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タチカワ拘置所襲撃/「わたし達も生きさせろ宣言」


 スーパー「伝兵衛」の卵売り場で、見事なまでに真っ白な髪の老婦人が、わなわなと震えていた。

「卵が! 卵が!」

車輪付きの台を指さし、うわ言のように繰り返す。


「いや、婆ちゃん、卵の値段は、前からこんなもんだったろ?」

付き添っていた、息子と思しき男性が冷淡に言って通り過ぎようとする。


卵の値段は、おおむね200円台前半。中には300円以上のお貴族様向けのもあるが、そういう高級品は、敬して遠ざければいいだけだ。


老婦人の体が硬直した。目を剥き、彼女は叫んだ。

「1パック98円の特売品が消えましたわ!」


すぐに、砂糖売り場で反響があった。

「砂糖、1キロ100円の特売もなくなったぞ」



スーパー「伝兵衛」は、異様な雰囲気に包まれていた。



納豆売り場は、阿鼻叫喚の惨事になっていた。

両手をべたべたにし、体の各所から糸を引いた幼児が、ギャン泣きしている。


「82粒よ! 82粒!」

我が子に負けじと、ママが叫んでいる。

「うちのゆいなが数えたの! この納豆、1パックに、たった82粒しか入っていないわ! 前と同じ値段でよ!」


「ゆいな、82までちゃんとかぞえられた。ママー、褒めてーーー」


「お黙り。お隣のみさとちゃんは、100まで数えられるわ!」

娘を叱りつけ、ママは膝から崩れ落ちた。

「82粒の納豆で、どうやって茶碗一杯のご飯を食べろっていうの? 1/3 だって食べれはしないわ!」



チーズ売り場では、JCが、スライスチーズを目の前に翳していた。

「向こうの光が透けて見える」



調味料売り場から、悲鳴があがった。

「まるで小人の国のスーパーだ!」


確かに、値段はあまり変わっていない。だが、ドレッシング、焼き肉のたれ、ケチャップ、マヨネーズ、醤油味噌に至るまで、全て、サイズが小さくなっている。



ついに特価菓子パン売り場で怒声が。

「100円ならいいってもんじゃねえんだよ! 前の半分の大きさじゃねえか! 俺の昼飯、どうしてくれる!!」




 CEOらの企業努力は受け入れられなかった。


 後にステルス値上げと呼ばれるようになったそれは、文字通り国民の胃袋を直撃した。食べる量を減らせと言われたようなものだからである。


 冷静に考えれば、製品量減少によるパッケージの変更にかかる手間と費用、同じく少ない量での包装により増えた梱包資材や輸送料など、膨大な費用がかかったはずである。その金を充当させれば、もう少し、値上げ幅は低くなったはずなのだが。




「こんなに働いてるんだ、腹いっぱい食わせろ!」

「生活を守れ!」

「給料上げろ!」

「契約更新!」

「ただ働き根絶、やりがい搾取をなくせ!」

「待機児童ゼロ!」

「介護完全外注!」

「ね、ねんきん……」


騒ぎは地下の食料フロアから、徐々に広がっていった。

生活雑貨、衣料品、家電・文具、百均……。


ついに誰かが叫んだ。

「一揆だ!」


荒れ狂う人の群れは、店の外へ雪崩出ていった。





 暴動は、スーパー伝兵衛だけではなかった。あちこちのスーパー、小売店、ガソリンスタンドや野菜直売所からも、人が雪崩のように溢れ出てくる。

 初めは、めくらめっぽう突き進む集団に過ぎなかったが、次第に統制が取れてきた。


「国は軍に首都鎮圧を命じたぞ!」

魔法石の破片でできたスマホを覗き込んでいた若者が叫んだ。

「応戦だ!」


「武器が必要だ!」

マスクを掛けた男が両手を振り回す。


「え? 武器?」

平和ボケした人々にはぴんとこない。中には地方から上京してきて、ピクニック気分でデモに参加した者もいた。


「武器って何?」

「竹刀とか木刀とかぬんちゃくとか? サスマタなら学校に常備してあるぞ」


不審者対策の一環として、教師が侵入者に立ち向かえるよう、学校にはサスマタが配備されるようになっている。

マスク男は首を横に振った。


「いや、取り押さえるのではない。攻め入るのだ。せめてH&K P2000が欲しい」

「なにそれ?」

「銃だ」


歓声が上がった。


「でも、銃なんてどこにあるの?」

「ヨコタ基地とか」

と、マスク男。

最初に尋ねた青年が首を横に振った。

「ユーサ合衆国の基地を襲うの? それは無理」


 前回の世界大戦で、ジパングはユーサ合衆国にボロ負けした。植民地化は免れたが、合衆国軍を受け容れ、その軍事基地としての役割を押し付けられている。


「国王軍が首都へ向かっているぞ! せっかくの決起も、このままでは、戦わずに鎮圧されてしまう。とにかく武器を調達しなければ!」

魔法石のスマホをスクロールして、再び若者が注意喚起する。


「刑務所を襲ったらどうかしら。囚人の脱走とかに備えて、あそこになら、武器がある筈よ」

髪の長い娘が提案した。彼女はBLマニアだった。この世界には、刑務所モノという一大ジャンルがある。


「おお! その手があったか!」

目的を見つけ、再び、歓声が上がる。



「それにあそこには、邪悪な思想犯が収容されている」

ポロシャツ姿の中年の男が腕を組んだ。

「やつらは国王陛下に国債を継続的に発行するよう進言し、おかげで国の借金は、天文学的な数字に上った」


 少し前まで、ジパングはデフレだった。思えばよい時代だった。給料は安くても、食料初め全てが手の届く値段だったので、昇給がなくても、なんとかやっていけた。


 それなのに、まるでデフレが悪いことのように説いて回る一群の者たちがいた。あらゆる機会をとらえ、彼らは国王に対しインフレを要求した。


 無責任なこうした経済学者たちの意見を受け容れ、国王ヤマト16世は国債や紙幣を増やした。


 だが、見よ!

 大量のお札の印刷など、町の印刷屋にだってできる。政策が伴わなければ、人々の昇給には決して結びつかない。ハイパーインフレを招くだけだ。


 そして今、物価高騰は、食料、日常品にまで及び、一向に給料の上がらない人々を生活苦に叩き込んでいる。その上国の借金は国威を下げ、国際的に、ジパングを三流国家に突き落としてしまった。


「ジパングをインフレーションのドツボに突き落とした思想犯らに制裁を!」

「国王陛下は、悪い思想犯のやつらに騙されて、誤った政策を行われた」

「陛下を悪い思想犯の手から救え!」


 一同、隊列を組んで、タチカワ拘置所へ向かった。





 牢獄は、比較的手々薄だった。中にいたのは、数人のコソ泥ばかりだったからである。


「ヤマト16世万歳!」

 人々は雄叫びを上げ、タチカワ拘置所を襲撃した。

 武器を奪い、ついでに思想犯どもに一矢報いる為に。


 とはいえ、おとなしい国民性ゆえか、彼らは、局長を殺害し、その首をサスマタのてっぺんに刺して運ぼうなどとは考えなかった。ただ、スマホを見ながら、拘置所になだれ込んだだけだ。


 幸い、というか、あいにく、思想犯は収容されていなかった。というか、彼らはとうの昔に、書店から自分の著書を引き上げ、web上の記事を消し、口を噤んで澄ましていた。古本やキャッシュなど、見て見ぬふりである。



 なお、トーキョーの知事やお偉いさん達が殺害されることもなかった。


 これが、世にいう「タチカワ牢獄襲撃」事件である。





 事件は、即座に郊外の宮殿にいた国王の元へ齎された。


 物価高は、玉ねぎに限ったことではなかった。国王は諮問した有識者会議によれば、インフレは、食料、エネルギー、生活物資、ありとあらゆる分野で加速している、もはやハイパーインフレと呼ぶべきでしょう、ということだった。


 国王として、ヤマト16世も精一杯の手を打ったのだが……。

「企業CEO達のやり方では、民は納得できなかったというわけか」

唇を噛み、王は俯いた。


「不吉な予感がしておりました」

深刻な顔で宰相が同意する。


「とうとう一揆が起きたのだな」


「一揆ではございません、陛下」

 有識者代表が遮った。声高に続けた。

「これは革命です」



 2022年夏、タチカワ牢獄襲撃に端に起きたこの革命は、玉ねぎ革命と呼ばれている。





 国民自治政府は議会を開いた。

 改めて値下げを要求し、「わたし達も生きさせろ宣言」を採択した。









テーマはもちろん、バスティーユ襲撃(1789.7.14)233年前の今日です。ここから大革命の始まりです


「これは革命です」と言った有識者は、ロシュフーコー公爵です。王党派の彼は、この少し後にアメリカへ亡命し、ナポレオンのブリュメールのクーデターの後にフランスへ戻っています


本文最後の宣言は、同年8月26日「人権宣言」です



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