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玉ねぎが高くて買えないのでジパングで革命を起こしてみました  作者: せりもも
Ⅰ 革命の聖女

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12/24

ミンチ肉と赤ワイン

残酷な描写というか、痛そうな描写があります


青年将校、ヨシツネを生き返らせたという話は、あっという間に戦場に広がった。

死ぬしかないと思われていたのに彼は回復し、それどころか、元気いっぱい、戦場を駆けまわっている。戦争で瀕死の重傷を負ったというのに、懲りない男だ。


噂を聞きつけ、大勢の怪我人が押し寄せてきた。わたしのテントの前に長い行列ができた。戦争でこんなにたくさん怪我人が出たのかとひるむほどだった。


だが、ミエの台風では何千人もの命を救った。大丈夫。わたしはできる子。一人一人に対峙し、夜を昼に継いで、わたしは兵士らの治療を続けた。





「この人を優先して治療してくれ」

衛生兵らが、担架を運び込んできた。将校服を着た男が載せられている。意識を失っているが、顔色はそこまで悪くない。

「人の命に軽重はありません」

わたしは反論した。


基準として、なるべく重傷者から治療を始めることにしている。順番を待っているうちに死んでしまったら困るからだ。

患者は、頭に包帯を巻いていた。赤く血がにじんでいる。だが、脈は安定しており、まだ待てそうだった。


「頼む。ゲンパク先生には仕事があるんだ!」

そういう衛生兵らの目は必死だった。単なる割り込み問題ではないらしい。

わたしはここへきてまだ日が浅い。軍には軍の流儀があるのかもしれない。


「わかりました。あまり時間はかからないと思います」

この程度の怪我なら、すぐに治癒するはずだ。




「ふん。これが聖女の白魔法か」

治療が終わり、意識を取り戻すと将校は言った。

「なにやら頭がふわりと温かくなり、それからどくんどくんと波打って、あれは、失われた血液を補充したのか?」


「神の御わざです」

軽くいなしたつもりだった。だが男はしつこかった。

「幻惑魔法ではないようだな。白魔法というのは、大変高度な技だという。なぜ、王女だけがそれを習得できるのだ?」

「それはいにしえの……」

「昔話は結構。科学的に説明してくれ」


知ったことか! そう答えたかった。だがわたしは聖女だ。品格というものがある。

「それが伝統というものでしょう」

「ふうん。伝統ねえ」

馬鹿にしきったように言う。

「俺は、論理的に説明できないことは信用しねえ主義なのだが……」

言いながら頭を撫で繰り回す。

「でも、こうして傷がきれいに消えちまうとなあ」


「革命は、神を否定したのでしょう?」

皮肉に聞こえないようにわたしは言った。この将校が言いたいことはそういうことなのだろう。

「うむ。魔法は全て、魔法石に集約する必要があるからな」

電力などエネルギーを生み出す魔術は全て、魔法石から生み出されている。

「だから、魔法と名のつくものは全て、政府が管理しなければならないのだ」


そうか。

だから革命政府は、イツキ神殿を取り壊そうと……。エネルギーの生産を管理する為に。


「けれど、ミエの神の魔法は白魔法、癒しの魔術です。エネルギー生産とは何の関係もありません」

わたしは抗議した。

男は肩を竦めた。

「だが、王室の守り神だ」

「あ……」


処刑された父と母。

否定された立憲王政。

革命政府が否定したかったものは、王室自身だ。


「ま、あんたも気を付けることだ。白魔法も魔法には違いないからな。うっかり人前で『神』などと口走ると、ツボ衝かれるぞ」


ぞっとした。


わたしを脅して満足したのか、男はにやりと笑い立ち上がろうとした。

「あっ、まだ……」

いきなり立ち上がったら危ない。案の定、男は尻もちをついた。貧血から、立ち眩みを起こしたのだ。

「俺としたことが……」


慌てて駆け寄り、助け起こそうとしたわたしの手を、彼は振り払った。わたしより、一回りは確実に年上だ。それにどうやら、軍の高官らしい。恥をかかせるわけにはいかない。


「お急ぎなのですね?」

先ほどの衛生兵達の必死な様子をわたしは思い出した。

「戦闘中の軍の駐屯地で、急いでいないものなんているのかね?」

皮肉な口調で男は言った。

「お気持ちはわかります。ですが今夜一晩くらいはゆっくりなさった方がいいですよ」

「ま、礼は言っておく」

ついでのように言って、彼は出て行ってしまった。




怪我人は引きも切らない。

革命が神を否定しようと、神の白魔法は有効だ。ならばわたしは全力で、彼らの治療を進めるしかない。




「メシ、喰ったか?」

ノギ准将が様子を見に来た。戦闘はまだ、比較的穏やかな局面にあるようだ。さもなければ、用もないのに将校が、怪我人ばかりいるところにやってくるわけがない。

「ほら、これ。喰え」

乱暴に言って、傍らのテーブルの上にパンをぽとりと落とす。

そのまま外へ出て行ってしまった。


わたしは、兵士の足を繋いでいるところだった。爆風で千切れかけているのを、元通りにくっつけていたのだ。一息にやってしまわねば、負傷兵の苦痛は募るばかりだ。食事なんていらない。特にミンチ肉の挟まったパンは。



ノギがいなくなるとすぐに、コジヒがやってきた。

「お食事はお済みですか、聖女。中央政府から司令官である私に送られてきた、ボーナスがあるのですが……」

ワインのボトルを振って見せる。

「あっ! こんなところに私の白パンが!」

さきほどノギが置いて行ったパンを見て目を剥く。

「さては、ノギのやつ……」


「わたしは未成年です。お酒は飲めません」

冷たくわたしは言い放った。

血のように赤いワインを、大出血の治療をしている聖女が飲みたがると、本当にこの将軍は考えたのだろうか。

「それからそのパンも不要です。ワインと一緒に病棟の患者たちのところへ運んでください。彼らには栄養が必要ですから」

言っている途中で、患部に翳した手元から、大量の血が吹き上がった。集中力がそれたせいだ。


「うおおっ!」

軍人にあるまじき悲鳴をノギが上げた時だった。その大声を凌ぐほどのサイレンの音が、駐屯地に響き渡った。


「敵機襲来!」

壁に掛けた無線機ががなり立てる。


「聖女、塹壕へお移り下さい」

コジヒが言った。さっきの悲鳴が嘘のように引き締まった顔をしている。


「この人の治療が終わりましたら」

今動かしたら、大変なことになる。

「しかし……」

「私は聖女です。御心配には及びません」


治療中に爆撃を受けて死んだら、それは天命だ。きっと穏やかに死ねるだろう。ただ、患者の治療が終わっており、彼が爆風で吹き飛ばされないことを祈るのみだ。


コジヒはしつこかった。

「せめて見張りの兵を差し向けましょう」

「必要ありません。戦闘が始まれば一人でも余分の兵力が必要なはずです」

司令官は苦笑いした。

「本当に貴女は取り付く島がありませんな」

「司令官こそ、こんなところで油を売っていないで、兵士達が待っていますよ」

「敵を、決して貴女に寄せ付けはしません。誓います」


まじめな顔で言って、コジヒ司令官は去っていった。




小一時間ほども魔法を続けたろうか。

ぽっかりと兵士が目を開けた。

良かった。神のみわざが届いたのだ。

ほっと汗を拭った時だった。


「聖女! 聖女!」

無礼にも飛び込んできた者がいる。男だ。

「ここは患者以外男子禁制……」

「そんなことを言っている場合ではない! 君の力が必要なんだ!」


よくよく見ると、つい先日、頭の傷を治してあげた将校だ。たしか、ゲンパク先生と、衛生兵らは呼んでいた。


「何を鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。俺は軍医だよ」

「軍医?」

「人手が足りないんだ。君も戦場に出てくれ」








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