地味キャラ
幸せの余韻がすっかり抜けた数日後。事務所を訪ねたら珍しくオデールはひとりだった。いつもは日替わりで女を連れ込んでるのに。
日当たりだけが取り柄の狭いオフィス。路面電車の鐘の音が聞こえてくる。馬車の蹄もパカパカ聞こえるし、生活するにはキツすぎ。建物ごとなんか揺れてる感じもするし。
こんな雑音まみれの場所で、オデールは寝袋に収まってすやすや眠っていた。あたしは近寄って鼻と口を抑えた。
「……!?」
オデールはもがきながら懸命に起きた。
「殺すつもりか!! ……って、誰?」
死にかけて記憶喪失になったなら笑えるけど。
「髪色変えてこいって言ったのオデールでしょ?」
「あー。あ、そっかそっか」
「ド忘れの加減がもうジジイだね」
皮肉を言っても寝起きだからよく聞こえなかったみたい。やっぱりジジイだわ。
関わるのをやめて、あたしは床から紙袋を拾う。あの時買い物したきりそのまま転がしてあったやつ。着替え室に入って、一応「開けたら殺す」と言っておいてシャッターを閉めた。
そうして出来上がった。鏡に映るあたしの姿はまるっきり……。
「メイドじゃない?」
暗色ストレートの髪の上に、白いピラピラをオデールに乗せられている。これは帽子なの? カチューシャってやつ? 何か意味があるのかな。
「似合ってんじゃん。良かったな。新しい自分に生まれ変われて。あー羨ましっ」
オデールは心のないコメントをしながらも、この白いピラピラの装着方法に手こずってるみたいだった。ピンの差し方が雑で時々頭に刺してくる。
「いやいや、待ってよ。お姫様にしてもらわなきゃ困るんだけど!」
「動くなよ」
「メイドでおじさんを落とすって、そんな恋愛ドラマがある!?」
「お兄さんな」
オデールの「おりゃっ」と力技が、あたしの頭皮を突き破った。もちろんあたしは頭を抑えてうずくまった。
「お前が動くからだろ? じっとしてろよ」
「うう……血、出た?」
怪我には至ってないみたい。ちょっと心の方はズキズキ痛いんだけど。オデールはそんなところケアしてくれるわけない。ただただメイドが仕上がっていく。
「なんか今回はおじさん相手だし、地味キャラだし、やる気出ないな……」
前の仕事はオデールと二人で兄弟を装っていた。だからオデールの髪色は、この辺りで「メアネルカラー」って言われる黄金色の明るい色。あたしも前はそれだった。そっちの自分の方が好き。
あたしの小言は通用しないで、ほいほいとカバンと日傘も持たされた。しまいには尻を蹴られながら事務所を追い出された。
「日焼け止め塗ってるし別にいいよ」
邪魔になるから日傘を置いていこうとしたら「そういう問題じゃない」って言い返されて鍵を閉められた。
はぁ……。外に出たら路面電車の鐘と馬のパカパカがもっとうるさい。
メイドは路面電車に乗るべきなのか。それとも馬車を捕まえてそっちを使うのが正しい? 魔性のリモネさんにも分からないことがある。
とりあえず街に出て駅を目指した。気候は暑くも寒くもないはずなんだけど、黒色の服が熱を吸うっていうけど本当だわ。暑くて日傘をさしてみたら、これがなんと涼しくなる。
メイドって賢いのね……。なんて感心していると、目の前にまさにメイド一行が見えた。近付いて話を聞いてみる。「こんな集団でどこに行くの?」と。
基本こういう人達って親切だから教えてくれた。なんとか様の……なんとか……式? うーん、何かの式に行くって言ってた。
目的はどうあれ、メイドは馬車を乗っていくらしい。だからあたしも彼女たちが去った後、こちらにやってきた馬車を捕まえて乗っていく。
「どちらまで参りましょう?」
「ええっと」
そうだ。オデールが行き先とかを書いた紙をくれていた。
「ジーク……え、ええっと。ジーク・アジェスティール・ベラドミン・リヴァイ……様のお屋敷に」
名前の後に「様のお屋敷に」と付けたのは、メイド一行がそう言っていたから真似した。……っていうか。名前なの? これ。
「かしこまりました」
馬車は問題なく動き出す。ガコンガコンと倒れそうなほど揺れる時もあって、乗ってる側には問題だらけだけど。徒歩なしで目的地に着くなら文句は言えないか。
それに馬車の中はあたしだけのプライベート空間で、高い運賃を払う価値があるなとそこでも思える。
「さーてさて、っと」
初めて今回のターゲットの情報を確認してみよう。全てオデールが調べ上げたことが事細かに紙に書かれている。こんなに長い名前は見たことがないけど愛称とか書いてないのかな。……書いてないか、役立たずだな。
ぺらっと紙をめくる。
『ジーク・アジェスティール・ベラドミン・リヴァイ。まあまあ売れる小説家になったのは最近のことで、それまでは父親に連れられて家を渡り歩いている』
渡り歩いている? 貴族で流行ってる再婚ブームの巻き添えか。そんなのひとりで家を出ちゃえば良いのに。
年齢は三十六歳。あたしより十三も年上。やっぱりおじさん。
好きな食べ物は鶏肉。どういうこと? 全然可愛くないし。
仕事は作家。趣味は無し。ひとりで屋敷にこもって作業に追われてる。アシスタントも日雇いメイドも利用しない。寡黙。笑顔が少ない。地味。たぶん未経験。
「余計なこと書くな……。こほんこほん」
最後の方はオデールの信用度の低いただの感想だ。つられちゃったけどあたしもこんな身なりなんだから、これからは言葉遣いに気をつけないといけない。
「まったく。余計なことをなさらないでよねっ」
……これで合ってるの? どっちかっていうと姫っぽい? メイドって何語で喋んの?
ガラスをくり抜いた馬車だった。どんどん田舎の方へあたしを運んでどうする気なのか。行き先を言ったのはあたしだけどさ。
「やばー。普通に無理なんだけど」
最後に本音を道にばら撒いておく。戻ってくる時に回収できるかどうかは未知。でもって、かなり不安。
(((次話は明日17時に投稿します
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