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新婚生活

 結婚生活、半年目。新婚ほやほやの二人は、さぞラブラブで過ごしているんだろうって思うでしょ?

 ぶっちゃけその通り。

 リヴァイは執筆中以外はいつもあたしの後ろに引っ付いてくる。料理をする時も、洗濯を取り込む時も。トイレに行く時はさすがにやめてって言ってある。ドアの前で待ってるのも絶対やめてって言い聞かせてる。

「リモネ~」

「無理、変態、あっち行って」

 おじさんは若い子が好きで、若い子の匂いを嗅ぐと若返りの効果が得られるんだって。リヴァイがあたしに教えてくれたんだ。キモくない?

 リビングを通り抜けようとしたら、たちまちこの男に捕まった。両腕でギュッと抱きしめられて髪の毛をスンスンと嗅がれる。

「あ、今日はよそ行きの匂いがする」

「買い物に行くだけ! もう離して! 電車に乗り遅れる!」

 巻きついてくるリヴァイを振り解いて、お気に入りの帽子を手に取ったらあたしは家を出た。外は強い日差しが照りつけていて、帽子なしではどこにも行けそうもない。

 家の鍵を閉めたのはリヴァイだ。当然この男もあたしの買い物に同行する。どこに行くにもいつもくっ付いてくるんだから。駅まで急ぎたいのにご機嫌で手なんか握られるし。

「その帽子気に入ってるね」

「別に。つばが広くて日除けになるだけ」

 本心なのに、リヴァイは嬉しそうに体を揺らして歩いた。

「そっかそっか。君にプレゼントして良かった」

「……」

 まあ別に。そう思いたいなら別にそれで良いけど。

 でも、リヴァイが人前でもずっとこの調子なのはちょっと嫌。


 隣町の小さなマーケット。お城がある中心街へは遠すぎて生鮮食品が買えなくなる。だから仕方なくこっちの方向へ来る。

 小規模だし毎週来るから、もうすっかり顔見知りだ。

「やあやあ、来たね。今日も大きいのを引き連れて」

 野菜売りのおじさんがいつもそう言ってくる。ちなみに「大きいの」っていうのは、あたしの横で「それほどでも」って言いながら頭を掻いているリヴァイのこと。

「おじさんはリモネちゃんと仲良くなりたいのになぁ」

「あたしもですよ。うんと仲良くなって定価よりも値切ってあげるのに」

 うふふと笑顔を見せてたら、グッと腕を引かれてあたしは転けそうになった。危なかったところを支えてくれるのはリヴァイで、しかも腕を引いたのもリヴァイだ。

 あたしと野菜売りのおじさんは互いに苦笑を見合わせて、手を振りながら引き離されていく。

「君はもう。おじさんが好きなんだから」

 ぷんぷんとリヴァイは怒っている。

「そういう好きじゃないし」

 簡単に手のひらで転がせるっていう意味では好きだけど。

「あたしは普通に若い男が好きなの」

「じゃあこのマーケットは平均年齢が僕よりも上だから、僕は若い男になるね」

「なにそれ」

 可笑しい。思わず笑っちゃう。


 大量の買い物袋を引っ提げて家に帰ってきても同じ。デートでも無いし食事もしないで帰ってきた。本当にただの隣町への買い物なだけだから、別にひとりでも大丈夫なのに。

 買ってきたものを収納したり、カゴに移し替えたりしていると、ずっしりと背中に重荷がのしかかる。

「く、苦しい……」

 お腹の辺りがモゾモゾと動いて服をめくってくる変態だ。

「もう!! リヴァイ!?」

「ふふっ」

 どんだけあたしのこと好きなんだよ。衣服内部への侵入は阻止されて、諦めた両腕があたしのことを後ろから抱きしめて離してくれない。軽く耳に息を吹きかけてくるのが腹立つ。

「……作業が出来ない」

「後にしよう?」

 髪も肌もスンスン嗅がれた。だけど全然あたしは嫌じゃない。

「……ねえ。あたしが若いから?」

「ううん。君が好きだから」

 リヴァイはどこまでもあたしのことが好きだ。

 あたしはもう観念して、リヴァイの手の中に収まることにした。こんな昼間っから人に見られたら……そう思った時、自転車がこの家の真正面を通り過ぎていく。

 咄嗟に凍りついたあたしとリヴァイ。その二人の間に夏の匂いが香った。キッチンの窓を開けていたから知らぬ顔で入ってきた風だ。

「あっちの部屋がいい」

「うーん。わかった」

 ちょっとだけ残念そうに、リヴァイは答えてあたしを別室へと連れていく。執筆に集中していたせいで暖炉を掃除していないとか何とか……。

 そんなこと別にどうだっていいのに。


 ……なんて。人に話すだけで火が付きそうな毎日を送っているあたし達だった。

 ううん。あたしだった。

 転機は突然に現れる。たったひと言が全ての元凶。

「ペンギン!?」

 キッチンでひっくり返りそうになるあたしが叫ぶ。

 リヴァイはいつもみたいにあたしにくっ付いていなく、この日は慌ただしく部屋をあっちこっち移動していた。だからキッチンに顔出したタイミングでだけ返事をする。

「そう。ペンギンだよ」

「ペンギンって普通に動物のペンギンだよね!? 街に居たってどういう意味!? 動物園から抜け出したってこと!?」

 洗面所でバタバタと音がする。リヴァイの返事は無いけど、大きなトランクケースを抱えてキッチンに戻ってきたらきちんと会話を続けた。

「実際にこの目で見たんじゃない。人づてに聞いたんだ」

「はあ!? どういうこと!?」

「ちょっとだけ出掛けてくるよ」

 リヴァイの仕事は作家。ペンギン作家でもなんでも無いし、ペンギン好きだなんてひと言も話してくれたことなんてない。

「ちゃんと説明して!」

 慌てている彼に迫ろうとすると、キッチンでは大惨事になっていた。コンロにかけていたスープが煮立って溢れてる。ジュウジュウと鳴る音に慌ててガスを止めたところで、背中側ではガチャンと音を立ててドアが閉まった。

 あたしは馬鹿だから、行ってらっしゃいのキスが無いことに腹を立てて、すぐにリヴァイを追いかけることはしなかった。


(((次話は明日17時に投稿します


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