五話
彼女はそのお淑やかで真面目そうな見た目に反してだいぶお喋りな様で、コロコロと笑ったり何でも無い部活の事や日頃どんな事をしているのかなど、聞いてて面白いのかな? と自ら疑問に思ってしまう事ですらも根掘り葉掘り聞かれ、その度に楽しそうに頷いて聞いてくれる。
彼女としては小さかった頃の僕を知っているのだから、まるで暫く会っていなかった親戚の子に会い、その成長度合いに驚いていると共に嬉しく思っているのだろう。
……彼女の年齢が幾つなのかはもう気にしないでおく事にして。その後も比較的和気藹々と話している内に陽が傾き始めており、朽ち果てる寸前の鳥居越しに覗く外の世界はまるで焔に包まれるかの如く朱に染まり、まるで異世界への入り口なのかとふと思ってしまう程なのだが、ここは紛うことなき現実世界。
そろそろ帰らなければ母親に心配され……されるかな? いつも部屋に引き籠もって絵ばかり描いている僕に対しては寧ろ数日間は帰ってこなくてもいいとも言われそうで怖い。
「じゃあそろそろ帰りますね」
僕は別れを告げながら立ち上がり、腰を落ち着けている彼女に顔を向けると、その綺羅びやかな金色の瞳が丸みを崩すと共に、その艶やかで瑞々しい唇が綺麗に弧を描く。
そんな彼女に不意に魅入られながらも、何とか「うん、また今度」と言葉を絞り出して彼女に別れを告げた。
彼女に見送られながら、その内界と外界とを隔てる鳥居を潜ると、一気に夢から現実へと引き戻された様な虚しさを覚えた。
夕暮れ時とあってか昼間の様な照りつける地獄は鳴りを潜め、何処か清々しさを感じる少しばかり柔らかさを孕んだ暑さが身を包み込んだ。
その毎日の様に見ている鮮やかな夕焼けを眺めつつ、スマホのアプリで小洒落た|Jazzy hiphopなんかを聞きながら帰路へと着くと、何処か自分が特別な存在になれたかの様な、なんでもない、ただ少しばかりの優越感に浸ってしまう。
そして少しぬるさを残した炭酸飲料の残りを飲みつつ家に帰った所、昼頃にちゃんと帰宅しなかった僕を母親が「一体どうしたのよ?」と、少し疑い混じりに問い質した。
まぁ、いつもであれば部活が終わり次第直帰し、昼飯を食べた後は部屋に籠もりっぱなしになって出てこない様な僕が、昼飯を食べずに夕方頃まで帰って来なかったともなれば、それはもう母親にとってはいい意味で大惨事だろう。
……いや、引き籠もり過ぎて出かけて帰ってこない方が喜ばれるって……。まぁ、日頃の行いが故の事なので、何も言い返せないのが悔しい所。
廃れた神社で女の子と会ってた、だなんて語弊だらけの事を口にする訳にはいかないので、少しはぐらかす様に「友達とちょっと遊びに行ってたんだよ」とさもありそうな感じで説明すると、驚いた表情で「あんた、友達いたの?」ととんでもなく華麗なカウンターが入り、危うく心が折れそうになったのはここだけの話。
「んで、あんた明日はどうすんの?」
「明日?」
夕飯として出された素麺を頬張りながらテレビに映るコミカルなバラエティー番組を、何を思う訳でもなく惰性で眺めていた所、テーブルの向かい側に座る母からそんな事を尋ねられる。
明日はどうするのかと尋ねられ、明日である八月十五日に何か予定あったかなと記憶の海に潜ってみるも、心当たりの宝箱はおろか、その欠片すらも見付けられない。
うんうんと一人悩んでいるとその様子に呆れたのか、母が溜息と共に訝しげな表情を浮かべて「あんたねぇ……」と呟く様に言葉を零した。
「明日は花火大会でしょ。少しでも浮ついた話とか無いの?」
母からそう呆れ混じりに言われたのだが、残念ながらそんな浮ついた話は無く。という事は今年も一人虚しく部屋でイラストを……と思ったのだが、ふと一人だけ心当たりがあり、昨日今日と会っている"彼女"を誘ってみても良いかもしれないと思う。
「あー、もしかしたら出掛けるかもしれない」と言葉を漏らしてみると、「男友達?」と若干の疑いを孕んだ言葉を投げ掛けてくる。「いや、女の子だよ」と飽くまで神社にて出会った香菜さんの事には触れずに言うと、母はと言うと少し驚いた表情を浮かべたものの、すぐに安堵した面持ちで溜息を零して「やっとか……」と、何やら感慨深そうに呟いた。
そんな母の安堵した様子に少し複雑な気持ちになりながら、そのまま夕飯を食べ終えてシャワーを浴びて一日の汗を流し、歯磨きも済ませる。
愛用して少し草臥れ始めていたベッドに寝転がりながらスマホで明日の花火大会の予定を調べると、どうやら花火大会は例年通り河川敷を貸し切って執り行われる様で、屋台なども多数並び、大変な混雑が予想される様だ。
「夜七時からか……」
当然ながら開始時刻が夜からなのだが、そうなると帰りが遅くなってしまう事が問題となる。
僕に関しては母の反応から見て分かる通り全く問題ないのだが、香菜さんの帰りが遅くなって親御さんとかに怒られたりしないのかが心配な所。
兎にも角にもこのまま悩んでも仕方ないので、鬱憤を晴らす為にも机に向かい、部活で描いている物とは違うイラストを描く事に。
とは言ってもラフというか、下描きは既に終わっているので、スキャナーでパソコンへと取り込んで清書を行い、重ね描きとなって分厚くなった線を綺麗にし、時間に余裕があれば色を付けてゆきたい所ではある。
"じゃあ最初からPCで描けばいいじゃん"と言われるかもしれないのだが、どうも手早く自由に紙を回転させる事が出来る紙の方が、自分には合っている様に感じるのだ。
……まぁ、日頃からスマホばかり弄っているお陰でスマホの扱いには否が応でも慣れたのだが、どうもその分パソコンの扱いには疎く、作業効率的に余り宜しくないのだ。
使い続けないから慣れないんだと言われればその通りなのだが、直感的に操作できるスマホが便利すぎて、どうもパソコンに向かう事が殆どないのだ。




