後日談
それから丁度半月程経った後の事。僕達学生にとってはパラダイス……。もとい、僕にとってはいつも通りよりも深い孤独感を味わう事になってしまった夏季休暇が終わりを告げた。
その数日間だけの、恋心なのか、はたまた友情なのか、最早知る事すらも敵わない"彼女"との出会い。
曰く僕が幼かった頃の思い出を知り、まるで何かに掻き乱された様にごちゃごちゃとボヤけて混ざり合っている、幼い頃の僕を知っている彼女。
突如目の前に現れ、得体の知れない懐かしさを感じさせてくれる彼女に、まるで母親かもしくは血の繋がった姉の様な安心感を感じていた。
……だが彼女は人間ではなく。迎え盆から送り盆の間の数日間だけに会う事が出来た、まるで砂漠に生まれたオアシスの如く。その朧気で、まるで霞の如く、時が過ぎると共にその姿を神社と共に跡形もなく消え去ってしまった。
そしてそのまま、香菜さんを失ってしまった事による喪失感により、その後の夏休み中はまるで片思いで失恋してしまった者の如く、空虚な日々を過ごしていた。
空虚というよりは無気力に近いだろうか。あまりの無気力具合に、母親にまで「病院に行くか?」と心配された程だ。
これは一般的に考えるとまともな反応なのかと思うのだが、僕の母は違う。「風邪? しっかり飯食って体温めて寝ながらスポドリ飲んどきゃ一日で治る。甘えんな」と逆に何故か責められてしまうので、こんなに心配されるのは殆どないのだ。
一見するととんでもない毒親に思えるのだが、ボーダーラインは弁えている様で、僕をパッと見てある一定のラインを超えていると判断すると、否が応でも強制的に休ませて病院へと連れてゆく。
とまぁ、そんな事はどうでもいいとしてだ。まだ残暑とすらも言えない程の酷暑が体をジリジリと苛んでくる。
まだ九月の初日で学生諸君にとってはパラダイス……。僕にとっては絶望が終わり、また絶望が始まるという温度差を感じてしまう、夏休みが終わりを告げた。
学校までの道程を歩いていると、夏休み中には会わなかった同級生達が、追い抜き様にそれぞれ声をかけてゆく。やはり皆バカンスと洒落込んでいたのだろう。真っ白なままの肌をしているものは早々とは居ない。
……居ないとは言えないのが少し闇の深い所である。
一方で僕はと言うとスマホに入れたアプリでラジオを聞き流しつつ、優雅に甘めな缶コーヒーを飲みながら学校への道程をひた歩く。
……多分、厳密に言うならば買い食いはNGになるのだろうが、それは暗黙の了解という所で、先生方も登校しながら缶コーヒーであったりパンであったりを食べながら学校への道程をひた歩いている。
そんな今でも覚えているのが、入学したての頃にパンを食べつつ小さめの紙パックの牛乳コーヒーを飲みつつ歩いている先生の姿を見かけたので、その際に教師としてそんな事をして良いのかと尋ねた際の事だ。
そしてその時の回答は、「学校の敷地内に入るまでは教職員じゃないからな。気にすんな」と、生徒のお手本となるであろう教職員のものとは思えない言葉が飛び出て来たのを覚えている。
だが他の先生方も同じ認識な様で、校門を潜る直前まではまるで本能の赴くままと言わんばかりに自由な行動をしている。
校門を潜った途端どうだろうか。まるでリビングデッドやソンビの様に生気を失った感じの雰囲気が、瞬時にきりりと引き締まり、同一人物ながらもまるで別人かの様に雰囲気が切り替わってゆくので、校門がまるで何かの装置なのかと疑いたくもなる。
中には車通勤の先生方も居り、生徒である僕の姿に気づいてか短くクラクションを一度鳴らして通り過ぎてゆく。
……ご丁寧にもその後にハザードを二回程点滅させ、まるで「よう」と言わんばかりに残してゆくのも粋な所だ。
その後も幾人かのクラスメイトと挨拶を交えつつ、校門の近くにある自販機のゴミ箱に、冷たさなどこの酷暑でとっくに無くなった空き缶を投げ入れる。
そのまま最早歩き慣れたとすら言えない程に歩いた校門から昇降口へと歩みを進める。
「おう、久しぶり! 花火大会以来か?」
すると突如背後から肩を組まれ、聞き馴染みのある声が聞こえる。
「おう飯島ぁ……。朝から元気だなぁ、おい」
後ろを振り向きその声の主を見ると、そこに居たのは花火大会の時に会った清々しい笑顔を浮かべた飯島拓哉の姿。
その夏休みの後半辺りに染めたであろう頭髪は鮮やかな胡桃色に染まり、これから始まるSHRと呼ばれる、異端を炙り出す為の儀式とも言える場にて公開処刑を受けるのだと思うと、とても楽しみで仕方ない。
去年も頭髪を染めた事で個人指導が入ったのだが、本人は果たしてその事を覚えているのだろうか。……表情を見た所で焦った様子も不安気な様も見られないので、多分さっぱり忘れているのだろう。
……人間って過去の失敗談から学んで次に活かす生き物だった筈なのだが、どうも彼を見ていると、人間とは一体何だったのだろうかと、ふと疑問を感じてしまう。
だが彼はそんな事を思われているとも露知らず、「あん? どうしたんだよそんな辛気くせぇ面しやがって」と、これから起こる恒例行事の事をまるで知らない表情をしている。
そんな彼と某艦隊ゲームのイベントリザルトをあーだこーだと話し合いながら、教室のある三階へと向かう。
僕達の通う高校の教室配置はどうも他の高校とは違うらしく、一階が一年生、二階が三年生、三階が二年生という配置になっている。
……いや、他校の人達と知り合いの友達から聞いただけなので、全部が全部そうだとは言い切れないので、もしかしたら違うのかもしれない。
「おや、常磐君に飯島君じゃないか。おはよう」
するとどうだろうか。二階に上がりきる既の所で我らが美術部の部長である小泉先輩が目の前に現れ、僕と飯島に気付きそれぞれ挨拶を投げ掛けてくる。
「……相変わらずギャップ半端ねぇなぁ……」
その彼女の容姿を見た飯島が、そのいつものハイテンションさは何処へ行ったのか、珍しく素面に近い声色と表情を浮かべる。
そう、この堅苦しい挨拶をしてくれた彼女は我らが先輩であり、何と小学校よりも前からの付き合いである小泉 愛先輩だ。
そして飯島の言うギャップと言うのは、その容姿である。
先日部活動で見た際には白髪に近いホワイトブロンドだったのだが、今目の前に居る彼女のそれは、少し色の濃さが戻り、艶やかさが宿るキャラメルブロンドへと変化を遂げていた。
だが今回は今までの比ではない奇抜さで、まるで毛先に向かって燃え上がっている様な、鮮やかな紅色に段々と色味を帯び始めていた。
そしてその耳にはキラリと輝く宝石を模した……いや、本当の宝石なのかもしれないのだが、とにかく光り輝くピアスにて耳を彩っていた。
そんな彼女の今日の気分はどうやら"病みたい気分"らしく、アイシャドウやアイラインを使い、そのぷくっと膨れた様な涙袋や、今にも泣き出しそうな潤んだ目元を演出していた。
そしてその髪型は先日学校で見かけたサイドテールではなく、全ての髪を下ろした、軽くウェーブの掛かったセミロングになっていた。
そんな彼女の薄手のブラウスから透けて見えるのは、メイクのダークな感じに合わせてか黒のブラジャー。
隣にいる飯島はどうなのかわからないが、幼い頃から彼女の色々な姿を見せられていて見られている僕としては、半ば親族の様な感覚なので、特に何も感じない。
「あ、小泉さん、ちょっといい?」
するとどうだろうか。隣で彼女の姿に見惚れている飯島を横目で観察していると、女性の斎藤先生から呼ばれた小泉先輩がふっとその方向を向いた。
内心、とうとう雷が彼女の脳天へと落ちるのではないかと少し焦ったものの、その次に放たれた「ちょっと一年生の勉強の面倒を見て欲しいんだけど、大丈夫?」と尋ねてきた事で安堵を覚える。
そんな頼み込む表情に不安気な色は見えず、まるで彼女が断らないのを分かっている様な、彼女にとっては造作もない様な事であるかの様な。
そんな問い掛けに彼女はニコリと仄かな笑みを浮かべて「はい、問題ありませんよ」と、爽やかに返答をする。
……やはりこの高校ってどっかおかしいよなぁ。
まぁ、勉強が完璧なんじゃないかと言える程に良く、人望も多大で品行方正。そして容姿端麗と来たら、もう先生方からしたらありがたい存在なのであろうと思ってしまう。
……容姿のギャルっぽさ……、いや、今はギャルとは言わないのかもしれないが、その奇抜さを除けば、なのだが。
すると斎藤先生は僕と飯島の姿に気付いてこちらに目を向けたのだが、その途端先生は少し呆れを含んだ笑みを浮かべつつ「飯島ぁ……。あんたねぇ……」と、まるで小さい子を諭す様な口調で言いつつ、僕と彼の元へと近寄ってくる。
そして彼女は飯島のその鮮やかに染まった頭に手をぽんと置き、「……教室に行ったら覚えてろよ? 後藤先生にこってり絞ってもらえ」と、死刑宣告を彼に言い渡した。
因みに後藤先生とは、我らが二年生の担任を務める男性の先生であり、笑顔で静かに怒る事で有名だ。
「お、横暴だッ! 何で俺だけなんすか!」
だが彼はそんな事では屈せず、失礼にも我らが神にも等しい小泉先輩に指差しをしつつ抗議し始めたのだ。
すると斎藤先生は鼻で「はんっ」と短く笑って切り捨て、彼にとんでもない現実を突きつけた。
彼女曰く、小泉先輩はその容姿の奇抜さを加味しても尚余りあるプラスの部分と日頃の行いが良いが故に黙認されているのだそうで、君の様にテストは毎回必ず赤点かギリギリ通過、授業中も寝ている事が多い所を見て何処を見逃せというのだい? と、至極正論な事を言われて黙殺されてしまった。
確かに僕の目の前に座っている彼は、机に突っ伏して寝ていたり、真面目に受けているかと思いきや板書する為のノートに落書きをしていたりなど、まともに受けている時の方が珍しい位である。
そんな彼にご愁傷様と他人事な感情を抱きつつ、自身の教室へと向かう。
いつもであれば開け放たれた扉から足を踏み入れた途端、入口付近に座っている友達が各々挨拶をしてくれてそれに返事をするのだが、今日はそんな言葉すらもかかってこない、何やら奇妙なざわめきが教室を支配していた。
言うなればこれから何か重大な事が起きるかの様な、それとも起きた後で噂がクラス中に広まってビックニュースとなっているのか。
……個人的には前者であって欲しい所。……いやぁ……僕以外がその噂を知っていて、僕だけが知らされてないだとか、悲しいを通り越して最早死にたくなるでしょ……。
と、根も葉もない勝手な妄想に心を揺さぶられていると、入口付近に座っていた村田が「おう、聞いたか常磐。転校生が来るってよ」とウキウキした面持ちで尋ねてくるのだが、今しがたこの状況を見た自分にとっては寝耳に水どころか寝耳に沸騰寸前の熱湯を掛けられた気分である。
……いやまぁ、どんな状況だよって感じだろうけども。
そんな一悶着に巻き込まれながらもSHRの時間となり、いつも聞いているざわめきよりも幾分か大きいそれが教室を支配した。
高校で転校生だなんて余り聞かないので珍しいのも分かるのだが、どうせ後一年半程で別れ離れとなるのでそんなに関わらなくても良いな、なんて考えていた。
すると開け放たれたままの扉から我らが担任である後藤先生が現れ、一気に教室内の喧騒が大きく膨れ上がる。だがそんな事は一切意に介していないのか、立ち入ってきた彼の表情はいつも通りのにこやかで、もしかして特殊メイクの仮面でも被っているのではないかと思う程に変化が見られない。
そこまでは良かった。
問題がその後に入ってきた一人の女子生徒で、その特徴的な鳩尾程まで伸びた濡羽色の髪に、輝く様な珍しい金色の瞳。
そしてその、扇状的とも言えるプロポーションに教室のざわめきは一気に霧散する。
一方で俺の思考はと言うと、その見覚えのある顔によって一気に停止しそれを知らせるかの如く、鼓動ばくんと跳ね上がる。
……そう。入ってきたのは、紛う事なく夏休みの間に出会っていた香菜さんだ。
そんな彼女は教壇へと上がりつつこちら側に目を向けて見回し、僕と視線が交差する。こちらの姿を確認するや否やニコリと笑みを浮かべ、小さく手を振る。
するとどうだろうか。それまでは彼女に釘付けであったクラスメイト達の視線が一気に僕へと集中する。その視線は多種多様で、単なる好奇心や羨望、はたまた中には嫉妬の込められたものまで、様々である。
そんな幾つもの視線を一気に向けられた事で文字通り背筋が凍る思いをするのだが、そこで香菜さんの隣に立っていた後藤先生が場を正す為かパンパンと大きく手を鳴らしてクラスメイト達の意識を教壇の方へと向けさせる。
「色々聞きたい事があるだろうけど、それはホームルームが終わってからな~」
彼がそう言った事で教室内のざわめきが一気に消え、授業中の様な静けさを取り戻し、その雰囲気を感じた所で、彼が「さて」と話を進める。
そこからは香菜さんの軽い紹介となったのだが、どうもおかしい。
確か香菜さんは僕の小さい頃を知っているため、間違いなく僕達よりも年上で、高校生ではない事は明らかである。
……だが皆の前に立っている彼女の容姿は、間違いなく高校生の容姿をしており、幾分か、夏休み中に会った時よりも容姿が若くなっている様にも見えてしまう。
そして香菜さんの短い自己紹介があり、ショートホームルームが終わりを告げた。……因みに飯島は終わりと同時に先生に連れて行かれたので、現在その姿は無い。
だがそれを見逃してしまいそうになる程に、人の波が押し寄せて覆い囲んだ。
僕の方には男子生徒。そして香菜さんの方には女子生徒がそれぞれ囲いを作っており、その雰囲気も全くの真逆となっている。
香菜さんの周りはキャイキャイと黄色い声が飛び交っているのだが、一方で僕の方はというと殺気と妬みを一点に浴びていて、非常に気まずい気持ちを味わっている。
先程から質問という名の尋問を矢継ぎ早に受けており、時折舌打ちの様な音であったり、「何でお前が……」と羨む様な、妬む様な言葉が時々降り掛かってくるのだが、僕としてはそんな事言われてもどうしようもないとしか言い様がないので、最早開き直って"申し訳ない"としか言う事が出来ない。
そんな僕の感情なぞ知ってか知らずか、四方八方を取り囲まれ、まるで兵糧攻めにあった楼閣の主の様な心境になるのだが、そんな地獄から救い出してくれる様な、「常磐君、少し話したい事があるんだけどちょっと良いかな?」なんてお誘いを香菜さんより受ける。
僕は今の状況から逃れたい一心で咄嗟に「うん、良いよ」と答えながらも椅子に縛られかけていた腰を持ち上げて教室から出て行く彼女の後を追う。
ここからアニメやマンガ等では屋上へと向かって二人きりでお話を……と行く所なのだろうが、生憎現実はそう甘い話ではない。
屋上へと通じる階段こそあれど、その先の扉は固く閉じられたまま。
過去にそのドアをぶち破ってまで屋上へと出ようとした者が居たのだろう。その観音開きの扉にはまるで開かずの扉だと言わんばかりに鉄の鎖と南京錠が何重にも掛けられており、最早出ようとする気すらも起きなくなってくる。
そしてそれを態々破るほど荒んではいないし、アホでもない。……別段見に行きたいものもないというのもあるのだが。
一限目の授業との合間にある休憩時間を使って彼女と話し合う事になったのだが、その場所は生徒達の昼食兼憩いの場となっている、玄関前の大きく開かれたレストスペース。
周りのテーブルにも僕らと同じく談笑をしていたりする者がおり、思い思いの時間を過ごしていて、僕らを気にした様子もない。
「……流石に何か説明を……って感じね」
「……そりゃあ……もう」
対面に実体として存在する形で座り、しれっと微糖の缶コーヒーを飲んでいる姿に違和感を感じてしまう。
こちらとしては自分の初恋になりかけてそのまま失恋した年上の彼女に再会しただけでなく、そんな年上の彼女が同級生として我が校に来たのだから、これはいよいよ本当によくわからない。
彼女に詳しい説明を求めてみたのだが、どうも彼女の顔色……と言うよりも、なにやら雲行きがあまり芳しいものではないのが少し気になってしまう。
「……実は、私もよく解らないのよ……」
そんな以前会った時よりも幾分か容姿の幼くなった彼女の口から渋々と放たれた言葉は予想外のまた更に予想外で、思わず「はい?」と、年上にも関わらずタメで反応してしまう。
すると彼女は"まぁ、そうだよね"と言わんばかりに複雑な表情を浮かべた。
一限目まで余り時間がない為とても大雑把なのだが、曰く、あの後は存在が霧となり一時的に消えてしまうのだと思っていたのだが、目が覚めた時には既にアパートの中で一人暮らししている事になっており、戸籍や身分証明書、在学中は余裕で暮らせそうな額の入った預金通帳が部屋の中央のローテーブルに置かれていたのだそう。
そんな話をざっと聞いて他愛もない言葉を交わしながら教室の有る三階へと向かい、入った丁度の所で授業開始のチャイムが鳴り響く。
どうやらギリギリ間に合った様で、教室の中に我が担当である後藤先生の姿はない。
「……良かった、間に合っ――」
「――ってねぇんだなぁ、それが」
その状況に安堵しつつ呟いたのだが、その言葉は背後に立った我が担任である後藤先生の言葉で遮られる。
全くと言っていい程気配を感じなかったので、こちらとしては突然背後に立たれて命の危機を感じてしまった所だ。
……いや、流石に命を狙われる様な事はしていないし、どこぞのバトル漫画だって言う感じだけど。
すると彼は僕のそのアホ面に満足したのかにやりと笑みを浮かべつつも、その教務記録簿で僕の頭をぽんと軽く叩いた。
「会って早々仲が良いのは別に構わねぇんだけど、授業の時間だけは守ってな」
そんな彼は笑いを含んだ声で言いつつも中へと入る様に促してきたので、僕と彼女はその指示に従ってそれぞれの席に腰を落ち着けた。
とは言っても漫画よろしく彼女との席が近い訳でも何でも無いので、それからというものの、朝のいざこざは何処へやら。
いつも通りな和やかな雰囲気に、時折クラスメイトの口から放たれるお馬鹿発言に少しばかり教室の中が湧き上がる。
そして教壇に立つのは、先程飯島に死刑宣告をした、斎藤先生である。
彼女の容姿は何というか、容姿が若い……いや、幼いのだ。……幼いと言うのは少々盛った。うん。
幼いというよりも、若いといった方がしっくり来る感じだ。人によっては同じ高校生なのかな? と感じるかもしれないが、彼女はれっきとしたアラフォーで、立派な大人である。
……以前、一度だけ祭りの際にクラスメイトの女子達と遊びに出ているのを見かけたのだが、そのパッと見た感じ他校の生徒かと思って気にせずに居たのだが、他の女子の「斎藤先生ってさぁ~」の言葉で、その人が彼女だという事に気付く。
いや、見ただけでわかるだろと思うのだが、何分、日頃見かけている姿とは随分とギャップがあって気付かなかったのだ。
具体的には、いつも見かけている教諭の姿は、後ろでその長めの黒髪を一つにまとめた、まさに仕事の出来る女性といった感じなのだが、プライベートで見かけたその姿は正に女子生徒そのもので、中央で綺麗に分けられたその前髪は、そのまま流れ落ちる様にスラリと下へと垂れていた。
またメイクも年齢にそぐわない程に幼い顔立ちもあってか地雷系メイクがやけに似合っており、その後に他の学校の生徒達にナンパされていた。
その生徒達も彼女らの中に先生が含まれている事に気付いていないのか、彼女も含めてナンパされていた。
とまぁ、そんなエピソードが有る程度に彼女は幼く見られるのだが、そんな彼女が現在教鞭をとって……って、あ、こってりと絞られたであろう飯島がトボトボと項垂れた様子で教室へと足を踏み入れてきた。
だがそれを見た斎藤先生の反応はと言うと、「ほら飯島君。項垂れてないで早く着席してください」と慈悲もない言葉を浴びせる。
何もそんな慈悲もない言葉を投げかけなくても良いじゃないかと思うのだが、次の日にはケロッと気分が治っていて特に進歩がないので、こんな態度になっているのだ。
そこからは特段特筆する事もなく。……嘘です。時たま香菜さんがこちらを振り向いて小さく手を振ったりするのでその度に顔がにやけ、周りに座る男子のクラスメイトより殺意の波動を受けるという、天国と苦行を同時に体感できるとても素晴らしい一日を過ごす事が出来ました。
……そのまま午前の授業を終えて昼休みに突入。その途端に僕の斜め前方向、角の席に座っていた彼女が立ち上がりつつ、机の横にかけてあったコンビニの袋を手に取ってこちらへと歩みを進めてくる。
そこで僕と目が合った所、彼女はニコリと夏休み中にも見たであろう笑顔を浮かべ、一緒に食べようと言わんばかりにその袋を僕に向かって掲げた。
……一応、香菜さんって神様……? "あやかし"? とにかく、僕より大分歳上な上に人間ではなかった筈だが、今目の前に見える彼女は紛う事なき女子高生である。
そんな彼女に何て年甲斐のない事をしてるんだと思いながら視線を向けていると、彼女がピクリと眉を顰め、「常磐君、その表情は一体何のつもりかな?」と明らかな不機嫌さを顕にした。
……どうやら感情が表情に出ていたらしく、少しばかり彼女を不機嫌にしてしまった様だ。
「……まぁいいわ。一緒にお昼食べましょ?」
だがそんな不機嫌さも一瞬の事。すぐさまいつも通りの彼女となり、僕へとお誘いを掛けてくれる。……それと共に周囲の男子からあからさまな殺意の籠もった視線が向けられ、またもや天国と地獄を同時に味わうという、中々ない体験を味わってしまう。
これから先も、こんな平穏でいて楽しい日々が続くのだと思うと、どうも今まで平坦であった毎日が、段々と色づいてゆくのだろう。
……そんな考えが、一瞬目が会って笑みを浮かべられた途端に浮かんできたのだった。




