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安い味、虚しい気持ち

 小説の原稿あるいは舞台の脚本。何か知らないけどリヴァイとミュンヘンの間で何かを進めようとしているらしかった。……っていうか。たぶんリヴァイが勝手に押し付けてたんだと思う。ミュンヘンの大事にしてるものも知らずにね。

 そこへドン、と置いた。

 あたしは、リヴァイが大事にしているものを見ないふりして、テーブルの上に散乱しているそれらの紙の上にトランクケースを容赦なく置く。ミュンヘンとリヴァイはそれを見て固まってた。

「持ってきたから」

 外見じゃ分からないのかと思ってトランクケースを開いて見せる。

 経営者おじさんが破産逃れのために振り込んでくれた分。銀行で下ろしたばっかりだから紙幣だけは綺麗だわ。

 あと、昨夜ギリギリで全部ひったくって質屋にぶっ込んだ分。こっちの札束の並びには若干折れ目の入った紙幣もまざってる。それは若い男が財布の中に入れてたなけなしのお金。

「わぁ、すごい!」

 ミュンヘンは手を叩いて喜んでいる。

 一方、リヴァイはずっと黙ってしまっているけど。

「これで約束は回収。リヴァイ、帰るよ」

 いつまでも魚臭いこの部屋に居たくない。先に席を立つけど、リヴァイには立ち上がる気配がなかった。そんな彼のことを「作家君?」と、ミュンヘンも後押しした。

 下を向いてワナワナ震えていたリヴァイはついに小さな声で言い出す。

「お金とか金額で解決する問題じゃないんだ……」

 その姿があたしにはまるで子供に見えた。駄々をこねてる感じ。

 するとミュンヘンが椅子から勢いよく立ち上がる。足を鳴らして数歩歩いたかと思うと、あたしの腕に両腕を絡めてきた。

「じゃあ、このお金で二人で旅行でも行こっか! ね! リモネ!」

「え、ええっ!?」

 普通に嫌なんだけど。

 でも。ミュンヘンの行動を目で追ってからショックを受けてるリヴァイのことはもっと嫌。あたしが「行こう」って言っても顔も上げてくれなかったのに。

「な、なんでだよ……」

 物悲しそうにリヴァイがミュンヘンの方を見てる。

「だって君、全くリモネのこと分かってないんだもん」

 多少はハッとしたリヴァイ。それであたしを見てくれるのかと思ったら、すぐに下を向いてしまった。あたしはもっとショックだった。

 はぁ……。もういい。

「このお金は、作家君を家に連れ帰るために集めたお金なんだから」

 もういいよ。

「私にとっての絵と同じで、リモネにとってはこのお金が」

「もういいって。ありがとう、ミュンヘン」

 あの重たいトランクケースはもう運ばなくて良くなって、どこにでも付いて来る「大きいの」も居なくなってあたしは身軽。

 勝手に玄関を出たら、またキッチンの小窓が開いてミュンヘンが顔を出した。

「旅行先、決めとくね!」

 馬鹿みたいに明るい顔して何を言ってるんだか。

 あたしは無視して行く。そのお金はあたしのものじゃないんだし、旅行に行きたいならリヴァイと二人で行けばいいじゃない。


 イライラが抜けなくて公園のベンチで座っていた。でも、スッキリした気持ちもあったからお腹が空く。食べ切れるか分からないのに一番大きなサイズでホットドックを買っちゃった。

「んー。微妙……」

 安いパンと安いソーセージの味。

 新しい気持ちで別の場所に住むとしてもネザリアは論外かな。

 噴水があって花壇があって綺麗な公園なのに、奥の景色は森林じゃなくって工場の煙突が見えてて嫌な気分になる。ここの人はこんな不味い食事を摂りながら缶詰みたいになって働いているのが目に浮かんだ。

「ううっ……」

 身震いが起こった。絶対嫌。

 はーあ、と嫌になって足を投げ出す。すると、この足に何かがつまづいたみたい。

 見てみると、そこには黒くて小さな生物が地面に突っ伏してる。両手は飾りなのか器用に使えなくて、代わりに黄色いくちばしで上手に立ち上がった。

「ペンギン」

「……クエー」

 返事した。

「何しにきたのよ。飼い主んとこに帰りな」

「クエー、クエー」

「……これ? 食べる?」

「クエエエ」

 くれええ。って言ってる? いや、言ってない?

 ソーセージを手でちぎって差し出してみたけど、全然興味がないみたいで、あたしの手がベトベトになっただけに終わった。

「ソーセージは食わないってか」

 じゃあパンは? と、思ったけど食べない。

 ペンギンはあたしの横にある紙袋に勝手に頭を突っ込んでガサガサと探り、フライドチキンの箱を起用に取り出した。そしたら勝手にそれを全部食べやがった。

「お前、確か鳥じゃなかったっけ? 共食いじゃない?」

「……」

 ペンギンは美味しいのか変な声で鳴いて目を細めてる。それにしても、あたしがベンチに座ってると結構目線が合うくらいにデカいな……。

 ツヤっとした毛並みっていうの? 羽毛? を、こんなに間近に見れることなんて滅多にないよね。

 試しにそっと撫でてみた。

「硬っ!?」

 ペンギンの背中ってウロコだったっけ? ってなるくらい。硬くて、でもほんのりあったかいのが不思議。

 なんかずっと撫でてたら、若干可愛いかもって思ってきた……。

「名前はなんて言うの?」

「……クウー」

「クー?」

 ペンギンなんかに話しかけて、あたしはバカか。

 するとその時、ペンギンはひょいと跳ねてあたしから距離を取った。嫌われたのかと思ったけど、たぶん違う。びっくりしたんだと思う。

 あたしもびっくりした。ペンギンに気を取られてたから、突然背中に重たい体重が乗せられて、腕で首のところを絡まれて……。

「お、重い……」

 バカみたいだけど、大好きな匂いがして急にまた虚しくなる。

「リモネ。ごめん」






(((次話は明日17時に投稿します


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