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夏の出来事  作者: モノクロ◎ココナッツ
8/20

八話


 普段とは違い、反対方向より神社へと足を踏み入れると、まるでクーラーがガンガンに効いた部屋に入ったかの様に気温が急激に下がる。その明らかに異常と思える程の冷気なのだが、そんな事は朽ち果てかけた拝殿の階段の所に腰を落ち着ける香菜さんの姿でどうでも良くなってしまう。


 彼女は僕の姿に気付いて「あ、薫君。今日も部活?」と嬉しそうな笑みを向けてくれたのだが、その格好が問題だった。……いや、問題ではないのだが、その、浴衣姿って良いよね……って。

 その鳩尾(みぞおち)程までに伸びていた後ろ髪は低い位置で一つに束ねられており、その(つや)やかな濡羽色(ぬればいろ)の髪を束ねているのは、ヘアゴムではなくまるで髪色に合わせたかの様な赤いヘアワイヤー……だろうか? 肩越しにちらりと見えるその鮮やかな赤い紐は、遠目から見るに編み込まれたもの。


「……そんな所で固まってどうしたの?」


 その場で呆然と立って見ていた事を不審に思われたのか、彼女が少しばかり眉を(ひそ)めて近くに歩み寄った僕を見上げる。

 彼女は少しばかり"おめかし"をしているらしく、目尻に(ほの)かに赤色のアイラインを。唇にはリップグリスを塗っているのか、瑞々しい唇がその白い肌にとても映える。


 そんな彼女の大人びた姿に少しドキリと心音が跳ね上がり、気恥ずかしくてつい顔を逸らしてしまう。と言うのも彼女の纏う浴衣もまた大人びており、黒を基調とした生地に真紅の蝶がひらりひらひらと彩っていた。

 すると彼女がクスリと笑いを溢したのでどうしたのだろうかと思って目線を向けると、横座りしていた筈の彼女は崩していた両足を整えて膝を抱え、小首を傾げながら膝の上に顎を乗せていた。


「……もしかして見惚れてたり?」


 そのニヤケに似た表情から出たのは、明らかな(からか)う言葉。

 図星をついた言葉に思わず言葉を失うが、何とか絞り出したのは「そ、それよりも!」と言う苦し紛れな言葉。その言葉自体が答えとなったのを吐き出した後に気付き、ふと目線を向けるもその表情は先程よりも嬉しそうに目が細くなり、艶やかな唇から覗くのは白く綺麗な並びをした歯。


「今日、花火大会あるんだけど、い、一緒に行かない!?」


 緊張もあってか(しばら)く振りに出た大声に思わず少しばかり声が上ずってしまう。だが彼女は少しばかりきょとんと、目をまん丸にしたままぽかんと唖然とする。

 だがそれも一刹那(ひとせつな)。すぐに彼女は破顔し、「うんっ、よろしくね!」と、その今まで浮かべていた大人びた表情を一気に崩し、まるで小さい子供の様な無邪気な笑みを浮かべた。


 そして何を考えているのか無邪気な笑みを浮かべたままバッと僕へと向けて両腕を伸ばす。一体どうしたのだろうかと思って考えていると、可愛げに微笑みを残しながら頬を膨らませて「んっ!」と何やら催促する様に両腕を上げる。


「……起こしてよ~!」

「あぁ、はいはい」


 そこで痺れを切らせた彼女が少しばかり作った声で回答を投下してくれた所で、やっと何を期待しているのかを理解。その伸びた手をそれぞれ掴んで力を込めて引っ張るも、予想以上に彼女が軽く、少し勢い付いた形で引っ張り上げてしまう。これには僕も驚いたのだが、引っ張り上げられた彼女はさらに驚いた表情を浮かべており、まるで走馬灯の様に引っ張り上げられた彼女との距離が縮まる。


 勢い余ってそのまま倒れ込むのかと冷や汗を掻いたのだが、倒れ混んできた彼女の体はまるで羽毛の様に……とまではいかないのだがそれでも軽く、無事両腕の中に抱き止める事が出来た。

 その突然の出来事に僕も香菜さんも言葉が詰まり、ついつい無言となってしまう。ふわりと漂う梅の香りが仄かに鼻腔を(くすぐ)り、耳元に彼女の吐息と体温が感じられて、何だかむず痒い気持ちになってしまう。


「……ご、ごめんなさい。引っ張り過ぎました……」


 思わぬ形で抱きついてしまって少し気まずい気持ちになりつつそう呟くのだが、彼女は案外そうでもない様で、「ふふっ」と耳元で小さく笑いを溢した。その吐息と声が僕の耳を(くすぐ)り、我慢できなくなって思わず彼女の両肩を掴んで離してしまう。

 そこで彼女の表情を見たのだが、そこにあるのはまるで悪戯(いたずら)っ子の様な、獲物を見つけた動物の様な喜色が浮かんでいた。


「……ドキドキしちゃった?」


 その言葉に思わず顔が赤面する感覚を感じて彼女から一歩程離れたのだが、彼女はそんな事を気にしていないのか、僕の片手を掴みながら少しばかり()く様に歩き出した。


「そんな事より早く行こっ!」


 そう言って僕の手を引く彼女の美麗な横顔が、天辺(てっぺん)まで上がりきった陽の光が鳥居の向こう側から照らしつけ、少し夢見心地であった彼女の姿を、より現実である事を確かめさせてくれた。

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