結婚式
小雨の多いこんな土地でガーデンウェディングなんてバカらしい。どうせ知らないやつの結婚式なんて土砂降りになっちゃえ! って思ったのに絶好の青空だ。
「季節外れの暖かさ」なんて。かけっぱなしのラジオが、わざわざ急足のあたしの耳に聴かせてきた。
……許せない。
この天気も気候も。めでたい行事も人の幸せも。オデールも新婦もリヴァイもみんな無理。
路面電車の運賃箱に財布ごと投げ入れてきた。式場はすぐそこだ。こそこそする必要なんかない。あたしは垣根の上に飛び乗ってジャンプで越えた。
「その結婚式ちょっと待った!!」
駆け寄る前に叫んでいた。新婦は赤色の絨毯の真ん中で後ろを振り返る。両脇の参列席も。それと絨毯の終わりまつリヴァイもこっちを見てる。
こんなのってドラマでしか見たことがない。
なんか、あたしってもしかして主役じゃない? かなり楽しくなってきた。
絨毯に乗って進むべき方向へ歩いていく。土でも石でもないこの踏み心地は結構快感。
「あ、あなた誰!?」
このまま新婦の横を通り過ぎようとしたら声をかけられた。
あたしは一旦立ち止まってから、新婦を爪先から前髪まで全部見る。
白黒写真の方が絵みたいに見えてよっぽどマシだった。現物は今のあたしの真反対。地味顔で艶のない髪。ピアスは開けてないし、日焼けもしてないし。いかにも順当。無難を選んで生きてきましたって感じ。良い子って意味。
純白なウェディングドレスがよく似合ってる。質素な人柄を表したみたいなブーケもね。
「金が使えなさそうな女……」
あたしのために用意したウェディングドレスとブーケだった。リヴァイにはあたしがこんな風に見えていたのかと思うとゾッとする。
「あなた、何なの!?」
「は? あんたこそ何? 誰?」
言いたいことが溜まったんで地味女のことはもう放っとく。あたしが物言いたい奴はリヴァイしかいない。そいつはこの道の先であたしのことを見ていた。
「見違えたね」
話が出来る位置にやってくるなりリヴァイはそう言った。自分の結婚式を邪魔されたっていうのにやけに落ち着いてる。
「ほとんどあたしがセッティングした結婚式だから。どんな女と結婚するのかなって気になるじゃん」
それで新婦の方をチラッと見た。
「あんなのやめときなよ。あたしがお兄さんのこと貰ってあげるから」
それからリヴァイに向き直ると、初めて驚いたみたいに目を見開いていた。結婚式にあたしが見にくることは想定内だったとしても、あたしから逆プロポーズは思ってもなかったっぽい。
「君は私にそれを言いにきたの?」
「うーん……」
ちょっと考えてみるけど……めんどくさい。
「どう? 今のあたし、好きになれそう?」
くるっと回って見せた。スカートがめくれたみたいでリヴァイは慌ててる。
「見られても別に良いやつ」って言って、ホットパンツを見せびらかしたら、そればっかりはちょっと怒られた。
でもここにもっと怒ってる女がいることを忘れてた。
「リヴァイ、これはどういうことなの!?」
修羅場になってる。新婦は怒っているのか悲しんでるのか。何で自分が泣いているのかも分からないっぽかった。
そしてついにこの状況で悪者が判明。参拝客の中から声が飛んだ。
「あの派手な女を連れ出せ!!」
パーティションを飛び越えて大人の男たちがこっちにやってくる。どうやらこの結婚式の主役はあたしじゃなかったってことみたい。
「やばっ!?」
「逃げるよ!!」
分かってる! そのつもり! ……って、距離を離されていくオデールの背中を追いかけるのがいつものパターンだった。それが、今回は初めて状況が違ってた。
目の前に男の人の背中が。だけど遠く離れていかない。あたしの腕を掴んで一緒に走ってるみたい。
「ちょ、ちょっと!?」
「そういうサービスはしてないって?」
言いながらこの人はちょっと後ろを振り返った。あたしのことをニヤニヤしながら見てた。
「ま、前見て走ってよ!!」
おじさんのくせに……意外に走るのが早いリヴァイ。それと、あたしがスニーカーだったから楽々走れてるんだから。
ヒールの新婦はもちろん追いつかない。ついには参列者の男たちのことも振りきってしまった。
「さあこれからどうしようか?」
二人は勢いで路面電車に乗っていた。偶然なのかリヴァイの運なのか、進む方向はあの屋敷がある方向だ。
「……なんか楽しんでない?」
「そりゃあ楽しいよ。こんなに走ったのも久しぶりだった」
「おじさんくさい……」
「あれ? 私のこと『お兄さん』って呼んでくれてなかったっけ?」
四つ駅を越えると空模様は急に変わって雨が降り出してる。結婚式場はどうなってるかな? なんて言いながら、あたしもリヴァイも「知らない」って笑ってた。
車窓の景色に緑色の麦畑が増えてくる。乗客はどんどん降りていって、ついにあたしたちだけになった。降りるのは次の終着駅。それにしても……ちょっと気まずい。
「確認だけど、奥さんになってくれるんだよね?」
二人きりの時間が後もう少しで終わるっていうタイミングで、突拍子もないことを聞いてくる。
「えっ。はあ?」
「貰ってあげるってそういうことでしょう?」
無視を決めていたら顔を覗かれた。びっくりしたから反対側に逸らした。
「な、何よ?」
真面目な顔で近付いて来ないでよ。
魔性のリモネさんは、勘が鋭いんだから困る……。
「誓いのキスをし損ねたから。貰えるものは貰えるうちに貰っておこうと思って」
「そういうサービスは別料金ですけど」
「夫婦間でもサービスなの!?」
あまりに驚いてくれるから、フッと笑ってしまったのはあたしの方だった。それに……。
貰えるものは貰えるうちに貰っとく。これはあたしの理念だったんだけど、いつかに屋敷でリヴァイに話したんだっけ? 覚えてないや。
電車は駅に到着。本当に何もない。ただの麦畑だけが広がって、ぽつぽつ田舎の家が見えるだけ。あたしの愛するパフェもない……。
「くしゅんっ」
思い出したら風邪がぶり返して来そう。小雨もまだ降ってるし。
「さあ、帰ろうか」
リヴァイはそう言ってあたしに片手を差し出した。あたしは……なんか嫌だと思って拒否した。
「前払い主義なんで。あと、キャラ変しないでください」
道は覚えてないから置いては行けない。リヴァイも分かってた。横に並んで歩く。
「ごめんごめん、急に君が可愛く見えてきて」
「だからキャラ変しないでってば。おじさん」
「お兄さんだろ?」
雨で風邪がひどくならないように、ちょっと小走りして帰りたいのに……。
(((次話は明日17時に投稿します
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