見たら怖じ気づきそうなほどに冷たい瞳を浮かべ、じっとそれらを見下ろすグレアム。決して悪党は許さないといった雰囲気すら感じる。
村長もそんな彼の真横に並び、幼子を抱いた彼を見つめた。
「それで、その子供は保護対象、ということでいいんだな?」
「あぁ。いったん村に連れて帰るよ。事情もよくわからないし、この子とも約束しちゃったしな。もう大丈夫。安心していいからって」
そう呟いたときのグレアムの瞳は、限りなく慈愛に満ちた優しげなものへと変わっていた。
先程賊どもを見下ろしていたときの、冷酷ささえ感じさせるものとはまるで違う。
村長は軽く溜息を吐いたあと、周りの男たちに手早く指示していった。
それを見守っていたグレアムは再度、賊の頭目を見下ろし、しゃがみ込む。
「お前らもホント、愚かな真似したよな。奴隷売買なんかに関わったんだ。ろくな死に方しないぞ? せいぜいが拷問された挙げ句に全員処刑っていうお約束の末路。だけどまぁ、それも結局は自業自得なんだけどな」
奴隷売買はこの国では殺人と同じぐらい重い罪だ。実際に売買を行った張本人でなくとも、少しでも関わっていれば即アウトだ。全員重罪と判断され、断頭台送りとなる。
(しかも、犠牲者となるのは大抵未来ある子供たちだ。彼らの人生や夢を奪うなど、そんな外道が許されていいはずがない)
賊どもを見つめるグレアムの表情がどんどん険しくなっていく。
眼前のろくでなしどもに追いかけ回され泣きじゃくっていたラフィの姿が目に浮かんできてしまい、非常にやるせない気持ちとなってしまった。
グレアムは怒りを静めるように軽く溜息を吐くと、
「やれやれ。本当に残念だよ。まだこんな連中がうろついてるなんてな。この地方の領主はいったい何をやってるんだ?」
そう呟き、とある男の顔を脳裏に思い浮かべて舌打ちするのであった。
滅多に本気で怒ることのないグレアムさんですが、今回ばかりはヤヴァそうです。
あいつと呼ばれた方、今頃きっとくしゃみしているでしょうね。
※本日(5/26)更新部分はここまでとなります。
ご愛読、感謝です(ぺこり
【次回予告】
9.村に帰還したらいろいろ絡まれた




