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絵描きの女

「リモネ……」

 リヴァイがあたしを見つめている。こっちは息も絶え絶え。今すぐ怒鳴ってやりたい気持ちがあるけど、胸が痛くって声が出ない。

 ペンギンはリヴァイに懐いているんじゃなく器用に彼を素通りした。

 だけど主人はここにいるみたい。

「おかえり。ヴィレインワーゲン」

 リヴァイの隣にいる黒髪の持ち物だったらしい。

 柔らかい声で言ってから、ペンギンの頭をよしよしと撫でている。それからあたしの方を振り向いた。きょとんとした童顔で、あたしと目を合わせた。

「初めまして。あなたは作家君のお友達かな?」

「……」

 にこやかな女に腹が立って、隣のリヴァイを睨んでやれば、そっちは罰でも悪そうに下なんか向いている。


 お友達? 作家君?

 はあ? 意味わかんないんだけど。

 百歩譲って浮気してたのは見過ごしてあげなくも無いけど。あたしという存在を隠してたってどういうこと!? 聞き出さなくちゃ。

 女は両手を合わせて「工房に来る?」とあたしを誘った。あたしは二つ返事で行くと答えた。

 ホールを出て歩く間もリヴァイはそわそわそわそわしてる。

 逆に、女は余裕でいて「会えて良かった」だの「お腹は空いてる?」だの言ってきた。

 なに? あたしを騙して本命の妻でも居たわけ?

 女はたぶんリヴァイよりも歳上。でも、顔が童顔で考えてることもフワフワしていそうで変な感じ。リヴァイの元カノとも似つかないかな。

「あ、あの。リモネ……。これはさ」

「前見て歩いて」

 うわぁ、とリヴァイは転びそうになる。ここら辺の道は整備がぐちゃぐちゃで凸凹なんだから。同行するペンギンを見習って上手に歩いてよ。

 転けてるリヴァイは置いてった。大丈夫、後から焦って追いかけて来てる。

 ホールの裏をぐるっと周ってから路地裏の道を進んでいく。不揃いな石畳の小坂で、アパートが密集してる。

 花籠をぶら下げていないし、猫も軒下に居ないし、家を渡して洗濯物もかけていない。まるで廃屋が集まってるみたいに誰も人が居なくて静かだけど。靴音を鳴らしていると、どこかで窓が閉まる音だけが聞こえた。

 あたしは、こんな不気味な道を物怖じせずに歩いて行けるこの女のことが知りたかった。

「ねえ、あんたがコバルト?」

 展覧会の開催者。あの、写真によく似た絵画を描いた人の名前。ポスターにデカデカ書いてあったから覚えてた。

「ううん。それはちょっとお世話になってる人の名前」

 そうだよね。コバルトって男の名前だもん。

「私の名前はミュンヘン。あなたは?」

「リモネ」

「よろしくね、リモネ」

 へらっと笑うこの女は、何だか異質だった。

 人気の無いこの小道も似合ってしまうぐらい、この人の中身もどこにあるのか。まるで空っぽみたいに感じる気がする。……言ってしまえば、あたしと何か共通点するみたいに感じる。

「あっ、この子はヴィレインワーゲン」

「ペンギンの名前? 飼ってるの?」

 聞くと、即答とはならなかった。

「この子は誰かに飼われたりしないよ」

「……」

 声色は一緒なのに。どうしてかあたしは、彼女の言葉の端々に意味を探してしまいそうになる。


 工房という場所に来た。それは今まで見てきたボロアパートと同じもの。立て付けの悪いドアを開けて中に入ると、絵の具と腐った魚みたいな匂いが襲ってくる。

「うっ……」

 絵の具はともかく。この魚の匂いはペンギンの餌の匂いか……。

「お腹すいた? クッキーでも食べる?」

「た、食べない……」

 こんなところで何かを食べようなんて気は起こらない。散らかり放題の部屋にはキャンバスと画材が散乱していて、一応ベッドもあるけど服で埋もれてる。

 そして、そんなだらしない女の部屋を眺めていたら、リヴァイのトランクケースが目についた。あれのあるべき場所はハイリンスホテル内なはずなのに。

「作家君は食べる?」

「ううん、お腹すいてない。それより作家君って呼ぶのそろそろやめてよ」

 交わされる会話にあたしが振り返ったら、また罰が悪そうなリヴァイと目が合った。

「ねえ、なんで。しまった……みたいな顔すんの?」

「えっ……それはだって。リモネが、お、怒るかなって、思って……」

「はあ? 怒るに決まってるでしょ!? 急に出ていったと思ったら何!? 女の家に転がり込んでるわけ!?」

「いや、そういうのじゃなくって。その……」

 そこでペンギンが喉から変な音を鳴らした。あたしもリヴァイも驚いて口を閉じる。

 ミュンヘンがティーポットとクッキーの皿を持ってキッチンから出てきた。

「あれ? どうして二人とも立ったままなのかな?」


 異臭の部屋で三人が席についた。お茶だって飲む気になれない私とリヴァイ。ミュンヘンはお腹が空いたからって、ひとりでクッキーをボリボリ食べてる。

「へえー。作家君は結婚したんだね。おめでとう!」

「……」

「……」

 あたしが咳払いをすると、リヴァイが何か受け取って「ありがとう」と、小さく言った。ミュンヘンは「お祝いだね」と言ってクッキーをひとつ差し出す。リヴァイはあたしの目の色をうかがってから、そのクッキーを受け取ってた。

「美味しいでしょ?」

「う、うん……」

「……」

 正直、この女とリヴァイに関係があるって分かった時点であたしから消えてやろうと思ってたのに。でもなんかイマイチ掴めない。全然男なんかに興味なさそうに見えるけど、リヴァイとは親そうに見えるし。


(((次話は明日17時に投稿します


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