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「今年も豊作だな」
「ええ、これも領主様のおかげですわい」
カンドから呼ばれ、畑の近くにきたシュバインは生い茂る野菜に感心していた。
イザベルはというと、畑の外で待機していた。シュバインは一言断り畑に入った。
毎年豊作だが、今年はより多くの作物が育っている。
「いや、これはみなさんのおかげでしょう。僕は何もやってない」
「何をおっしゃる。あんたさんたまに収穫手伝ってくれるじゃろうに。……あんたさんが領主になられてからこの村は大きくなったわい。我々のような年寄りに寄り添うばかりか、若いもんを定住させるための工夫もしてくださった。領主様がいなければ、なしえてなかったでしょうな」
「……そ、そうか」
シュバインは感謝の言葉にむず痒くなる。
ちなみに自分自身の行った政策で領地が繁栄したことは自他共に認めていることだ。
「呼び止めて申し訳なんだ領主様。女子を待たせるのはいけませんからな」
「……すまないね」
シュバインはご老人と話している中でも広大な畑を見回すイザベルにチラチラと視線を向けていた。
わかりやすかったのだろう。気が付かれてしまった。
今日は視察に来たわけではない。イザベルと出かけているんだ。
シュバインは一言農夫に断りを入れる。
「すまない。彼女を待たせては悪い。今日はお暇させてもらうさ。詳しいことは後日話そうか」
「ほっほっほ。別嬪さんを待たせるのは男としていかんのぉ。わかったわい」
「あはは、次回来た時は収穫のお手伝いしますから」
「毎回そんなことせんでも、若いもんにやらせりゃいいんじゃわい」
「いやいや、僕も十分若いから。……おっとこのままじゃまた話が長くなるゆえ、これにて失礼」
そう交わしてイザベルのところに振り向く。
作物を傷つけぬよう、ゆっくりと向かっていた。
「お待たせ」
「男爵様?あのお爺さんとお話ししていたのでは?」
イザベルは目を見開いていた。何故驚いているのかわからないシュバイン。
「何かありました?」
わからないなら聞けばいい。シュバインは直接聞くことにする。
男なら察しろというのは無理がある。
「……仕事を優先するとばかり思っておりましたもので」
「……それは男としてどうなんだろう……流石に約束を蔑ろにする男性はいないと思うけど」
「殿下がそうでしたが。毎回1時間ほどは遅れて。……お茶会のお約束に遅れるばかりか、当日に公務が入ったとかでキャンセルされることもありましたわね」
イザベルは気にせず発言しているあたり、それが当たり前と思っていたのだろう。
おそらく、公務を理由に約束をすっ飛ばしたような気がする。リヒトは男としては最低だと思うのだが。
それを伝えていいものかを考えるシュバインだが、少し答えを濁して答えた。
「殿下はどうであったか知らないけど、僕は貴方と約束したのなら公務をすっ飛ばしてでも守るよ」
「それは……貴族としてどうかと思いますが」
イザベルは微妙な反応だった。
シュバインは少し励ますつもりで言ったつもりだったが。
「と、とにかく僕は女性に対してそんなクズの行動はしません、ということを伝えたかっただけなので」
「……王族をクズだなんて……不敬な発言では?」
「そ……それは」
イザベルから鋭い視線を向けられシュバインはどう返したものかと困る。
えーと、と少し間を置き考えているシュバインだったが、彼女がそんな彼の表情をみて再び笑う。
「ふふ……冗談なのでお気になさらないでください。……確かに、殿下は愚鈍な部分があるのは確かですから」
「性格悪いですね……そういうイザベル様も侮辱で不敬になってしまうね。……ぶ」
「うふふ」
二人は何故か笑いが込み上げた。
イザベルはリーヴ男爵領に来てから変わりつつある。
出会った当初よりも笑みが溢れ冗談めいたことを言うようになった。
これが本来の彼女らしさの表れなのだろう。心を許してくれるとも取れる。シュバインは嬉しく思っていた。
イザベルの笑みに胸が高鳴る。
胸から温もりが込み上げるのを感じるシュバインは嬉しさに満たされていく。
もっと彼女を知りたいと思ってしまう。
家族に向ける親愛や友情とも違う……今まで感じたことのない気持ち。
初恋、と言うものなのだろうか?
いや、元々異性と深く関わることがなかったので初恋かもしれないと錯覚しているのかもしれない。
それに、イザベルは恩人のストリクトの子供。
そんな想いを抱くことすら失礼甚だしい。無意味な気持ちを抱くのはやめよう。
シュバインは考えを切り替える。
「さ、そろそろ移動しましょうか」
「……はい」
シュバインは過っていた考えを捨てる。
雰囲気を断ち切るように話題を逸らした。
イザベルもなんとなく恥ずかしくなってしまったのか了承したのだった。
それから十分ほど歩き続ける。
道中は生い茂る木々に囲まれた一本道。
木々の間からは雲ひとつない快晴の青空に、太陽の光線が差し込む。
肌には少し冷たいそよ風がカサカサと草木を揺らし、小鳥の歌声が噛み合いまるで二人を祝福しているようだ。
二人は道中ほとんど会話がない。
キョロキョロと周りを見渡す警戒心のないイザベルにシュバインは内心ため息をつく。
シュバインは森の小動物に警戒しながらも進む。そんな時だった。
……あれは……運がいい。
ふと、枝先を注視した瞬間だった。
頭、羽、しっぽが鮮やかな青色をした野鳥。
枝の先でナワバリを主張しているように鳴き声を響かせていた。
目を凝らさなきゃ見えないものの、発見できたのは奇跡に近い。
シュバインは人差し指を口元に持ってきてからすぐにイザベルの肩を叩く。
彼女はピクリと反応する。
「……な、なんですの?」
「僕の指差す方向をゆっくり見てください」
「はぁ……」
シュバインはなるべく声を出さぬようヒソヒソ声で話す。
実はこのように近いのは初めてゆえか、イザベルは少し頬が赤くなる。
気づかないシュバインだが、早く見てほしい一心で口パクで早く見ろと伝え、人差し指を力強く示した。
恥ずかしがるイザベルだったが、言われるがままにシュバインが示す人差し指の方角に注視した。
目を細め未だ発見できずにいる。
シュバインは青い野鳥のいる木の特徴を伝えた。すると彼女は発見したのか目を見開く。
「……綺麗な小鳥ですわね」
「この地域で色々と言い伝えがあるんだ。幸せを運ぶ青い鳥、だなんて言われているんだ」
「色々と言いますと」
「詳しくは知らないけど、昔からさまざまな言い伝えがあるんだよ。なかなかお目にかかれない……イザベル様はこれから良いことがあるといいね」
「……それはもうないと思いますわ。だって……」
そう話していた瞬間、青い鳥は飛び去ってしまった。
ただでさえ警戒心の強い生物、視線を察知したのかもしれない。
少し強い風が吹いたのも原因かもしれない。
「…わたくしはこれ以上ないくらいの幸せをいただいてますわ」
イザベルは黙ったまま俯いていた。少し顔が赤い。
強風で草木が揺れる音のせいでシュバインは。
「あの、今なんと……」
聞き取ることができなかった。
イザベルは聞かれて自分の発言を恥ずかしく思う。
「……楽しみだと言ったのですわ」
「ん?……ああ、確かに目的地近いからね。さ、行こう!」
イザベルの呟きはシュバインに届くことはなかった。慌てて誤魔化した彼女だが、幸い目的が近くにあったため、すぐ納得したシュバインだった。
ちょうど緑に囲まれたトンネルを潜った先に草木が途切れる部分から光が差し込み景色が見えた。
イザベルはシュバインに手を引かれるままゆっくりと歩み続ける。
「……す……すごい」
言葉を失うとはこのことを言うのだろう。イザベルは目の前の絶景に一言こぼすだけであった。
生い茂る山々に囲まれた深い広大なカルデラ湖。
小さい小島がところどころに浮かび上がっている。
水面は湖底が見える程澄んでいるが、湖の奥までは見えない。
そこはまさに神秘的な場所であった。
「僕も初めてみた時、そんな反応しました。本当にここは心が和みます」
「……はい。綺麗です」
「でしょ。是非ともここに来て欲しかったんです。我が領の名所ですからね」
イザベルの反応に満足げのシュバイン。
本当に連れてきて良かったと思った。
彼女はゆっくりと歩み進み水辺に行く。
腰を下ろし右手で綺麗な水を掬い上げる。
「……冷たいですね」
一言告げるとゆっくりと立ち上がる。
目を瞑り、辺り一帯を見渡す。胸に手を当て大きく深呼吸をする。
彼女は目を瞑ったままゆっくりと振り向くと、優しく微笑みを浮かべた。
「……男爵様、本日はこのような素晴らしい場所にお連れいただきありがとうございました」
「どういたしまして、喜んでいただけたのなら良かった。まだ時間があるし、どうせなら湖を少し歩かない?本来の目的それだしね」
「それもそうですね……」
シュバインはイザベルをエスコートする。
綺麗な湖の周りを歩く。見方が変われば景色も変わる。その景色の違いにさらに魅了されるイザベル。
この湖は別名七色の湖と呼ばれている。
言い伝えの中にこんな伝説がある。
広い湖を若き二人の男女で歩くと幸せになると。
このまま幸せの日々を過ごしたい、心からそう望む二人だったがそれは叶わぬようだ。
幸か不幸か神の悪戯か、必然か。
王都のリヒトからシュバインとイザベル宛にパーティの招待状が届いた。