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玉ねぎが高くて買えないのでジパングで革命を起こしてみました  作者: せりもも
Ⅰ 革命の聖女

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10/24

聖女、拉致


浜辺で、わたしは、聖女としての最後の禊を行った。

複雑な形に組んだ両手を海の水に浸す。海水を掬い上げ、祝詞を唱える。

女官が屈んで、形代を流した。引いていく波に誘われ、それは沖へと流されていく。

毎日やってきた禊の、総ざらえだ。

この後首都に向かい、革命政府に身を委ねる。

そして……恐らく処刑されるのだろう。

わたしは王家の一員だ。


立ち上がり、ミエの湾を見渡した。沖に行くほど青く広がる海の上を、白いカモメが舞っている。生ぬるい、磯の香りが体に染み込むようだ。


わたしは全てを受け容れるつもりだ。

王家の娘として、恥ずかしくない死を迎えてやる。

先に身罷られた、父上のように。母上のように。

毅然として、処刑台の階段を上ってみせる。



メイドの差し出した布で手を拭っている時だった。

「せいじょーーーーーーっ! 聖女はどこだーーーーっ!」

とんでもない蛮声が聞こえた。こんな野蛮な声、深窓に暮らすわたしは、初めて聞いた。

遥か向こうの浜辺を、馬に乗った男が駆けまわっている。


言い忘れたが、私たちの乗り物は、自動車である。魔法石があるのだから、エネルギーは無限だ。車を動かすなんて、お茶の子さいさいというもの。

ただ、ミエでは、伝統が重んじられている。神の住居の静けさは守られねばならない。ミエでは無粋なモーター音は禁じられている。

だからこの男は、馬で来たのだろう。大声で叫ぶあたり、野蛮人に見えなくもないが、案外、気遣いの人なのかもしれない。


馬に乗った男を見て、女官達がわたしの前に立ちはだかった。

聖女は、神の花嫁だ。男性と接してはいけない。解任されたとはいえ、革命政府に出頭する前のわたしに、万が一のことがあったらいけないと思ったのだろう。


「あっ! そこだな!」

女官達が囲っているのでは、ここに聖女がいると告げているようなものだ。過たず、男はこちらへ向かって突進してきた。


「無礼者! 名を名乗れ!」

女官の一人、武道の心得のある者が、身構えた。

「革命軍旅団長、ノギだ!」

革命軍……早くもわたしを迎えに来たのだろうか。処刑台へと向かわせる為に?

「ノギ准将、ここは男子禁制ですぞ!」

「うるさい! そこをどけ!」

「どきません!」

毅然として女官は言い渡した。

「俺は聖女に用があるんだ。薹の立ったオバさんではない!」

この将校ったら、言ってはいけないことを……。

「まあっ!」

案の定、女官の怒りに火がついた。懐から小刀を取り出し、斜めに構える。

「そんなおもちゃを振り回してんじゃない!」

将校が叫んだのと、足が、女官の構えるナイフを蹴り飛ばしたのは、ほぼ同時だった。

「その子が聖女だな。貰っていくぞ!」


馬が駆け寄ってくる。間近に迫った葦毛の汗が、わたしの二の腕に跳ね飛んだ。

あっと思う間もなく、わたしの体が宙に浮いた。両脇の下が痛い。准将がかかえ上げたのだ。鞍に斜めに引っかかるように乗せられた。


「急いでるんだ。行くぞ!」

将校が叫ぶと、馬はバカみたいなスピードで走り始めた。




うつ伏せで鞍に乗せられていたので、とても息苦しい。

一瞬でも気遣いの人かも、と思った自分を、私は呪った。

あまりの苦痛に、途中でわたしは意識を失ってしまった。




「連れて来たか、ノギ准将」

誰かの声がする。ひどく焦っているようだ。

「うぬ。全速力で行って帰ってきた」

わたしを拉致しやがった男の声。確か、ノギ准将と名乗っていた。

「間に合ったか?」

返事が遅れた。

「……手遅れではない。まだ」

「聖女を。早く!」


誰かがわたしの顔を覗き込んだ。

「この子、失神してるぞ」

「ああっ!? おいこら、聖女が気絶してどうする!」

これは、ノギの声だ。

「目を覚ませ!」


とっくに目は覚めていたのだが、わざと気がつかないふりをしていたら、頭から水を掛けられた。冷たいのを我慢してじっとしていると、ゆさゆさと揺さぶられた。

そりゃだめでしょう。

だってわたしは、聖なる乙女。触れていいのは神だけだ。

「清浄なる聖女に手を触れるとは何事ですか!」

起き上がって抗議してやったら、ノギのやつ、目を丸くした。


そこは、ひどい荒れ野だった。

そこかしこに兵士達が座り込んでおり、あちこちから煙が立ち上っている。


「聖女アオイ。フジカワの戦場へようこそ」

もう一人の男、ノギより偉そうな武将が言った。

「フジカワですって!」

清浄の地ミエから、とんでもない田舎へ連れてこられたものだ。

「私はコジヒ。義勇軍右翼の司令官だ。ノギが手荒な真似をしてすまん。だが、ことは緊急を要する」

辺りにはうっすらと靄が立ち込めている。そして何やら変な匂いが……。

「くさい」


「硝煙の匂いだ。ここは戦場だと言っただろ」

鼻をつまんだわたしに、偉そうにノギが講釈を垂れた。

「おっと、こうしている場合じゃない。来い、聖女」

手を引いて、ずんずん歩き出そうとする。

「だから、わたしに触れてはいけないの!」

「うるさい! それどころじゃないんだ!」


わたしを引きずるようにして、途中にいる人すべてを突き飛ばし、ノギは突き進んだ。



戦場に張られたテントに連れ込まれた。中には、軍服を着た連中が大勢いた。中央に寄り集まり、何かを囲んでいる。

青の軍服は、ジパング軍だ。階級の違う様々な青い軍服の中に、驚いたことに、白い軍服が混ざっていた。

同じテントに、中花国、つまり敵の兵士がいる。


「ああ? なぜここに中花軍が?」

わたしより先に白い軍服に気づいたノギが、いちゃもんをつけた。

「怒るな、ノギ。中花国のランリョウ司令官が、医者を差し向けてくれたんだ」

中にいた将校の一人が振り返って戒める。


 ランリョウ司令官。

 聞いたことのある名だ。


「その医者、毒を盛ったりしてないだろうな」

「無礼者! 我らがランリョウ大公のお気持ちを疑うか!」

ノギの声を聞きつけ(あれだけ大声で叫んだら聞こえない方がおかしい)、白い軍服の兵士が叫んだ。

「畏れ多くもランリョウ大公は、ジパングごとき三流国の一将校に深い共感を抱かれ、その怪我を嘆かれたのぞ」


「銃撃してきたのはお前らだろうが」

「うるさい! これは戦争だ。お心深きランリョウ大公は、なんとか死から免れさせんと、中花国きっての医者を差し向けられた。お前らジパングの連中は、感謝してこそあれ、そのご好意を踏みにじるとは! おのれ、覚悟せよ!」

抜刀しようとする。

「おう。受けて立つ」

わたしの手を離し、ノギも腰の剣に手をやった。


「馬鹿者! 争ってる場合か!」

後からやってきたコジヒが一喝した。

「そうだった!」

剣をがらりと投げ捨て、ノギが人々を掻き分ける。呆れたように、中花国の兵士は肩を竦め、剣の柄から手を離す。


人垣の隙間から、簡易ベッドに横たわっている人の姿が、ちらりと見えた。

「ヨシツネ。もう大丈夫だ。連れて来たよ。聖女を」


人々が一斉にわたしの方を見た。

「聖女? この子が?」

「普通の娘だぞ。大丈夫なのか?」

「震えてないか?」

震えているのは、さきほど水をぶっかけられたせいだ。

全く乱暴な連中だ。


再び、簡易ベッドが見えた。横たわった人は、ぐったりしている。ひどく具合が悪そうだ。


「委細は承知しました。全員、退出してください」

わけなんてさっぱりわからないけど、わたしは言った。状況なんてどうでもいい。そこに苦しんでいる人がいるのなら、わたしの出番だ。

聖女を解任されたといっても、それは革命政府からだ。この国の神から見放されたわけではない。未だにわたしは、聖女の力を宿していた。


「全員、テントの外へ出ろ」

コジヒ将軍が命じた。

「もう、他にヨシツネを救う道はない。聖女に頼るしかないんだ!」

集まった人がどよめいた。


「出ろ! 出ろっつってんのがわからんのか!」

いつの間にかちゃっかりベッド際に到着したノギが叫ぶ。彼は心配そうに、ヨシツネと呼ばれた男の顔を覗き込んでいる。


「お前も出るんだ、ノギ」

「え、俺も?」


「わたしとベッドの人以外、全員、外へ出て下さい」

静かにわたしは告げた。









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