四話
「……あら?」
そんな彼女は僕の姿に気付いたのか、本に滑らせていた目線を上げて「あら?」とニコリ微笑んだ。
「……こうやって話すのは久しぶりだね。元気にしてた?」
「……昨日はどうも。……前に何処かで会いましたっけ?」
彼女がまた水面の様な落ち着いた声で話し掛けてくれるのだが、如何せん自分の記憶力が悪い為か、どうも誰なのかを思い出せずにいる。そんな僕の言葉に彼女はぽかんと呆けた様な表情を浮かべるものの、すぐさま破顔してコロコロと可愛い笑いを零した。
「覚えてないのも無理ないよ。会ったのは君がホントに小さかった時だからねー」
彼女は怒る訳でも悲しむ訳でもなく、全く気にしていない風に答えつつ僕に手招きをする。
……どうやらこっちに来て座れとの事らしいので、それに従って彼女の隣に腰を下ろすと、ふわりと柔らかな梅の香りが漂って少しばかり甘酸っぱい気持ちにさせてくれる。
「私、山守香菜って言うの。改めてよろしくね、常磐薫君?」
彼女は隣に腰を据えた僕の顔を覗き込んで僕の名前を呼んだのだが、その美貌に思わず目を逸した所、彼女からクスクスと小さな笑いが溢れた。そのまま顔を心音を高鳴らせながら目線を反らしたままでいると、まるで絹の様に柔らかく滑らかな掌が僕の頭の上に乗せられて撫でられる。
「あんなに小さかった君がこんなにも大きくなるなんてねー。感慨深いよ」
彼女は僕の頭を撫でながら、嬉しそうでいて寂し気に言葉を吐き出した。
どの位の小さな頃の僕を覚えているのだろうかとふと考えてみるも、いくら考えた所でその答えが出る訳でもなく。ふと気になって彼女に「自分が会ったのってどの位の時なんですか?」としれっと覚えていない事を含めて尋ねてみた所、上を仰ぎ見つつ「んー……」と暫し考え始める。
だがすぐに探し当てた様で、「お母さんに抱っこされて来た時かなー。きゃっきゃって笑ってたのをよく覚えてるよ」と、だいぶ昔の思い出を語ってくれたのだが……。
「……って事は、香菜さんって――」
"一体何歳なのか?"と聞こうとしたのだが、その言葉を紡ぎ上げる前に彼女の柔らかで少し冷たさを感じる指によって口をシールされ、「それ以上は……ね?」と、それ以上は踏み込んでくれるなと言わんばかりに気圧される。
突然口を塞がれた事で少し驚いて固まってしまいつつも、彼女に目を向ける。そこにあったのは少しばかり鋭くなった目付きの彼女。
「女性に年齢は聞いちゃいけないのよ?」
僕に告げる彼女の声色はそれはもう酷く冷たく、それで何の感情も宿していない様にも思えた。そんな彼女の気迫に思わず気圧されて焦りながら頷くと、満足した様子で「ふふっ」と笑いを零した。