代理戦争
こうして、玉ねぎ戦争に幕を開けた革命戦争は、中花国とジパングとの式神軍団の戦いによって幕を閉じた。
記念すべき初戦は、ジパングの勝利に終わった。納得できない中花国皇帝は、第二回戦を望んでいる。もちろん、ジパング軍も受けて立つ構えだ。
◇
式神戦が終わり浜辺へ戻ると、兵士達はすっかり地元の住人と仲良くなっていた。下船の際も肌身離さず身に着けていた玉ねぎを、一緒に畑に植えたりしている。ちょうど、収穫した玉ねぎを薄切りにして水に晒してサラダを作り、楽しそうに宴会しているところだった。
「サラダだけじゃダメよ! 油で揚げなくちゃ!」
わたしは叫んでゴーグルを目にかけ、玉ねぎの輪切りを始めた。
そういえば式神戦の会場を去る時に、ノギが鞄から何かを取り出して、ランリョウに渡していた。二人ともいやにこそこそしていたので後から問い詰めると、玉ねぎを渡したという。
中花国皇室の食卓に玉ねぎが上る日は近い。伯父が気に入るかどうかはわからないが、ランリョウは喜んで食べるだろう。
「聖女。俺はあんたに謝らなければいけないことがある。いや、謝る必要はない。だが謝った方がいいように思う。それに、コジヒ総司令官とゲンパク先生、ヨシツネまでが、早く謝れと言ってせっつきやがるし……」
ジパングに向かう船の甲板で、ノギが話しかけてきた。
カモメが空を舞い、潮風が心地いい。慣れたのか、帰りの船では船酔いも少なく、甲板は閑散としている。
「何言ってるんだかわからない」
わたしはそっぽを向いた。それはいつもなら、ノギの役目だったのだけれど。
深いため息をノギがついた。
「やっぱり怒ってるよな?」
「当たり前でしょ。だってわたしのこと、足手纏いだって言ったじゃない」
「それは……」
「わたしを遠征に連れて行きたくないことはわかってた」
再びノギが、ため息をついた。
続きを待ったのだけど、一向に出てこない。それでわたしは言った。
「いいのよ。ヨシツネ准将から聞いたから。貴方にも、中花国との密通の容疑がかけられていたんでしょ? 自分の身を護ることは大切だもの」
「え、そうなの? 俺、まだ疑われてたの?」
ノギは本当に驚いているようだった。
呆れた。自分の身の上にかけて、本当に無防備なんだ、この人は。
「違うんだ。君を戦場に出したくなかっただけだ。聖女の白魔法を利用しようとしている総司令官やゲンパク先生に、腹が立って仕方がなかった」
ぼそぼそとつぶやいている。
「でも本当は……」
また絶句してしまう。
「なによ?」
「足手纏いなのは事実だ」
きっぱりとノギは言い切り、今度はわたしが息を飲んだ。やっぱりわたしはどうしても、この人に嫌われている……。
言いかけては止め、なんどかそれを繰り返し、思い切ったようにノギは続けた。
「だって、君が気になって戦争に集中できないから」
「……そっ、それは、どういう……?」
こここ、これは……もっ、もしやこれは、ミエの都市伝説の、あの……こく……。
いっ、いいや、騙されてはいけない。ここにいるのはノギだ。オシてくれる女の子が一人もいないひねくれた准将だ。ロマンティックな展開なんて、この人に限って絶対全く一個もあり得ない。
でも……。
気になる? このわたしが?
でもって、戦いに集中できないと。
あのノギ准将が?
嘘でしょ?
ちらと様子を窺う。ノギは神妙な顔をしていた。
嘘じゃないみたい。わたしをからかっているわけでもなさそう。
やっぱり、これは、こくは……、みたいな?
えええ〜~~っ!!!
わたしの顔を覗き込み、ノギが慌てた。
「だって、君が怪我をするかもしれないだろ? 死んじまったら? 俺はいつも君を気にかけていなくちゃならない。そんなんじゃ、思い通りに戦えやしないから」
「気にかけてくれなくていいのよ? 自分の身くらい、自分で守れるもん」
用心深く答える。ノギに気にかけてもらわなくても大丈夫。だってわたしには、ミエの神の加護がある。ゲンパク先生もそう言っていたし。
「そういうわけにはいかないよ。君は、亡くなった国王夫妻の忘れ形見だ。俺達が死なせてしまった国王夫妻の。だから、戦争なんかで怪我させたり、死なせたりするわけにはいかないんだ」
「ふうん」
「いずれ、中花国に帰るのか?」
心配そうな声が聞いた。
「は?」
「だから、ランリョウ皇太子と、その、け、」
ノギも途中で言葉を途切らせている。
なぜここでランリョウとの婚儀の話が? さっきの告白的なものはどうなったのだ?
やっぱりあれは、勘違い……ふう! 危ないところだった! 危うくノキの前で生涯の恥をさらすところだったじゃない!
「わたしは革命の聖女。そう言ったのはノギ准将、あなたでしょ」
ぐいとわたしは顎を上向けた。誇りを持って。だってわたしは、革命の聖女だから。
「結婚なんかしない」
いつまでかわからないが、白魔法が必要とされているうちは、わたしは革命の聖女でいつづける。神ではなく、人の妻になるわけにはいかない。
「いや、しろよ」
思いがけず強い声だった。言ったノギ自身が慌てている。
「愚図愚図してると売れ残るぞ」
「なにその、セクハラモラハラパワハラ発言!」
「すすすす、すまん。つまり、ジパングの人口を増やす為にも、だな」
わたしの呆れ顔を見て、ますます慌てる。
「もちろん、最初に考えるべきは、人口が減っても大丈夫な国造りで……」
「するわよ。そのうち」
「えええーーーっ」
自分で言い出して、自分で驚いている。変な人だ。
わたしが夫に選ぶのはランリョウ皇太子ではないだろう。あの人は従兄として頼りになるけど、それは、恋愛じゃない。
そしてわたしはもう、王女ではない。わたしが中花国の皇太子と結婚したからって、ジパングの民には、何の影響もない。
「そうか。ならこの俺が、あんたを、ジパングの女王にしてやるよ」
漸く落ち着きを取り戻したのか、さらりと言ってのけた。あまりにさらさら耳朶を通過したので、聞き逃した。
「はい?」
「革命政府を倒すと言ったんだ」
「ちょっと、ノギ准将!」
わたしは慌てた。このひと、いったい何を言い出すつもりだ?
「ランリョウの言った通りだ。密告や恐怖政治、地方をなおざりにした中央集権には、先がない。人々の生活は、ちっとも楽になっていない」
革命後、ジパングでは、学校でお金に関する教育を受けた世代に、新興投資家が育ち始めている。だが、ブルジョワ層を成すにはまだまだ力不足だった。そして社畜を含む多くのモンペ階級の人々は、依然としてひどい労働条件で働き、物価高に苦しめられている。
革命を推進させてきてモンペは、今や行き場のない怒りを抱えていた。彼らは、恐怖政治を支持し、社会不安や国民の分断を、一層強めている。
「俺達が求めていたのは、こんな世の中じゃない。わが軍だって、よその国に侵略するのは間違っている。軍隊を維持する為に、どうしたって、住民から略奪しなきゃならないし」
結局、コジヒ司令官は、食料の代金を払わなかった。もっともあの中には下剤が仕込まれていたので、被害者はジパング兵の方だともいえるわけだが。
「ジパング軍が正しかったのは、フジカワの防衛戦までだ。そこから先は行き過ぎだ。現に、中花国はツアルーシ帝国と手を結び、ジパングを叩こうとしている。ここから先は、泥沼戦だ。俺は、そんな戦いはしたくない」
「だから式神を……」
「ツアルーシには、式神はいねえからな」
ノギは海を見据えた。
「これ以上、戦争はしない。それが一番正しいと、俺は思う。協力してくれるか、聖女」
力強く、わたしは頷いた。
fin.
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