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玉ねぎが高くて買えないのでジパングで革命を起こしてみました  作者: せりもも
Ⅱ 中花国遠征

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プロポーズ



中花国の司令部に連れていかれたわたしは、意外にも、ホテルの一室のような小ぎれいな部屋に入れられた。だが、入り口には見張りの兵士が立っており、わたしが囚われの身であることにかわりはない。


ノギの姿は見えなかった。


銃口を向けられ、なすすべもなく拘束された後、ノギはわたしの耳元でささやいた。

「いいか。俺が、3つ数えたら、しゃがむんだ」

ノギは、両手は縛られていたが、歩けるように足はそのままだった。

「ノギ准将。いったい何を……」

嫌な予感しかしない。

「味方の兵士らは全員下痢で役に立たねえ。あんたは俺が守る」

「えっ!」

まさか、だからずっとわたしのそばにいたの?

「3だ。間違えるなよ。いいか、1、」

「待って!」

このひとのすることは全く読めない。彼はわたしを嫌っている筈だけど、もし、変な義侠心でも起こしたとしたら……。

「うるさい。黙って言うことを聞け。2、」

「無茶しないで!」

「しゃがむんだ。いくぞ! 3!」

嫌が応もなかった。わたしはその場にしゃがみ込んだ。

傍らの兵士に思いっきり体当たりをかましたノギは、後ろにいた兵士の銃の台尻で頭を殴られ、その場に崩れ落ちた。


彼はどうしているのだろう。あれしきのことでまさか死にはしまいが、でも……。



「久しぶりだね、アオイ内親王。朕を覚えているかね?」

言いながら、赤い軍服の男が入ってきた。胸に、重そうな勲章をどっさりつけている。

「誰?」

細長い男の顔に、失望が宿った。

「やっぱり覚えていないか。君の伯父さんだよ。亡くなられた君の母上の、兄だ」

「中花国皇帝!」


驚いてわたしはその顔を見つめた。母の面影を探そうとする。けれど、5歳で別れた母の顔は、記憶の中で朧げに揺らいでいるだけだ。


「早速で悪いのだが、時間がない。さあ、この書類にサインするといい」


一枚の紙が差し出された。そこでは、首都トーキョーの王城をはじめ、古都にある城、また、トカを始め3つの御用邸の所有権は、わたしにあると主張していた。

これにサインするですって? まるでわたしがそう言ってるみたいじゃない!


「ありえません! ジパングでは、国王は国有地に居住し、一切の土地建物を所有していません。王族は、いわば、国民の土地に間借りしているのです!」

ジパングの王子や王女は、幼い頃から、そのことを叩き込まれている。


「それは間違いだ。王の土地は王の物。国王ヤマト16世は亡くなられ、君の弟君は行方不明だ。これら土地建物の権利は、全て、君にあるのだよ」

「いいえ! 全て国有地です。ジパング国民のものなのです!」


「強情な子だなあ」

皇帝はため息をついた。

「残念ながら、朕はいつまでもここにいることができない。北の大国、ツアルーシの皇帝との会談があるのだ。ジパングではた迷惑な革命が起きたおかげで!」

当てつけのように聞こえないこともない。


ぱんぱんと、皇帝は手を叩いた。静かにドアが開き、同じように赤い軍服を着た青年が入ってきた。勲章は1つしかつけていない。


「お久しぶりです、従妹殿」

青年は礼儀正しく頭を下げた。跪き、手にキスしようとするから、わたしは慌てて手を引っ込めた。

「中花国皇太子、ランリョウです」


整った顔立ちの、大変な美青年だった。けれど……なんというか、とても冷たい感じがする。

満足げに皇帝が頷いた。


「アオイ内親王。君はいくつになった?」

「父上。女性に年齢を聞くなどと……」

「お前は黙っておれ、ランリョウ」

遠慮がちに口を挟んだ青年を、皇帝は一喝した。

「わたしは18歳になりました」

胸を張り、答えた。中花国の伯父さんが助けてくれなくたって、革命の中、わたしはちゃんと生き延びている。

「18歳……すると、ランリョウよりは7つ年下か。ちょうどいい年回りだ」

何がちょうどいいのかわからない。

「あとは、若い二人に任せる。ではいずれ、チョウアの都で会おうぞ」

「は?」

なぜこのわたしが、中花国の都へ?

唖然としているわたしを残し、伯父……中花国皇帝は去っていった。



「ねえ、教えて。ノギ准将はどうなったの?」

後に残された青年にわたしは聞いた。

「ノギ?」

「わたしと一緒にいた将校よ!」

銃の台尻で殴られ、ノギはどうなってしまったのか。まだここの司令部にいるのか。それとも、まさか錘をつけられて海の底に?


「ああ、あの下品な……」

整った顔が僅かに歪んだ。

「残念ながら彼は暴れるのでね。捕虜として監禁している」

大きな息を、わたしは吐き出した。少なくともノギは生きているわけだ。


漆黒の瞳を青年はわたしに向けた。

「ところで、アオイ内親王。父の話はおわかり頂けたろうか」

「皇帝の話?」

さっぱりわからない。というか、あの人、何か実のある話をしただろうか。

「父は、僕に、君と結婚するように命じた」

「ああ、結婚」

するっと通りぬけた言葉は、一周まわって、わたしに襲い掛かってきた。

「結婚!? 誰と? 誰が!」

「君と僕。ジパングの姫と、中花国の皇太子だ」

「それ、絶対間違ってるます!」

あまりに間違いが多すぎて、筋道だって口から出てこない。口の中で交通整理をしてから、わたしは抗議した。

「まず、わたしはジパングの姫ではないわ。わたしは聖女。革命の聖女よ」


それは、ノギが名付けたのではなかったか。

彼への心配がどっと押し寄せてきて、わたしは平静を失いそうになった。頭を振って、その考えを追い払う。冷静にならなければ。従兄であるこの青年は、敵なのだから。


「それから、わたしは、あなたと結婚するつもりはありません。わたしは神の花嫁。人の妻にはなりません」

結婚したら、つまり純潔を失ったら、聖女の魔力は失われてしまう。怪我人や病人を癒すことができなくなってしまう。


「どうしてわたしと結婚したいなんて思ったのかわからないけど、ジパングの王族は、一文無しよ? 全て国有財産で生活してきたの。革命の前からよ!」

それは、ジパング王族の誇りだった。財産なんていらない。国民の信頼があればそれでいい。そう、父は言っていた。


「それなのに、ジパングの最後の王は、革命で処刑されてしまったのかい?」

皮肉な口調でランリョウが尋ねた。ジパング最後の王。それはわたしの父のことだ。この青年から見たら叔父のことではないか。それなのにこんな風に言うなんて。


「とにかく、わたしと結婚しても、何の得にもならないから。早くここから帰らせて。ジパング軍が撤退しちゃうじゃない!」


彼らの腹具合では、長く浜辺に留まりたいとは思わないだろう。

はっとわたしは気がついた。

「まさか、兵士達がお腹を壊したのは……」


「そうだ。村から調達された食料に、下剤を仕込んでおいた。食料を下船させられなかったジパング軍が、近くの村を襲うことはわかりきっていたからね。予め村人たちに、ジパング兵が来たら渡すようにと言って、食料を渡しておいた」

「襲うなんて……総司令官は、お金は後で払うって言ってたわ!」

「ふん、どうだか」


ランリョウは鼻を鳴らした。美しいだけに、ひどく邪悪な感じがする。


「ジパング軍には感謝して欲しいね。命を助けてあげたのだから。うちの参謀は、生物兵器を送れと言っていたぞ。でも僕は、戦闘不能にできれば、それでよかった。だから、下剤にした。総じて、被害は最小限に留まったはずだ」


「燃やした小舟を流してきたのは? 他の船団との間に中花国の船団を割り込ませたのは?」

おかげでわたしたちは、ヨシツネはじめ、他の船に乗っていた人たちと離れ離れになってしまった。同じ船に乗っていた者たちでさえ、全員が下船できたわけではない。


「全てはこちらの計略だ。配慮、といってもいい」

「配慮、ですって?」

珍しい言葉を聞いた。こんな時に、これほどふさわしくない言葉はない。


「戦争は殺し合いだ」

そう言いながら、ランリョウは顔を歪めた。彼は軍服を着ている。胸の勲章は一つしかないが、それゆえ、彼自身の手柄で勝ち取ったものであることが読み取れた。

人を、殺して。一人や二人ではなく。大量に。

ジパングの兵を。


「我々の目的は君だ。無駄な殺戮は避けたい。だから、君の周りにいるのが、最小限の兵士になるよう、手を打った。それが、燃える小舟と、割り込ませた船団だ。それでもまだ何十人かの兵士が君のそばにいたから、下剤を使った。……本当は、風土病に罹患した村人を近づける手筈だった。聖女の君に害は及ばないことは予見できたし。だが、僕が下剤に切り替えさせたのだ」


「わたし? あなた方の狙いは、わたしなの?」

わたしのせいで、味方が襲われた?

これでは中花国のスパイと変わらないではないか。間接的にわたしは、ジパング軍を裏切ったことになりはしないだろうか。

やっぱりノギは正しかったのだろうか。


「戦争は悪だ。一刻も早く終結させなけば。だから君は、僕と結婚しなければならない」

「は?」

「いやか?」


むしろ、彼の思考についていけない。涼しい顔で、ランリョウは続けた。


「僕は、中花国皇太子としての義務を果たす。君も王族としての責任を果たすといい」

「義務で結婚しろというの? 言ってる意味がわからない」


リョウランの目が、一層冷たくなった。

「今のジパングは恐怖政治が横行している。それは知っているね?」

五人組の密告制度や、監視社会のことだ。亡命しなければならなかったり、革命軍がその亡命軍と戦わなければならなくなったり。


「大衆の支持を得た革命政府が、あまりに権力を持ちすぎたのが原因だ。全く、ジパングというのは、何か事が起きると一斉に右から左へ流れる国だな」

「わたしの国を馬鹿にしないで!」

「馬鹿になんかしていない。善後策を提案しているのだ。玉ねぎ? その奇妙な野菜が引き起こした騒動の」


そういえば中花国には玉ねぎがないと、ノギは言っていた。


「君は僕と結婚して、ジパング女王の即位を宣言する。おっと、実権を握るのは僕だ。窮屈な監視社会で、国民が幸せなわけがない。革命政府の支配を抜け出す為に、ジパングは、わが中花国の庇護下に入るべきだ。もちろん、君も一緒に」


国民が幸せになることは大事だ。それこそが、王族の義務であり、存在理由だ。今、革命政府の下で、国民が幸せでないというのは、間違いない。お互いに監視し合っていたら生まれるものは憎しみだけだし、同じ民族なのに資産家と庶民と別れて戦うのは、あってはならないことだ。


でも、だからって、結婚? 初めて会ったこの皇太子と?

王家の人間には、自由な結婚は許されない。どうしたって政略結婚、つまり、国と国の思惑で相手が決められる。将来に備え、そうした心構えは、ミエの里で教えられていた。

でも、なんでわたしが?

だって……


「ノギ准将に会わせて」

気がついたら口にしていた。


「またノギか」

「下品で口の悪い、最悪の軍人よ! 彼に会わせて」

さもおかしそうに、ランリョウは笑った。

「僕がプロポーズしているのに、他の男に会わせろって?」

わたしはびっくりした。

「プロポーズしてたの?」

「しただろ」

呆れたようにランリョウは肩を竦めた。

「まあいいさ。一国の文化や経済、国民の生活までもが皇族の肩に担わされたんじゃ、まったく、たまったもんじゃない」

 ……? 

「誤解するなよ。君と結婚したくないと言ってるわけじゃない。国民の初婚平均年齢を考えると、少しばかり早すぎる気がするだけだ」

「そうよそうよ。無理くりわたしなんか選ばなくてもいいのよ。これからいくらでもいい人が現れるから!」

「そういう意味じゃない!」

ランリョウは怒った顔になった。

「君は自分の魅力を貶めてはいけない。君はきれいだ。そした賢い。はずだ。なんといっても、僕と同じ血が流れているわけだから」

「? ???」

つまり、自分が一番好きなんじゃ……。


こほん。

ランリョウは咳ばらいをした。

「つまり僕は、まだ決めたくないのだ。自分の人生を」

父親と同じように彼は手を鳴らした。

「おい。あの乱暴な軍人を連れて来い。だが、いいか。アオイ内親王の知り合いだ。丁重に扱えよ」

現れた従者に、彼は命じた。








ランリョウのモデルはカール大公ですが、本家の皇帝は、カール大公の父ではなく(レオポルト2世は既に亡くなっています)、兄の神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世でした(その後、自らオーストリア皇帝に格下げ? し、初代皇帝フランツになります)。








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