足手纏い
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休戦期間が終わった。
中花国との間に、再び戦争が始まった。
「革命政府から指令が来た。今期の戦闘は、防衛戦ではない」
軍を集め、コジヒ総司令官が訓示を出している。
「我々は敵の先手を打ち、中花国へ攻め入ることになった」
どっと兵士達が沸き上がる。
無理もないことだ。今までの戦闘は、攻めてくる中花国を防御する一方の戦いだった。海岸沿いの要塞から、一歩でも都市に近づけまいと、革命軍は必死で戦ってきた。
戦いの間に、半島のコーリア国は、ジパングと講和を結んだ。ジパングの粘り強い防衛に、一歩譲った形だった。コーリアは、海を隔てた島国ジパングよりも、地続きである北の大国ツアルーシ帝国を、警戒していた。
「聖女、」
訓示が終わり、部屋へ引き上げようとしていると呼び止められた。ノギだった。
「あんた、どうするつもりだ?」
「え? どうするって?」
「頭が悪いな。あんたも来るのか。中花国へ」
頭が悪いは余計だと思った。
「行きますわ、もちろん」
だってわたしが行かなければ、怪我をした兵士達はどうしたらいい?
「戦争だぞ? お遊びじゃないんだ。銃弾や砲弾が飛び交って、死ぬことだってあるんだぞ?」
そんなこと、わかってる。だからこそ、わたしが必要なのでは?
「お前みたいな、世間知らずはな、足手まといなんだよ」
何と言っていいかわからなかった。
「あっ、ノギ!」
そこへ、走ってきた人がいた。軍医のゲンパク先生だった。
「お前、なに、いちゃもんつけてんだ? 聖女、こいつの言うことは気にしないでくれ。中花国には来るんだろ?」
「はい」
「是非、来て欲しい。我々には君が必要だ」
「正確には、白魔法が、だろ。聖女が必要なわけじゃない」
相変わらず嫌みな調子でノギが割って入る。
わたしは泣きそうになった。だって、わたしが世間知らずなのは事実だ。軍が必要としているのはもちろん、白魔法の方だ。
「そもそも王族は、革命政府の敵なんだよ。わかってんのか」
「ノギ!」
「あんたは黙ってろ、ゲンパク先生。いいか、聖女。今回の敵は、中花国、ただ一国だ。そして中花国は……」
意味ありげに言葉を切る。
「マリコ王妃の祖国だ」
ノギの言いたいことは十分伝わった。王妃……私の母は、中花国から嫁いできた。中花国皇帝は、母の兄、つまり、私の伯父だ。
「馬鹿言うな!」
人だかりができ始めていた。群衆の中から、罵声が飛んだ。
「聖女は、俺達を癒してくれる。俺達の味方だ」
「聖女は、逮捕されたお前を助けに行ってくれたじゃないか」
わたしだって、忘れはしない。兵士達が楯となって、わたしを派遣議員から守ってくれたことを。
「ふん。こいつが、中花国と密通しないという理由があるというのか? 中花国皇帝は、聖女の伯父だぞ」
「こらっ! ノギ!」
ゲンパク先生が怒鳴りつける。
「わ、わたしは……」
声が震えた。
「わたしは、伯父とは、一度も会ったことはありません。ミエに行ってからは、手紙のやり取りをしたこともない」
兵士達が大きく頷いた。
「そうだ。聖女は俺達の聖女だ」
「彼女がジパングを裏切るわけがない!」
「お前ら、忘れたのか!? 俺達は王と王妃を、聖女の父と母を処刑したんだぞ」
ノギが叫んだ。
しん、と静かになった。
「聖女が俺達を恨んでいないとでも思っているのか!」
「なんてこと言うんだ、ノギ!」
誰かが後ろから、ノギの襟首をつかみ上げた。
「聖女に謝罪しろ」
コジヒ司令官だった。演説台を下り、彼は指令室に戻る途中だった。
「ゲンパク先生。医療班に聖女は必要ですね?」
静かな声で、彼は軍医に尋ねた。
「兵士らの健康と安全の為に、彼女はなくてはならない人だ」
力強く軍医が頷く。
「兵士諸君。君達は聖女を慕っている。そうだな?」
集まった兵士達に向き直り、再びコジヒ司令官が尋ねた。
歓声が上がった。どよめくように河原を渡っていく人の声。暖かい響き。絶対に人にしか出せないその重なり。
思わず、涙ぐみそうになった。
「だったら何の問題もない」
断固として、コジヒ司令官が断言する。
ノギが真っ赤になった。
「何を言ってるんですか、司令官! 中花国は聖女の母国なんですよ!」
「上官に逆らうことは許さない。謹慎だ。出航準備が整うまで、ノギ准将には、兵営で謹慎することを命ずる」
ぐっとノギは言葉に詰まった。
◇
「わたしが目を離した隙にノギのやつ……済まなかった、聖女」
衛兵たちにノギが連れ去られると、コジヒ総司令官は頭を下げた。
「司令官は、ノギがああした態度に出ることを予想しておられたのですか?」
ゲンパク先生が尋ねる。
「予想も何も……聖女を中花国に連れて行くなと、私はノギから連日のように進言を受けていたよ」
そもそもフジカワの合戦のその日から、ノギは、来るべき中花国遠征を予見していたらしい。
なんてことだ。そんなに早くから、彼はわたしを疑っていたのか。
「あいつは、中花国皇帝の姪である聖女の立場は、非常に危険なものであると言い続けていた」
「危険?」
ひどい。ノギは、わたしが母の実家に寝返り、ジパングを裏切る、と思っていたのだ。
コジヒ司令官が頭を振った。
「だがむしろ、軍を離れ、ジパングに残ることの方が危険だと私は思う。派遣議員が貴女を逮捕に来たことは、覚えているだろう?」
もちろんだ。あの恐怖を忘れるわけがない。
「首都に連れていかれれば、貴女は間違いなく処刑される。言いたくないが……」
コジヒ総司令官はためらった。
「彼女は王の娘だからだな」
ずばりとゲンパク医師が指摘した。
悲しそうな目を、コジヒはわたしに向けた。
「我々は貴女を、王の娘というより、革命の聖女として見ている。すでに貴女は、我々の仲間だ」
わたしだって、兵士達が楯となって派遣議員から守ってくれた日のことを、決して忘れはしないだろう。
「我々がジパングを離れれば、あなたを派遣議員から守れる者はいない。私はそれを案じているのだ」
「だが、戦場は危険だぞ。遠征となればなおさらだ。この俺も、負傷兵の治療中、頭に一発喰らったことがある」
けろりとしてゲンパク先生が言うから、ぎょっとした。
「心配するな。すぐに治ったから。だが、あの時は大変だったな。軍医の俺が倒れるわけにはいかないから、衛生兵が俺の頭の傷を縫っている下で、負傷兵の足を繋げたものさ」
「………………」
やっぱり遠征に行くのは止めにしようかな。思わず心が揺らぐ。
「大丈夫だ。あんたには、神の加護がついている。さもなければ、あんな風に河に突っ込んで、無事でいられるわけがない」
コジヒ司令官がため息をついた。
「もちろん私としても、貴女を無理に連れて行きたくはない。ゲンパク先生のおっしゃるように戦場は危険だし、これからも中花国との密通を疑って難癖をつけてくるやつもいるだろう。心も体も、貴女を危険に晒すことになる」
しばらくわたしは考えた。
いや、考えるまでもなかったのだ。
中花国の皇帝は、両親と叔母を助けてくれなかった。彼らを奪還しようと軍を進めることもなく、見殺しにした。
薄情な伯父の顔を、わたしは知らない。
今のわたしは、中花国とは何の関係もない。
わたしは聖女。救済と癒しは、聖女の義務だ。
「参ります、中花国へ」
「ありがとう、聖女」
涙もろいコジヒが、目を潤ませた。




