詐欺師
宿からの往復が大変だろうって使ってない部屋を貸してもらえた。食事はあたしが作る。だってメイドだからね、一応。ちなみに食糧費も労働費も出してもらえる。ハラリハラリと紙幣があたしに降ってくる音がする。
社長に電話をすると言ってオデールに繋いだら「任せときな!」と頼もしい。その日の夕方までには運送会社のトラックが到着して、結婚式プランナーの人が訪ねてきた。さすが怖いくらいに仕事が早い。
あたしはキッチンから三人分のお茶を運んできた。あたしが掃除した部屋に入ると、お兄さんとお姉さんが会話をしてる。
お兄さんはリヴァイ。あたしにお金を払ってくれる人ね。
そしてお姉さんの方は結婚プランナー。知らない人だけど、たぶんうちの関係者だ。親身になってリヴァイの要望を聞いている。
「良いところに来た。君はどう思う?」
ソファーからちょいちょいと手招きをされる。リヴァイが見ている資料に目を落とすと、それはウェディングドレスのカタログだった。
「あの、お言葉ですが。結婚相手に相談した方がいいのでは?」
「いや……まあ、そうなんだけど。サプライズにしたくて」
「こういうのは女性本人が選びたいものだと思いますけど」
「そうかな……」
あたしは、かなり不審を抱いている。
リヴァイには付き合っている女性がいるらしい。しかしその人のことは頑なに教えてくれない。どこか遠くに行っていて、近いうちに帰ってくるとは言っているけど。
実際にそんな人は居ないんじゃないかって思うの。なぜかって……。
「彼女さんの好きな色は?」
「うーん、なんだろう。明るい色が好きだと思うけど」
「そりゃあウェディングドレスなんですから黒色なんて着ませんよ。赤系ですか? それとも青系?」
「どうだったかな……。赤色も好きだった気がするし、青い服も着ていたこともあるっけ? 分からない」
「格好いい系ですか? 可愛い系ですか?」
「そんなの分けられないよ。素敵な人だ」
……。
「では、お名前から連想します」
「ひみつ」
……そう。秘密が多い。
式場選び、ブーケの種類、食事のグレードなんかは全て最上級のものを選んでお金を惜しまない。なのに彼女さんのことを聞くと「分からない」「ひみつ」で、はぐらかされる。
「そりゃ詐欺師のやり方だろ」
電話越しにオデールが言い切った。「だよね」と答えるあたしも同じ意見だった。重要なのは目的の遂行なんだから諸情報なんて曖昧で良い。あたしだって個人のことは社内規約なのでということにしてやり過ごしてる。
「オデール、まさか知ってたの?」
「何を?」
「相手が詐欺師なんだったら、あたしが騙されてるんじゃないの? ってこと」
ハッハッハと笑い声が受話器から届いた。
「ちゃんと金はたんまり入ってきてるんだから、このまま騙されとけ」
「は、はあ!?」
そこで電話が一方的に切られる。
ダイヤルを睨んで歯を剥き出しにしていると「あの」と、声をかけられた。
ハッとして見ると、リヴァイじゃなくて結婚式プランナーが遠慮がちに立っている。それについてもあたしは不審だ。
「……アンタもあいつの愛人か」
あいつが好きそうなロング髪だな。
「は、はい? あの……リヴァイ様がお呼びになっているので」
とぼけてくれちゃって。知ってんだから……。キィッと睨んでおく。
あたしは騙す側であって、騙されるのはイヤ。絶対イヤ。
もう何人もの滑稽な奴らを相手にしてきた。今度はあたしがそっち側になれって? 冗談じゃない。
運送業者のトラックはもう仕事を終えた。倉庫の中はすっからかん。全部もらってもリヴァイは怒らなかった。……変だな、とは思ったけど。考えるだけ無駄無駄。貰えるものは貰えるうちに貰っとく。これがあたしの理念。
結婚式プランナーがオデールの愛人なんだったら、きっと契約料金は全部オデールの手元に届いてる。あたしに対して動くお金も全部オデールのところへ。
しまった……。ちゃんと全部置いておいてよって言っておくべきだった。今度こそあたし大活躍なのに、また取り分を少なくされるじゃない。
「ああ、おかえり! 社長との電話は繋がった?」
「はい。無事に。忙しい方なので何度か電話を掛けないと出なくって」
「それはよかった。……で、悪いんだけどちょっと試着を頼みたくって」
試着? そう言われても部屋の中には純白のウェディングドレスが一着ある……。
「え。私が着るんですか?」
リヴァイはこくこくと頷いた。何故かプランナーまで頷いている。
「色々分からないことが多いから君に似合いそうな素材とサイズで作ってみたんだ」
「えっ? はあ!?」
プランナーが頷く。いや、頷いてないで考え直せって言うところじゃない!?
「ちょ、ちょっと待ってください。あたしと彼女さんで背丈とか体格が似てたってことですか?」
「んー。まあ、そうかもって」
そうかも、ってなに!?
「いやいやいやいや無理です! 私にそんな権限はありません! ウェディングドレスってその人のためにあるわけじゃないですか!? 別人が着るっておかしいですよ!」
「だから君に合わせて作ったって」
「いやいやいやいや! それもおかしいんですって!」
リヴァイは肩を落とした。でも諦めてくれた。
「ブーケも君をイメージして作ったんだけどなぁ」
おそらくそれが入っているであろう箱をプランナーが片付けに運んだ。
「いやいや……」
この人はおかしい。あたしを騙そうとしている以前に何か狂気的だわ……。
(((次話は明日17時に投稿します
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