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忍ぶ気の悪夢 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう〜、やれやれ疲れたな。ほぼ徹夜するなんて、ここ最近はなかったからな。気を抜くと、そのまままぶたが落ちてきちまいそうだ。

 けれど、意識はまだまだ覚醒を願っている。眠気はするのに、頭はギンギンに動きそうな気さえしているんだ。どうにも不思議な感覚だよな。

 聞いたところによると、人間が最大効率で動ける時間は起床からおよそ半日、12時間ほどなんだそうだ。それ以降は、どんだけ自分の調子がよいと感じていても、作業の効率が落ちていってしまう、と。

 仮に午前6時に起きて、12時間。学生だったら学校で授業、部活、ゼミなどを一通り終えるころが、だいたいこの時間じゃないか?

 あとはち密な作業を求めるべきときじゃない。遊ぶにせよ、帰宅してくつろぐにせよ、多少の雑が入ったところで、むしろアクセントになりうるものだ。


 でもなあ、相手方はそんな都合を考えてくれるとは限らねえ。

 こちらの気が入っていないのをいいことに、近寄って忍び込んでくる、抜け目のなさは健在なんだ。

 俺の昔の話、聞いてみないか?



 砂時計。誰でも一度は目にしたことのある、グッズと思われる。

 デジタルが主流になった時代、時刻のカウントはその手の時計に頼ることもあるが、アナログだって絶滅はしちゃいない。

 いざ電気の通らない環境に置かれたとき、頼るべきは後者だからな。なにごともサブや保険は大事、ということさ。

 しかし、うちでは普段から砂時計の出番が多かった。多くは就寝時に使う。


 お前も、聞いたことがないか? 睡眠導入用の音声。

 環境音や誰かのささやき声のASMRなど、ただ静寂のもとでは寝付けない人のために、心を落ち着かせるものが用意されている。

 その役割が、うちでは砂時計だったってわけだ。

 デザインは他の砂時計と大差ないんだが、入っている砂がガラスビーズ交じりでな。こぼれる間は容器に触れて、音を立てるんだ。耳障りなほどじゃないんだけどな。

 両親はいつも枕もとに、この砂時計を置いていた。まだ両親と一緒に寝ていた時分から、この光景は目にしている。

 俺用の部屋が用意されるようになったとき、両親は別に砂時計を用意してくれたよ。同じように音の出る奴をね。


 俺は最初、断ったんだ。

 砂時計の中身はたいてい色のついた砂だったが、この手のカラフルなものはどうも女々しいと思い始めた年ごろでもあった。

 男らしくいくなら、グッズは派手な色も余計な柄もない白や黒や、その間に位置する無地と考えていたからな。カラフル砂時計も、その嫌うべき対象だと思ったんだ。

 しかし、両親はしつこくすすめてくる。いわく、夢見をよくするものだと。


「いいかい? 人間、気を張っているうちは意外と大きな失敗をしないものさ。神経が集中しているのもそうだが、みなぎっている気力がちょっとやそっとの、よこしまな気を近寄らせないためだ。

 でも、一日が終わりに近づいて、しかも静かな時間と来たらこいつらは遠慮なく忍んでくる。すると、こいつらは悪夢になって夢の中へ入り込んでくるのさ。

 だから、音を立ててやる。

 音は耳に飛び込み、鼓膜を震わせて脳に刺激を与えていく。それが気を張らせて、悪夢の元を遠ざけていくものさ。その間に意識のほうが眠りに沈めば、悪夢の入るスキもないというわけ」


 聞いていた俺には眉唾もんだったけどな。

 たとえわずかな音であろうとも、うるさくて眠れるはずがないと思ったし、悪夢が忍んで来るというのも抽象的すぎる。

 そうやってビビらせて、子供に言うことを聞かせるのは、大人の常套手段。

 そんな言葉に「いちいち素直に従ってやるものかよ」と反骨心丸出しの俺は、はじめの数週間ほどは砂時計を枕もとに用意し、表向きは言いつけを守った風を装った。

 親も子供の性質を心得たもので、何度か寝る時間が近づくと部屋へ様子を見に来たんだ。砂時計がちゃんと設置されているかをね。

 一カ月もたつ頃には、ほとぼりといっていいのか微妙だが、親も部屋をのぞきに来なくなった。

 それでも数日は様子を見たうえで、とうとう俺は砂時計を枕もとから離して、はじめて布団へ横になったのさ。


 俺は寝つきがいい方だと、この時までは自負していた。

 しかし、砂時計を離したその日は、目を閉じても意識がビンビンに冴えてしまっていて、眠気がこない。

 入っていた布団を、蹴飛ばしていく。しっかり足を温めてくれていたのが、いまや苦痛だ。

 息苦しささえ覚えてくる。なら、とっとと剥いでしまいたい。

 多少、楽になったのもつかの間、身体を包む熱はなおも高まっていく気配がやまなかった。

 ついに俺は耐えきれず、ぎゅっと閉じていたはずのまなこを開いてしまう。


 すぐにわが目を疑い、閉じてしまった。

 なにせ寝ている俺の目前に浮かぶのは、羽の生えたトカゲのごとき生き物だったからだ。

 身体こそ細く、羽もトンボを思わせるような4枚羽。けれども、その頭頂から鼻先にかけて逆三角形を形作る顔面と、暗闇の中でもはっきりわかる眼光は、かつて本で見たドラゴンのものにそっくりだったんだ。

 確かに、目は閉じたはず。なのに、俺の眼前からかのドラゴンは消えずにいる。

 ぐっと逆三角の頭がのけぞる。下向きの頂点が上向きになった折、その輪郭の端からだいだい色の炎が見えたんだ。

 ちょうどマッチの先に灯るものと同じでさ。あのトカゲが、まさに火を俺に吹きつけてくる気配だと悟ったよ。


 俺が悲鳴をあげると、ほどなく廊下を走り、部屋に飛び込んでくる気配があった。

 つけられた部屋の明かりの中、すでにトカゲの姿は閉じたまぶたの裏から消えている。

 目を開けると、そこにはこわばった表情の母親が。安堵もそこそこに、俺は腕を引っ張られて洗面所へ連れていかれる。

 鏡を見て、すぐに自分に何が起きたか悟ったよ。

 俺の顔は全体的に、焦げをこびりつけていたんだ。しかもそこに、カメムシと生ごみをミックスしたような臭いがしみついて、いくら洗ってもなかなか落ちてくれなかった。


 俺が起きたことを話しても、母親は砂時計を使わなかった悪夢をみたんだ、の一点張りでさ。詳しいことは教えてくれなかったよ。

 でも、夢を見たからってそれがそのまま正夢になるなんてあるか? 見た目や臭いとかに変化を引っさげてよ。

 親たちには悪夢を方便に、遠ざけておきたい別の事情があるのかもしれない。

 それから俺は親から渡された砂時計を、就寝時に使い続けているのよ。

 


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