表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉ねぎが高くて買えないのでジパングで革命を起こしてみました  作者: せりもも
Ⅰ 革命の聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/24

飴色玉ねぎのようなひと

将校と兵士たちの大群が、トーキョー近郊の飛行場に着陸した。


結局、ほぼ全軍が、ノギ奪還に名乗りを上げた。だが、それでは駐屯地の防衛がおろそかになるということで、くじ引きで減らされたのだ。

不正をしてなんとか当たりを引こうとする者、賄賂を贈って当たりくじを買おうとするもの(これはうまくいかなかった)がいて、大混乱のくじ引きだった。


「ここから先は、軍用機ではいけない。パレードだ!」

「デモと言え、デモと!」

私服姿の兵士達が、ばらばらと歩き出す。いつものように揃って歩くと、すぐに軍隊だとバレてしまうから。


「聖女。何をそんなとこ歩いてるんです。貴女が先頭です」

「えっ、でも……」

人前に立つのは苦手だ。目立つのは苦痛でしかない。

「ノギを救う為です」

「わかった」

列の先頭に私は立った。大勢を従えて歩いて行く。こんな時だけど、とても誇らしい。



「おや、何の行列だい?」

人参畑のおじちゃんが声を掛ける。

「罪なき人が逮捕されたのを、奪還に行くのだ」

私のすぐ後ろを歩いていた大柄な大尉が答える。

「なら、俺も行く」

「私も」

コマツナを収獲していたおばちゃんがエプロンを外す。

「いつもうちに手伝いに来ていた中花国の学生さんが捕まってしまったの。あの子は何も悪いことはしていないわ」


パン工場から、作業員が大勢出てきた。

「革命が起こっても、相変わらず非正規なんだよね、俺ら」


コンビニの店員が外に出てきて目を細める。

「この年になっても働かねばならないとは。ワンオペの深夜勤務で過労死しそうじゃ」


今日が初めてのシフトだという、若いバイトもいた。

「おやつのお菓子ね。1ヶ全部食べるのが夢だったの。だっていつも妹と半分こだったから。やっとバイトできるようになって、さあ、食べるぞって思ったら、小さくなってんじゃん。なにこれ。子どもの頃に食べてた半分と、同じ大きさじゃん!」



「なんだこれは。革命前と、何も変わらないじゃないか」

先を歩く兵士たちの間から声が上がった。

「何のために俺達は戦ってきたんだ? 戦争をすれば国が良くなるのではなかったか」

「むしろ悪くなっていないか? 徴兵制で人が取られ、年寄りや子どもまでもが働かされている。彼らは当然、バイトか非正規だ」

「いったい何のために俺達は敵を殺してきたのだ?」

「死んでいった戦友たちはどうなる!」


「死ぬのか? デモについて行くと死ぬのか?」

途中からついてきた人たちの中から、心配そうな声が上がった。

「死なないよ。ここに聖女がいるから!」

ヨシツネが叫び返す。

「聖女?」

「聖女がいるのか!」

「神は、死んでいなかったのだな!」


「皆さん!」

ヨシツネに袖を引かれ、拡声器を渡された。とりあえず私は叫んだ。が、後が続かない。何を言っていいかわからず、わたしは途方に暮れた。

「聖女、何か言って」

ヨシツネがつつく。

「でも、何を?」

「なんでもいいから。みんな待ってる!」

それでわたしは言った。

「揚げた玉ねぎ、最高!」


「聖女は揚げた玉ねぎ派だったのか!」

「ショック! 俺は新玉サラダ派なのに」

「実は、炊飯器でコメと一緒に炊くとおいしいって、知ってた?」

がやがやと声があがる。


「聖女! まとめて!」

ヨシツネが急かす。


「飴色玉ねぎが好きです。飴色玉ねぎは主役になりません。けれど、わたしにはもはや、飴色玉ねぎの入らないカレーなんて考えられない! ノギ准将は、そういう人です」

一息に言っていのけた。

「?」

パレードに参加した全員の頭にクエッションマークが点灯したのが見えた気がした。

大声で私は叫んだ。

「だから、ノギ准将を救いましょう!」


「ノギ?」

「誰だ。そりゃ」

「偉い将軍か?」

「聞いたこと無いな」

「誰だっていい。革命政府のやり方は間違ってる。そいつを助け出そうじゃないか!」


デモ隊の心がひとつになった瞬間だった。





列は伸びていく一方だった。

ムサシノ、スギナミと通って首都を走る環状線内に入るころには、終わりはどこなのやら、把握できる者はいなくなった。


どこかの中学校から出てきた管弦楽部の部員達がフルートや太鼓を鳴らしながら、賑やかについてくる。歌い、踊りだす者もいて、祭りのような行列が、首都を西から東へと突き進んでいく。


その先頭には、一人の少女……かつて神の花嫁と崇められ、革命政府によりその地位を剥奪され、それでもなお、白魔法で国民を癒そうとする聖女アオイの姿があった。





「全軍配置につけ。大砲用意!」

ユシマ聖堂に陣取り、革命政府に雇われた剣、即ち砲兵隊長ヒデヨシが命じる。


「隊長! 本当にこれを撃ち込むんですか?」

砲兵の一人が尋ねた。

「つべこべいうな。砲身、構え!」


砲兵隊は、散弾を撃とうとしていた。砲弾の中に釘が仕込まれていて、炸裂と同時に、辺り一面に飛び散る仕掛けだ。それを、人が密集する街中でぶっ放そうとしていた。

もうすぐこの下の幹線道路を、北から流れてきたデモ隊が通過するはずだ。


「できません!」

隊員から叫び声が上がった。

「なんだと! 命令に逆らうか!」

ヒデヨシの声が怒りに震えた。しかし、兵士らは動こうとしない。

「あのデモ隊の中には、自分のカノジョが!」

「うげ。俺の弟が手ぇ、振ってんぞ」

「うわあ、母ちゃんまで! 危ないから家でじっとしてろって言ったのに!」


「うるさい! 砲撃準備!」


麾下の大砲の砲身が、一斉に、隊長に向けられた。





あちこちから、デモ隊が集まってきた。散弾砲での砲撃に失敗し、革命政府は、ノギ准将の処刑を諦めた。

秘密裏に処刑したら、その事実はあっという間に世界に拡散され、ジパング革命政府は諸外国から責められるだろう。ただでさえ、死刑制度を維持していることは、非難の的になっている。


裁判が行われ、召喚された市民裁判官は、全員一致で、ノギの無罪を裁定した。





一足早く兵士らが帰還した駐屯地に、ノギが帰ってきた。


「おかえりなさい、ノギ准将!」

「よく無事で」

「待ってたんですよ!」

大歓声で兵士達が出迎える。

大勢の将校や兵士達にもみくちゃにされ、彼の姿はすぐに見えなくなった。



「うぎゃっ!」

脇から出てきた手に肘を掴まれ、わたしは思わず、変な声を出してしまった。


ノギだった。


「げ。ノギ准将。今夜は飲み会なんじゃ……」

「俺を飲みに誘うようなもの好きはおらん」

「それ、威張れたことじゃ……」


「ノギ准将、ここにいた。ダメじゃないですか、逃げ出しちゃ」

ヨシツネが追いかけてきた。

「逃げたわけじゃない。ちょっと用があったんだ」

「用? みんなあなたの無事を喜んでいるんですよ?」

「あの中に聖女はいなかった」


「わっ、わたしも喜んでますです、もちろん」

慌てて主張する。

「そうですよ。今回の功労者は聖女です。あなたを救いに行こうって真っ先に言い出したのは彼女なんですからね」

「ふん」

「ああ、あ、すねちゃって。聖女が飲み会に来ないのが不満なんでしょう?」


ノギ准将奪還の祝勝会に誘われたのだが、長年の習慣からわたしは、どうしても大勢の人の中で飲み食いができないのだ。革命政府からはクビにされたけど、一応、神の花嫁だし?


ヨシツネが目を細めた。

「聖女を酔っぱらった兵士達の中に放り込んでもいいんですか?」

「ダメに決まってる!」

怒りに満ちた声が否定した。どうやら宴会に行かなくても済みそう。怖い人だけど、ちょっとだけほっとする。


「ノギ准将、貴方に、いいことを教えてあげましょう」

ヨシツネがわたしに、意味ありげな流し目をくれた。

「なんだ?」

ノギが尋ねる。わたしにも全く心当たりがない。


「聖女は言ったんです。ノギ准将が好きだって」


「うそだ」

「えっ! わたしが!? いつ!?」

ノギとわたしは同時に叫んだ。


「ヨシツネ、お前、俺をからかうと承知しねえからな」

「からかってなんかいませんって」

「そうですよ。言っていい嘘と悪い嘘があります」

「ひどいなあ。聖女、貴女、言ったじゃないですか。飴色玉ねぎのようなノギ准将が好きだって!」


 ……「飴色玉ねぎが好きです。わたしにはもはや、飴色玉ねぎの入らないカレーなんて考えられない! ノギ准将は、そういう人です」


「あっ、あれはっ!」

わたしの頬が真っ赤になった。

ひどい誤解だ。

待って。言い切っていいの?

いいのよ。だって誤解だもん!


「わたしが好きなのは飴色玉ねぎであって、決してノギ准将ではありません!」


「そうだ。ヨシツネ、お前、俺が玉ねぎだっていうのか? 飴色になるまで、くたくたに炒められても黙って見てるっていうのか!」

ノギが真っ赤になって怒っている。


……良かった。変なことを言わなくて。


「……」

ヨシツネは、わたしとノギを、等分に、じっくりと見つめた。

再び、わたしの頬に血が登っていく。やだ。貧血起こしそう。あれ? 頭に血が上るのは貧血の逆?


ぷいっ、と、ノギがそっぽが向いた。

「あんたは、神の花嫁なんかじゃない。革命の聖女になれ」

よそ見して、ふてくされた顔のまま言う。


「あ! それ知ってる! どこかの国の美術館で見た! ちょっとセクシーだよね、あの絵……」

わたしが何か言う前に、ヨシツネがはしゃぎだした。彼はどうやら、煮え切らないわたしの態度に、呆れているようだ。だから、絵の話題に飛びついたんだろう。


不意に、ノギが慌てた顔になった。

「だがな。間違っても乳は出すなよ」

「は?」

なぜそのワード? きょとんとするしかない。

素早く、ノギはわたしから目をそらした。

「お前もだ、ヨシツネ。あの絵みたく、ふる○んで聖女の前に寝転んだりしたら、承知しねえからな」

「ひどいな。戦死前提かよ」


「おい、お前ら! 聖女の前でなんてことを……」

どこからか現れたコジヒ司令官が割って入った。

3人そろって、わたしの様子を窺う。


わたしは、当惑するばかりだ。ふる○んの意味がわからない。戦死というからには、忌み詞なんだろうか。

そもそもミエに籠っていたわたしは、その絵を知らない。


「なんだかわかりませんけど、ノギ准将。玉ねぎを輪切りに切って油で揚げましたの。召し上がる?」

いい具合に話がそれている。飴色玉ねぎとノギ准将の関連性については、このまま忘れてもらうしかない。


「おお、食う食う」

真っ先にノギが乗った。

「僕も!」

「わたしにもくれるかね?」

ヨシツネとコジヒ総司令官がそれに続く。

「もちろん。兵士の皆さんの分もありますわよ」


揚げ玉ねぎはたくさんある。追っ掛けの女の子たちが、オシの為にと、張り切って手伝ってくれたから。

涙をぼろぼろ零しながら玉ねぎを輪切りにしているわたしに、こはるちゃんがゴーグルを貸してくれた。お茶摘みのバイトをしてたあの子だ。彼女は、エシャロットのことなど、すっかり忘れているようだった。






挿絵(By みてみん)









※砲兵隊長ヒデヨシはナポレオンがモデルで、現場はヴァンデミエールの蜂起鎮圧(1795.10)の場面です。場面だけお借りしました。この鎮圧は成功しましたので。


※女神は、ドラクロワの絵から拝借しました。この絵は1830年の7月革命をテーマにしていますか、大きな「革命」という括りで文章中に用いました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ