人工天国でもがく人と機械
前方には降り積もる雪をものとせず、視界を埋め尽くす程の機械兵が行軍する。
「……ハァ」
それらの機械兵を纏め指揮を取るのは、この白い溜息をついた男、黒瀬クロノ。
黒髪で男らしい顔つきをしている。その身体はがっしりしており、身長もそれなりにある。しかし、目を引くのはなんと言っても、迷彩色の軍服をまとった肩の部分から左腕より長く大きい、剥き出しになっている機械製の右腕だろう。無機質な銀色は雪の白と合わさって鋭く光っている。
この金属は十五年前、開発された生命金属というもので、人体から発せられる電波を機敏にキャッチし思い通りに動く驚くべき金属である。
人類はこの金属を利用しロボットのさらなる開発にいそしみ人との親和性のたかいロボットを生み出すことに成功した。
これにより生産性が飛躍的に向上したため自分たちの理想を体現するために、人類はそれぞれの地域にドームを作り、そこに人工的な天国を作った。
しかし、ドームができても人間の欲はとどまることを知らない。領土は人間以外を使って常に取り合っている。
クロノはこの隊唯一の改造人間、現代ではハーフと呼ばれているものだ。この軍は一体のハーフと数万もの各種機械兵からなる。純粋な人はいない、危険な戦場に純粋な人間様を使うわけには行かないらしい。
2045年北海道渡島半島。
まだ、吐く息は白い。
唐突にピピピッ! と警戒を知らせるアラームがクロノの右腕から鳴り響く。
肩のボタンを押すと位置データが小さいホログラムによって浮かび上がる。
先鋒の機械兵が、敵国トウホクの機械兵と接敵したようだ。敵の数は少ない。
「……一息にもみつぶせ」
彼はつぶやく。もちろん、彼の言葉に返事を出来るものは誰もいない。
機械には指示を声に出しても伝わらない。
ホログラムに直接触れいくつかの指示をだす。
数秒後、大気を割るような銃撃音が鳴り響き、レーザー光が逃げ場を求めて天に錯乱する。
誰も知らない世界で戦闘が始まった。
数刻経って、今クロノはドローン兵に肩を捕まれ敵陣地に向かう。
眼下では敵の将である、左腕が長い諸刃になっている金髪の男のハーフがクロノの軍の機械兵と戦っている。
首尾よく追い込んだため、敵の本陣までクロノの機械兵が殺到している。
敵のハーフは少ない機械兵と共に必死に戦っているが、かなり消耗しているのか動きが緩慢になっているのがわかる。
「よし」
クロノは静かにドローンに指示を出す。ドローンはつかんでいたクロノの肩を離し、戦場に投下する。
落下による加速で威力を増し、一撃で潰そうとする。
しかし、それを間一髪で気づいたのか半身を捻ってクロノの機械兵と位置を入れ替える。
ベコッと派手な金属音がする。クロノの右腕によって機械兵が潰され動かなくなっていた。
「ハハッ、死ねえぇええ!」
敵からすると絶体絶命の状態から急に勝機が舞い込んできたのである。勝ちを確信した敵は裂帛の気合をあげ、クロノに剣を振り下ろす。
クロノの想定より剣速は早い、見ると片刃に変形している。諸刃では出せない速さである。
「なっ! ばっ、バースト!」
慌てて右腕に備え付けられていたギミックを発動させる。
パァンと言う炸裂音と共に下を向いていた右腕から指向性の爆発がし、無理矢理敵の方向へ向けた拳を空いた胴体に叩き込む。つまり、簡単なロケットパンチだ。
対して抵抗もなく拳が振り抜かれ、肋骨や内臓が潰れた音がする。
力が抜け勢いのままに敵が吹き飛ぶ。
周りの機械兵が死亡を確認し、それぞれの戦闘も止まる。
静寂の中をトボトボと敵の死体に近づき、血に塗れるのも気にせずに、腕を強引に千切りとりクロノはホッと一息つくことができた。
大将を討ち取った証である。この戦闘はクロノの部隊の勝利となった、にも関わらず勝鬨のようなものは上がらない。
ただ静かに収束する。
不意にクロノはその静寂に恐怖する。自分もいつか、そうなるのだという不安が胸を襲った。
「一体なんで変形したんだ? ……とりあえず帰るか」
考えてもすぐには答えが出ないようなので思考を切り上げ、動かなくなった敵の機械兵は放置し、動く自分の機械兵を連れて帰路についた。
ホッカイドウ第三都市。
この人工天国においてすべての純粋な人間はこの都市のなかで限りない自由を享受している。
仕事は自由。より精密なことができるようになったロボットによって基本的な仕事はすべて行われる。
食事も自由。培養肉などの食品技術の発達により食べたいものを近くにいるロボットに頼めば、基本的な物はいくらでも作ってくれる。
睡眠も自由。メタバースの発展により寝ている間でも、脳をインターネットに繋ぐことで、現実とほとんど変らないことができる。
その他の欲求についてもほとんど満たされていると言っていい。
クロノはそんな空間に戻ってきた。
先程までクロノを襲っていた冷たい雪などこの都市では無縁である。
入場ゲートに繋がる施設で損害内容や、国際法によって決められている鹵獲品の確認を待っていると、明るい同僚が話しかけてきた。
「どうだい、クロノくん。今日は苦労したかな?」
施設でよく会ったり、戦場で共同戦線を張っている内に顔を覚えた男性だ。白い髪で背中に羽のように生命金属で作られた武器をつけている。昔背骨をやってしまい、改造されたらしい。
彼もハーフだ。
「いや別に」
思案中だったクロノは素っ気なく返す。
「なんか疲れてる?」
「まあな」
「なにかあった?」
「今日は久々に死にかけてな」
クロノの表情をよく読み取ったらしい同僚に今日起こった敵の武器が変形したことを話した。
「あっ、それなんか最近聞くわ。なんか感情の変化に合わせて生命金属が変化するみたいだね。まだ詳しくはわかってないけど実験自体はもう始まっているって偉い人がいってた」
彼自身も聞いたことがあったのか話題に乗ってくるがそれ以上何かがわかるわけでもなさそうだった。
「まあでもここにいるのは感情がすり減ってるやつばっかだろ」
「そうだね、ハーフとして扱われている時点でね」
この天国のような地下にも人の序列はある。支配者に言わせると、完璧な空間の安心を保つために大怪我などをした人間は社会不適合者なのでより完璧な機械に近づくためにハーフとして、日々行われている領土の取り合う戦争に行かなければならないらしい。
「嫌になってくるよ」
疲れているクロノに気を使ったのか同僚が続けて話す。
「まあクロノ君みたいなのは今の時代目づらしいと思うよ。結構自業自得のやつが多いし」
彼は同情するように肩をすくめる
「そうなのか?」
「あれいってなかったっけ?」
「聞いてないし、周りのやつにもデリケートなことだと思って話したことがなかった」
気にしている人も多いだろうと気を使っているとクロノは言う。
「いや、俺なんかは退屈だったから階段から飛び降りて遊んでたら、背中折ったし、あそこにいるおっさんは酔って自動運転から転げ落ちて腕を折った。あっちの新入りなんて元アイドルだったがおかしくなった結果、人前で自らで両足を滅多刺しにしたんだとよ」
クロノも言われたとおり視線を向けると若く金髪でツインテールの女の新入りは心底イライラした様子でその可愛らしい顔を歪め、SNSを見ながら爪を噛んでいた。
小声でなんでだよぉとぶつぶつ聞こえてくるので大方、思ったよりも目立てず、しかもその後戦場に行き、ストレスでおかしくなっているのだろう。
「悲惨だな。本当に悲惨だ」
それ以上言うこともなかった。
ただし、自分が明日おかしくなっている可能性もあるのだ。自分に言い聞かせるように言った。
「黒瀬クロノ様、査定が終了しましたので入場ゲートに起こしください。」
ちょうどクロノは入場ゲートから呼ばれる。
「また今度な」
「あいよ、じゃあな」
暇つぶしに放ったと軽く別れの挨拶を交わす。
クロノは入場ゲートに着き、管理しているロボットに話しかける。
「黒瀬クロノだが」
「黒瀬クロノ様ですね。はい、こちらが入場リングです」
ロボットは無機質な声で対応し、クロノ本人だと確認したのか認証用の黒いリングを渡してくる。
「どうも」
それを受け取り立ち去ろうとしたところでロボットが呼び止める。
「お待ちください。クロノ様が戦闘に言っていた間、面会のご予約がございました」
クロノは一瞬顔をほころばせたが、すぐに難しい顔になる。
「……断ることは?」
「やめておいたほうが良いと思われます」
ロボットの素早い返事下唇をかむ。
先程も述べたようにここでは支配者、純粋な人、ハーフ、ロボットの序列があり、基本的に上からの誘いなどを断ることはできず、断ると犯罪に問われることもある。
「何時からだ?」
「一時間後にセンタービルの喫茶店でお待ちしているとフロウ様からです」
淡々とロボットは述べる。フロウというのはクロノの幼馴染であり、純粋な人間である。
「わかったよ」
「承りました」
了承し、急ぎ足で入場ゲートをでる。
きらびやかな大広間で何人かの純粋な人間がコーヒーや紅茶を楽しんでいる。
この喫茶店は富裕層向けの会議室の意味も含んでおり、本来なら金が必要な所でクロノのようなハーフが来れるような所ではない。
だが今のクロノは巨大な右腕の義肢を外して軍服ではなく普通の格好に着替えているため、見た目だけならば純粋な人間と変わらないため、それほど変な目で見られることはないが若干な居心地の悪さを感じてさっさと件の女性を探す。
奥の席で座って優雅に紅茶を飲んでいる白髪の気品を感じさせる美人である、白川フロウを見つけた。
「待たせたか?」
「今来たところよ、クロノくん」
を見つけてクロノは声をかける。
「まあ座って、コーヒーを頼んでおいたから」
言われるがままに座るとロボットがコーヒーを運んでくるので口をつける。味はあまり感じなかった。
「こんな良いところで、何の用だ?」
「えっと、それは」
フロウが言い淀むのを見てため息混じりにクロノは答える。
「結婚ならしないぞ」
「……わかってるわよ」
この問答自体は何度もやっていたことだった。だが、明らかに落ち込んだフロウに一応フォローをいれる。
「別にフロウが嫌いなわけじゃないんだが」
「結婚すれば純粋な人として登録され直すのよ?」
「知ってるよ、フロウがあの時のことを気にしてるのも知ってる。でも、俺よりもっといい人がいると思うんだ」
ハーフと純粋な人との結婚は認められており、人間と結婚することでハーフは人権を再び得ることができる。
フロウは何度もクロノに求婚している。幼馴染として仲がいいこと、そして過去に起こった事が原因だろうとクロノは考えている。そのためクロノもフロウに気があるにもかかわらずこの話は進まないでいた。
「SNSでも見たが、次のライブもあるんだろう? この良い時にハーフと結婚なんてしてみろ。流石に世間が黙っちゃいないぞ」
そう、フロウは世界的に有名な歌姫なのだ。
世間の人間は自身の基本的な欲求が満たされているため、異常に他人に対しての視線が厳しい、歌姫の熱愛報道など喜んで食いつきめちゃくちゃに荒らされるに決まっている。
クロノはフロウの世界一の歌手になるという夢を潰したくないのだった。
「そうだけど、私はアナタと一緒に」
「ようやく世界一になれそうなんだろ? それなら、俺なんか気にせず頑張ってくれ」
突き放すようにクロノは言う。これ以上責められると流されてしまいそうだったからだ。
「じゃあ、俺はもう行くから。ありがとうな」
クロノは苦いのを我慢してコーヒーを一息に飲み干し、その場を離れようとする。
「待って、アナタが考えてること、わかるから。もう最後にするから、これだけ受け取ってくれないかしら?」
俯いたまま、フロウは一枚の手紙を渡してくる。それを差し伸べる細い手は細かく震えていた。
「……わかったよ」
仕方なく、クロノはその手紙を受け取りその場をあとにして後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように急いで自宅に向かう。
無機質な必要最低限のものしかないミニマムな自宅に着く。
嗜好品の数々は政府から無償提供されるがハーフにはそれすら与えられない。社会の恥として娯楽に逃げることは許されないとのことだった。
無造作に上着を脱ぎ棄て、ベッドに横になってクロノはスマホでメールを確認する。
いくつもの軍からのメールが届いており、一番上には次回の作戦はトウキョウへ進軍すると書いていた。
次回から想像以上にしんどくなりそうだと、クロノは溜息をつき他の身体に関わるメールなどを流し見する。
一応すべてに目を通し、陰鬱な気分になったのでフロウにもらった手紙を丁寧に開く。
中には2枚の紙が入っていた。
一枚は次の超大型ライブへのお誘いだった。
丁寧な字だ、彼女の筆跡で書かれている。
いつもだったら、謝罪とともにいかない旨を伝えるがそれをフロウは見越しているのか、断る前にもう一枚の手紙を見てくれと書いてあった。
それは、縒れてシワシワになったものだった。手紙によると、事件の証拠品として押収されていたが、無理矢理借りてきたらしい。
既視感を覚えて、ゆっくりと開く。
そこには小学生のようなきたない字で、クロノくんようとくべつチケットと書かれていた。
「これは……」
思いを馳せる。
懐かしい。
今でも思い出される暖かな記憶。
幼い頃、社会のルールにより特別な才能を見出された子供たちは一つの施設で育てられていた。
その施設で出会った二人は仲良くなり、自由時間はいつも二人でいた。クロノはピアノ、フロウはボーカルをやっていた。
小さい頃だからそういう意識はなかったがお互いの得意を組み合わせて綺麗な音が出るのが楽しかったのだ。
周りの大人に祭り上げられ、その時は自分たちには限界がなく、いつかは世界一になるという幼稚だが純粋な思っていた。
『世界一になった時、席がいっぱいになっていたら困るでしょ? だからその時の為にこれあげる!』
そう言われたのを思い出す。
そのまま、当時のことが鮮明に頭に蘇ってきた。
■■■
「えぇ~、ホントにくれるの?」
当時のクロノはまだ純粋で、人間だった。
やっていることは楽しい。両親のことは知らないが、自分をわかってくれる人もいる。
「だから、その時は絶対来てよね!」
「わかってるよ!」
クロノは元気いっぱいに返す。
ニヒヒと笑顔で指切りをする。
事件が起こったのはその帰り道だった。
その頃から既に自動運転が普及していたが、何かトラブルがあったらしい。
逆走した車が、フロウの目の前に加速しながら突っ込んできていた。
その時、クロノは無我夢中で右手でフロウを押した。
次の瞬間。
ブチリという音と共に鮮血が舞い散りクロノの右腕はなくなっていた。
右腕の軽さに違和感をもった。その瞬間の心臓がキュッとなったあの薄ら寒さをよく覚えている。
その後、状況を理解すると同時にそれを拒むように耳鳴りが起こったかと思うと、キャパを超えた感情が溢れ顔の筋肉が痙攣を起こし、その痙攣はすぐに全身に広がった。
端的に言えば精神が崩壊したらしい。
這いつくばってなんとかナースコールを叩き、完全に崩壊は免れた。
だが、クロノにとって本当に地獄だったのはそこからだった。
義手になり、それからは施設ではなく、ハーフとして軍に入れられた。
これまでの多大な努力、華々しい夢、幼馴染との約束を同時に絶望したにも関わらず、軍の厳しい訓練は行われた。
クロノの心は麻痺して言った。自分が誰からも必要とされていないようにおもえた。SNSでフロウの話題が出るたびに耳を塞ぎ、トイレに籠もって嘔吐した。
そんな中、フロウはクロノに懸命に寄り添っていた。自身の人気が出て周りに何と言われようとクロノに時間を費やした。
そんな女性を嫌いになれというほうが無理である
耐えがたいほどこらえがたいほどに好きなのだ。
クロノはフロウのことが一人の人間として好きなのだ。
しかし皮肉なほどに、クロノがフロウのことを考えれば考えるほど一緒になることは無理という結論が導かれてしまう。
そうして今まで、ハーフと歌姫の奇妙な関係が続いている。
■■■
コンサート当日。
クロノは自分にできる精一杯のお洒落をし、右腕は人間を模した生命金属の義手にしてコンサート会場に来ていた。
ホッカイドウ最大の地下施設であるコンサートホールにはいり、名前を出すとあれよあれよという間に関係者席に通された。
会場の中心にかなり近い位置である。クロノの座っているブースの後ろ側には巨大なカメラのセットがあり、その奥に一般用の席が用意されているという形だ。
全世界同時生中継をされるのだろう。
前では演出係、後ろではカメラ係のロボットがせわしなく動いている。
改めて、今のフロウの影響力の大きさを実感させられる。
どのSNSをみても一部アンチもいるが、楽しみにしている人がとても多い。
やがて会場全体が人で埋まり、会場が暗くなる。
光が、灯った。決して俗物的ではない、むしろ神聖さすら感じさせるような美しい女性が佇んでいる。
フロウだ。透き通るような水色のドレスは白い光に照らされて美しく煌めいている。しかし、フロウはそれ以上に存在感を放っていた。
始まる、と思った時だった。
凄く後ろの方で静寂を裂くように短い悲鳴が上がった。
視線をそちらに向けると、薄暗くてわかりにくいが明らかに人間ではない速度でこちらに向かってくるモノがいるのがわかる。
それをみた人の悲鳴が連鎖する。
警備用のロボットがフロウを守ろうと現れる。
だが、ソイツが空中で右足を振るったかと思うと呆気なくロボットの胴体に風穴が空いた。
クロノはソイツが、自分と同じハーフだということに気づく。
あの一瞬不安定な体勢でロボットの弱点を即座に撃ち抜くことは今のロボットでも不可能だろう。
恐らく、フロウの一点狙いだ。
それに気づいたと同時に、クロノの身体は動き出していた。
フロウめがけて飛んだ敵ハーフの右足を右腕で弾く。
「ちっ、重い!」
想像以上の衝撃にフロウの方向へ吹き飛ばされる。
「大丈夫!?」
横からフロウが駆け寄ってくる。
「狙いはお前だ! 逃げろ!!」
構わずクロノはフロウに怒鳴りつける。状況の緊迫さが伝わったのか怒鳴られたことに驚いた表情をしつつも背を向け逃げる。
「来てくれてありがとう!」
去り際にフロウはその言葉だけ残していく。
「逃がすか! フロウ、私を見ろぉ!! アンタを殺す名前は」
「興味ねぇよ!」
敵ハーフが名乗ろうとしたところでのクロノが右腕で殴りかかる。
慌てて左脚でガードしたのか敵ハーフの口上がガキンという金属音によって掻き消される。
視線が交錯する。そこで初めてクロノはこの敵が前に入場ゲートで見たことのあるハーフであることに気づいた。
とはいえ敵ハーフはクロノに興味もない。
「邪魔しないで!」
キッと鋭い眼光で一瞬にらみつけ苛ついたように叫び、クロノには目もくれずフロウへの攻撃を加える。
「ちっ!」
舌打ちをして、距離を取り再びフロウへの蹴りを弾く。
敵ハーフの攻撃の回転率が上がる。クロノは片腕でしか防御出来ないが、敵ハーフは両足とも義足であるため殺傷能力の高い攻撃をクロノの2倍の速度で出せる。
そもそも攻撃より防御の方が難しいのだ。クロノがフロウを無傷で済ませているのは極限の集中力によるものと敵ハーフが怒りのあまり攻撃が単調になっているからだった。
フロウも必死に走り、バッグヤードが見える。
もう少しだとクロノは自分を奮い立たせる。
その時だった。
「絶対に許さない! アタシの夢を奪いやがって!」
逃げられると思ったのか敵ハーフが涙ながらにひどい表情で絶叫する。
「夢……」
クロノが心の中で少しなりともあった敵ハーフの言葉に、動きが若干鈍った。
その隙をつかれ、敵ハーフの右足がクロノの横を抜けてしまった
フロウの右肩が貫かれてしまった!
あふれ出る鮮血によってクロノの視界が赤く染められる。
「う、っう……」
フロウが苦しそうにうめく。肉は避け骨の白色が見えるほどの重傷である。それは、その光景はクロノのトラウマを呼び起こすには十分以上だった。
「フロウ、ふろう! あああああああああ!!」
絶叫の中で脳内のシナプスが錯綜し脳みそがぐちゃぐちゃになる。その中で何かがガチャリとはまった音がした気がした。
クロノの激情に共鳴して生命金属がドクリ、ドクリと脈動し体を最適化していく。クロノの目的を達するために。
しかし、それに気づいていない敵ハーフは完全に勝った気で笑っていた。
「は、はっはっは!! これでお前も私たちと同じだね!! この世でしっかり苦しんでもらうためにもう一本くらい逝っておく?」
目的を達した敵ハーフが騒ぎ立てて近づいてくる。
敵ハーフが右足を鞭のように振り、音速の機械がクロノごとフロウを殺そうとする。
しかし、その攻撃は見向きもしていないクロノの左手によって抑えられていた。
「え、……クロノ? その体」
クロノの体は明らかに変わっていた。否、開花したというべきだろうか、もともとクロノという人間を模していた生命金属が目覚めたのだ。
ガチャガチャとクロノの体が膨張していく、もはやヒトの原形をとどめていない、体の中の機械はむき出しになる。黒い生命金属は常に融解と結合を繰り返しており、非常におどろおどろしい四足歩行の化け物になっていた。
「え、ええ!? 何? なんなんだよぉ!」
目の前の非現実的な光景に面食らった敵ハーフは右足を振りクロノの変わり果てた体を貫こうとした。
だが、その攻撃はあっさりとクロノの走行にはじかれてしまった。
化け物となったフランケンシュタインのようなクロノの顔とおぼしき部分が敵ハーフの方向を向いた。
「ひ、ひぃ! なんだよこの化け物ぉ!」
完全に腰が抜けた敵ハーフは逃げようと情けない声を上げて背を向ける。
ひゅんと風切り音が鳴りクロノの体から伸びた金属の触手が敵ハーフの体を串刺しにしていた。
ステージの上で、全世界に過去二十年行われていなかった殺人が行われてしまった。
会場、いや世界中が混沌のるつぼにおちいった。
しかし、そことは真逆にステージの上は静かだった。
「……く、クロノ」
水面にしずくが落ちたようにフロウの言葉が響く。
化け物がフロウのほうを見る。
二人の視線が交錯する。
化け物の両目は赤く染まっていた。
そこで初めて、フロウは自分の認識不足だったことに気づいた。
「クロノ、ごめん。私のせいでそんな体になったんだね。私、あなたのこと考えてるようで何もわかってなかった」
フロウの語り掛ける言葉に化け物はグガガと呻くような音を漏らす。
そんな時、ようやく到着したのか大量の機械兵が武器を構えてなだれ込んでくる。
フロウがいるにもかかわらず攻撃が開始される。
「きゃあぁぁ!」
フロウの絶叫がかき消されるほどの大火力が化け物を襲う。
数秒後、音が止まる。煙が晴れた先には無傷の黒い巨大なシルエットが残されていた。
「……クロノ」
フロウの体は化け物から伸びた金属によって守られていた。肩の傷もいつの間にか止血されている。
化け物はフロウを離す。名残惜しそうに金属の触手で優し気にフロウの頭をなでる。
『ふ、……フロウ』
化け物の口らしき部分から電子音をこねくり回したような音がフロウを呼んだように聞こえた。
フロウは驚きもせず黙っている。
ロボットは化け物の装甲が自分たちの予測をはるかに超えていることを悟ったのか、合体し始める。化け物を確実に殺すために。
『ごめん、ごめんね。たすけれなくてごめんね。俺はただ、フロウに幸せになってほしかっただけなのに』
化け物はフロウに謝罪を述べる。その大きな巨体からは考えられないほど弱弱しい声音だ。彼はようやく自分の感情を吐露することができた。
「白川フロウさん離れてください。巻き込んでしまします! 離れてください!」
ロボットたちの合体がすんだのか空気の読めない合成音声が荒々しく鳴り響く
それを意に返さず、フロウは化け物の胸元に恋焦がれるように近づいた。
「ねえクロノ、私の幸せはね。どんな姿になっても私のことを考えてくれるあなたとずっと一緒にいることなのよ?」
化け物のクロノの心に響かせるようにフロウはささやく。自分の感情を限りなく素直にそのまま伝える。
「離れないならば、撃ちこみます! 五秒以内に離れてください!」
相変わらず、この世界は二人に口うるさい。
二人にしかわからない、気持ちがあるのだ。
それは人であろうと機械であろうと関係ない。気持ちがつながった二人はもう引き離すことができない。
「クロノ、愛しているわ。私をたすけて?」
可愛らしくフロウはクロノに甘える。それを聞いて、クロノはようやくフロウの気持ちが真に理解できた。
「離れてください! 3、2」
『わかった、フロウ、僕も君を愛してる』
クロノの高まる感情に応じて生命金属が起動。四方を囲みレーザーをためていたロボットを極太の金属触手が一気に吹き飛ばした。
そして、次弾が装填される前にクロノはその禍々しい身体に黒光りする金属の翼を生やす。
『じゃあ、行こうか』
クロノは、フロウを抱きしめて飛び上がる。
「ええ、どこまでも連れて行って」
そのまま二人は、速度を上げ、世界を超え、天のかなたに消えてしまった。
この一部始終を見ていた全世界の皆は無意識的に理解した。
シンギュラリティが始まりを。
一次選考すら突破できなかった作品の供養です。
良ければ評価よろしくお願いします!