風邪引き
だんだん意識が冴えてきて。かと思ったら身震い。それからくしゃみ。毛布を首元まで手繰り寄せて暖を取ろうとするけど……寒い。
日当たりの悪い部屋はお金持ちのお屋敷と全然違う。ソファーの上で寝ちゃったから背中もすっごく痛いし。絶えず止まない馬の足音がパカパカ。そのうちに路面電車のベルが鳴ってる。
「うるっさいなぁ……」
もう一回寝ようと思ったら、ガチャリとドアの鍵が開く音に邪魔された。足音がドタドタと近付いてきて、そしてあたしと目が合った。
「うあっ!? リモネかよ。お前なんで居んの!?」
「……何よ。居ちゃ悪い?」
別にびっくりさせてやろうと思ったわけじゃない。ただ、だるくてソファーから動けない。あたしの体調が悪いことはオデールも知っていた。ただし理由も知っていた。
「パフェ食いまくって風邪ひくバカなんて居ねえよ」
そのバカの世話はしないってか。オデールはあたしを素通りしてキッチンへ。買ってきた惣菜を自分だけつまんでる。
あたしは食欲無いから二度寝しようとする。
「今日じゃなかったっけ?」
なのにまたオデールが邪魔して言ってきた。
「なに?」
「結婚式」
「ああ……」
カレンダーを見なくても分かってる。聞きたく無いからあたしは毛布を頭まで被った。
仕事を途中で投げ出したのは初めてだし。過去最大の報酬をたんまり手に入れて、欲しいものを買い尽くして、パフェも食べ尽くしてこの体調なわけだけど。それからもずっと頭の中に居残っててウザいんだ。
「何時からだっけ?」と、毛布を被っててもオデールの声が貫通してきた。
「連絡は来た?」とも。あたしはだんだんムカついてくる。さっきまで寒かったけど、だんだん暑くなってきて毛布も蹴り飛ばした。
「もう、うるさいな! あたしの結婚式じゃないし連絡なんか来るわけ無いじゃん!」
キッチンの方へ顔を向けると、揚げ物をかじろうとするオデールと目が合う。でも開いた口は揚げ物にかぶり付かなかった。
「え……そうなの? 式場とか一緒に選んだんじゃないの?」
「一緒に選んだっていうか、お兄さんのセンスがオジサンだからアドバイスしてあげただけ」
「ウェデイングドレスとかブーケとかさ」
「違う。勝手にあたし仕様に作られてただけ。恋人のこと全然分かんないって言うんだもん。訳わかんない!」
あたしは起き上がって冷蔵庫へ向かった。飲みかけのジュースを一気に飲み干したら少しは気分がスッキリする。
「なあ、リモネ。何で怒ってんの?」
「はあ? 怒ってないけど?」
オデールが食べてる揚げ物もひとつ奪い取って食べてやる。美味しいけど……やっぱりちょっと胃に悪いような気がした。
すると電話が鳴った。あたしはオデールの肩をバシバシ叩いて電話に出るように促した。「お前っ、手ぇ拭いたな!?」そう言いながらもオデールは電話に出てくれる。
電話が切られた直後、使ってないコンロの上に直置きしてるファックスが鳴った。ふた口目が進まない揚げ物はお皿の上に戻しておいて、あたしは届いた手紙をすくい上げる。
「誰?」
あたしは口をついたけど、ひとりは知っている男だった。
「無事に結婚式が始まるんだって。良かったな」
オデールが言う。電話相手はあの時の結婚式プランナー……を、偽ったオデールの愛人だったらしい。本当に結婚式をセッティングしてあげるなんて親切な人だね、と言いたいところではあるけど。それよりもこの写真の新婦は誰?
「……ありえない」
「リモネ?」
白黒の写真じゃ詳しいことまでは分からない。でも、この新婦があたしと全然似ていないのはよく分かる。
どれどれとオデールも写真を覗いた。
「あー。はいはい」
査定する価値もないって言いたげ。失礼だろ。
オデール式に言うとリヴァイの女選びは「妥当」だそうだ。あたしも同意見。逆にガッカリ。こんなことならあたしが貰った方が何十倍も価値が上がる。
「……オデール。あたし今、変なこと言った?」
「え? 何が?」
オデールの無駄にイケメンな顔が振り返ったらハッとなった。あたしはこんなところに居る場合じゃない。髪をセットして服を選ばないと。
シャツとミニスカ。それからハイカットスニーカー。もちろんメイド服なんて着ていくわけない。
「オデール。あたしが今から言うこと間違ってる?」
「はぁ? 何?」
「女の価値は側にいる男の質で決まる。……オデールが言うやつの中で最上級に大っ嫌いな言葉だけど。今だけはなんか意味が分かるわ」
鏡に映ったあたしはもう暗髪の大人しそうな女じゃない。寝癖を直す時間も惜しいから髪は左右の高い位置にくくった。金髪のあたしを見てリヴァイはどう思うか。そんなの知らない。
「お前、何怒ってんだよ?」
「じゃあ行ってくる。さよなら!!」
最小限の荷物をバックに詰めたら、すぐにこの部屋を出て行った。
(((次話は明日17時に投稿します
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