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玉ねぎが高くて買えないのでジパングで革命を起こしてみました  作者: せりもも
Ⅱ 中花国遠征

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20/24

セキヘキの戦い


初夏の気持ちのいい朝。

海岸から手を振る人々に、船内の軍楽隊が勇ましい音楽を奏でて応える。兵士達はデッキに群がり、去り行く祖国の浜辺に別れを惜しんだ。

中花国遠征軍は、ヌマヅ港から出港した。



遠征におけるわたしの最初の仕事は、船酔いの看病だった。

「おえーーーーーっ。すまん聖女。だが、あんたを連れてきてよかった」

甲板に大の字に寝ころび、ゲンパク先生がゲロゲロ言っている。

「軍医の儂が、まさか()の一番にやられるとは」


「船酔いでは死にません。そうやって転がっててください」

冷たくわたしは言い放つ。いや、冷たく言うつもりはなかったのだが、なにしろ、凄い数の兵士達が船酔いに苦しんでいたので、めっちゃ忙しかったのだ。


「せいじょーーーー。俺にも優しくしてくれーーーーー」

総司令官のコジヒが情けない声を出す。


「ダメです」

嘔吐物を喉に詰まらせた兵士の上に屈みこみ、わたしは怒鳴り返した。船酔いでは死なないと言ったが、喉を詰まらせたらそうもいってはいられない。衛生兵たちも船酔いで苦しんでいるので、救護班で動き回れるのはわたしだけだ。

すぐに気道は確保され、兵士の顔に赤みが戻った。


この騒ぎの間中、ずっと冷たい視線を感じていた。

遠くから、ノギがこっちを見ている。

()()、わたしがそちらに目を向けると、ぷいっと横を向いてしまう。



乗船中も一度も言葉を交わすことのないまま、船団は、セキヘキと呼ばれる岸壁の下に辿り着いた。



海を渡っての遠征で、一番危険なのは、上陸の時だという。小舟で船から浜へ移動するわけだが、そこでは、大砲を使うこともできないし、自分たちが海に落ちてしまう危険性もある。また、家畜として連れてきた動物たちが水を怖がって暴れたりするし、人だってもちろん、注意深く行動しなければならない。兵士達は上陸に気を取られ、敵の襲来に気がつかないことが多い。


まずは、旗艦船(フラグシップ)からの下船が始まった。旗艦船にはコジヒ司令官が乗っていて、わたしもここに乗せてもらっていた。



「なんか臭い」

小舟に乗り込み、わたしは鼻を蠢かした。

「すまんなあ、聖女。さっき軍服にげろっと」

潮風を全身に受けて、ようやく人心地のついたらしいコジヒが謝罪した。

「いいえ。吐しゃ物の匂いではありません。これは……」

油の匂い? 高温で熱した……

はっとした。


「敵艦来襲!」


敵艦ではない。

燃え盛った小舟が近づいてくる。それも、何艘も何艘も。


「回避―っ! 全船、全力で回避せよ!」

船底から飛び上がり、コジヒ司令官が叫んだ。



発見が早かったせいで、燃えながら近づいてくる小舟は、なんとか避けることができた。ぼうぼうと恐ろしい音を立てて燃えながら、小舟はわたしたちの舟の横を通り、そのままずぶずぶと海底へ沈んでいく。


「くそっ、小賢しい真似を」

ノギが小さくつぶやいた。

言い忘れたが、彼は、わたしたちと同じ小舟に乗っていた。それも、一番最後にやってきて、既に乗り込んでいた兵士を追い出して、自分が乗り込んだのだ。

全く、勝手な男だ。


岸に向かっていたわたしたちは、無事に上陸することができた。だが、新たに小舟を下ろすことはできなかった。いつまた、燃えさかる舟が流れてこないとも限らない。


上陸することができたのは、数十名だけだった。旗艦船には、ボートを下ろせなかったグループがたくさんいた。軍医のゲンパク先生もまだ船に残っている。そして、その他の戦艦は、沖合いに留まったままだ。


そこへ、はるか南から、中花国の軍艦が進んできた。数十隻はいる。それらが、浜とジパング艦隊の間に次々と割り込んでくる。


「信じられん。あんなに岸に近づいたら座礁してしまうぞ!」

コジヒ司令官がつぶやいた。

ただでさえ軍艦は巨大だ。岸辺に近づくにつれて、海底は浅くなっている。船底をこすり、ひどい場合は、破壊されてしまうことだってあり得るというのに。


「ここは敵国の浜辺です。恐らく、浜辺の地形については知り抜いているのでしょう」

苦々し気に、参謀長が進言した。


中花国の艦隊は、座礁寸前の海域を真横に進み、ジパング艦隊と岸辺の間に立ち塞がった。


「敵ながら、あっぱれな勇気というしかありませんな」

参謀長は通眼鏡を熱心に覗いている。


なぜか、中花国の船は、砲撃してこなかった。

火をつけた小舟を送り込んでくるだけで満足したのだろうか。とはいえ、その後、中花軍の船団に割り込まれてしまったので、わたしたちは、ジパング船団と完全に分離されてしまっている。


膠着状態が続いた。

ジパング船も、先に上陸したわたしたちがいるので、うかつに手を出せない。中花国の砲撃が陸に向いたら、わたしたちは殲滅されてしまう。



日が暮れてきた。

結局、旗艦船から上陸した数十名で、岸近くの岩場で夜を明かすことになった。


「困ったな。食料の下船がまだだった」

船のコックが途方に暮れている。

燃え盛る小舟が流されてくる海に、食料を下ろすことはできなかった。このままでは、飲まず食わずで一夜を明かすしかない。


「腹が減ったか?」

乱暴な声が問う。ノギだ。こいつはまだ、わたしのそばにいた。

「だがな。これが戦争というものだ。空腹に耐えられないのなら、遠征になど来るべきではないのだ」

あれから初めて口をきいたと思ったら、これだ。わたしはむっとした。

「ミエでは、数日間、絶食して神に祈ることもありました。一晩くらい食べなくても平気です」


「食料、確保しました!」

そこへ、輜重(しちょう)兵(物資輸送部隊の兵士)の声が聞こえた。付近の村へ食料調達に出掛けていた兵士達が帰ってきたのだ。

「ちゃんと金は払ったか?」

輜重長が尋ねる。

「ええと、ジパングの貨幣は通用しませんでした」


「強奪してきたのか!」

怒りの声が飛んだ。ノギだ。

「いいえ。村の人は非常に協力的で、進んで食料を供出してくれました」

「お前ら……それを略奪というのだ!」

「いえ、革命軍の兵士として、自分たちは決してそのようなことはしません」

「どこの世界に、対価もなしに物をくれるやつがいるかよ! まして俺らは、敵だぞ?」


「まあまあ、ノギ」

コジヒ司令官が割って入った。

「見れば、生鮮食料だ。村に返しに行っても、この暑さでは傷んでしまうだろう。ここは、村のご厚意をありがたく受け取ろうではないか」

「でも!」

「代金なら、後ほど払いに行かせる。船には、中花国の通貨も積んであるはずだ」


船で散々吐いていた司令官は、どうやらひどく空腹だったらしい。

それは、彼だけではなかった。兵士の大部分が、飢えに近い状態にいた。おまけに、脱水症状のある兵士も多い。

すぐに料理長が調理に取り掛かり、兵士達に食事が供された。



「あんたは食わねえのか」

食事をするみんなから少し離れたところに、わたし達はいた。ノギが離れていかないので、ふたりきりでいることになり、非常に不愉快だった。何も言わずにぶすっと座っているだけだから、すごくうざったい。


「兵士達優先です。わたしは余った物を食べます」

「余ったりなんかするものか」

そういうノギも何も口にしていない。おおかた、さっき略奪だ、なんだと罵ったせいで、自分にもくれとは言い出せないのだろう。

だからって、わたしのそばにいなくてもいいではないか。


「先ほども申し上げました。わたしには長期間絶食をすることができます」

冷たく聞こえるといいと思い、思いっきり馬鹿丁寧に言ってやった。

「貴方こそ召し上がってきたらどうですか、ノギ准将」

どうでもいいけど、早くわたしの前から立ち去って欲しい。


「市民から略奪してきたものなんて、食えるか!」

「コジヒ総司令官は、後日対価を支払うと……、」


「村人たちの恐怖を考えてみろ!」

ノギは一喝した。

「俺らは、革命の素晴らしさを広げる為に、戦争をしているのだ。中花国の民は、未だ、為政者の圧政に虐げられている。物価引き下げのデモを起こすことさえできない。その上この国には、玉ねぎがないんだ!」

「はあ」


呆気に取られているわたしを、ノギは、頭の悪い子を見る目で見た。この人にだけは、こんな風に見られたくない。


「玉ねぎのお陰で、俺達は革命を起こすことができた。違うか?」

「そうですけど」


全ての始まりとなった玉ねぎ。なくてはならない偉大な食べ物。それが、中花国にはないとノギは言う。


「その中花国の皇帝ってのは、あんたの親戚なわけだが」

「伯父です」

堂々とわたしは言った。

「でも、わたしはジパングを裏切りはしない」

「あんたがよくても向こうが……」

言いかけ、ノギは立ち上がった。

「様子が変だ」

「ちょっと待って。自分ばっかしゃべってないで、少しはわたしの話を聞、」

「ここから動くな。食事している奴らをみてくる」




いくつかの焚火が炊かれ、その周りで兵士達は食事を摂っていた。ノギごときに動くなと言われてじっとしているわけにはいかない。すぐにわたしも、焚火の方へ向かった。

今、兵士達は、ひどい状態だった。腹を抑え、身をくねらせて苦しんでいる。


「あっ、聖女。来るなって言ったのに」

目ざとくわたしを見つけ、ノギが咎めた。

「でも、わたしが役に立つんじゃ……。大丈夫ですか?」

ノギを無視して、足元に倒れている兵士のそばに跪く。

「大丈夫なわけねえだろ! 畜生、毒か?」

ノギが毒づく。


呻いていた兵士が顔を上げた。

「腹……」

「腹がどうした?」

「うっ!」


兵士は飛び上がった。浜辺の草むら目掛けて一目散に駆けていく。その後を、ここの焚火の周りにいた全員が追った。気がつけば、どの焚火の周りにも人はいない。暗い中に目を凝らしてみると、あちこちの草むらや岩陰で、人影がしゃがんでいた。


「どうやら、下痢のようですね」

誰もいなくなった焚火のそばで、わたしはつぶやいた。

「下痢? 毒じゃねえの?」

「詳しいことはわかりません。ただ、命に関わる感じではありません」

白魔法の力で断言できる。

「あたったのか……」

つぶやき、ノギは、がっくりと肩を落とした。緊張が一気にほぐれたのだろう。

「強奪したものを、意地汚く食い散らかすからだ」


食事は、コジヒ司令官や参謀長を含め、兵士たち全員に行き渡っていた。船酔いで胃が空っぽになっていた兵士達は、がつがつと食べ、飲み、そして……、下痢に苦しんでいる。


「略奪したものを喰ってあたったのなら、自業自得……、」

言い掛け、ノギは耳をそばだてた。

「誰だ!」


ぎょっとして振り向くと、夜目にも赤い軍服が目に飛び込んできた。中花国軍だ。銃口が幾つも、こちらに向けられていた。








※中国には玉ねぎがありますが、中花国は中国ではありません。








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