裏最終話
それからというものの互いに花火に魅入って無言の時間を過ごすのだが、彼が一番気心の知れた相手だという事もあり、私としては本殿の中で寝ている時と同じ位に安心感がある。
そんな時間が暫くの間続き、華やかだった焔の花びらが咲いては費えて静寂を呼び込んでくる。
どこか達成感似た何かを感じながら、「……終わっちゃったね」と、"どちらの意味"でもあるその言葉をぽそっと吐き出すのだが、彼からの返事は聞こえず、代わりに満足そうな表情がその表情を満たした。
日が暮れた事段々と涼しくなってきたのだろう。彼の顔から滝の様に流れていた汗はその影を潜め、サラサラと乾いてゆく。
段々と迫るタイムリミットに半ば諦めを感じつつも、テーブルを挟んで向かい側に座っている彼に「さて、帰ろっか」と言いつつその腰を持ち上げた。
そのままゆっくりと屋台のある方へと歩みを進めたのだが、次第に自分の存在が薄れてゆく様な感覚を覚え始める。
……お願いだから神様。まだ時間はあるから焦らないで。
そう今までにない程に切に願うも、その薄れゆく感覚は戻らない。
「……香菜さん!!」
するとその様子が彼にもわかったのだろう。どこか悲痛さを孕んだ声色が私の名を呼んだ。
"助けて欲しい"。そう考えていたものだから、つい彼が助けてくれると藁にも縋る思いで振り向くも、そんな感情は表に出さずに、至極自然に振り向いて見せる。
気付いて欲しいけど、気付いて欲しくない。
そんな馬鹿みたいな矛盾だらけの感情を必死に押さえつけながら彼の姿を見るも、その表情に宿っているのは、己の不甲斐なさと、何も出来ない無力感を噛み締めている様なそれ。
次いで紡がれる、「いや、何でも無い」という言の葉。
彼も薄々私の変化に気付いているのだろう。
私もそんな彼を騙したくなくて。隠したくなくて。
真実を話してしまおうと意を決し、「ちょっと話そっか」と言いつつ河川敷の出口へと向かって歩き出す。
その間に彼と言葉を交える事もなく。どこか重苦しいとも思える静寂に、段々と悲壮感に満たされていた心境が水面の様に落ち着いてゆく。
「ねぇ薫君。神様って信じる?」
沈黙に支配されたまま歩いている途中でふと彼に尋ねてみる。辺りはぼんやりと、眠りを誘う様な柔らかいオレンジ色の光が点々と道を照らしていた。
すると彼はその質問の意図を汲み取れなかったのか、少し首を傾げたのだが、既に神社の前に到着する。
そこで彼の方へと振り向くのだが、彼はポカンと神社の方を眺めるだけ。
そんな彼を驚かせたくて至近距離に近づいてみても気付く気配もなく。……これはいよいよ本当に"薄く"なって来ているんだろうなぁと思い、「ねぇ」と彼に声を掛けてみると、本当に気付かなかったのか彼は驚いた様に肩を跳ね上げて一歩後退った。
……本当に私の体は薄くなっているのだろう。彼は私の姿を見た途端に酷く悲しそうな表情を浮かべた。それこそ、言葉には出さないものの、表情がまるで言葉となる様に私に訴えかけていた。
そして不甲斐なさを感じているのか、段々と下がってゆく彼の視線。
そんな彼に心配をかけたくなくて。私の様な人外にその大切な人生を傾けて欲しくなくて。ついつい「何て顔をしてるのよ」と呆れ気味な声色で彼に言葉をかける。
そう言いながら彼の頬に手を添えてみるも、その手に触れた感触はなく、ただじんわりと、ほんわかと温もりだけが私へと伝わってくる。
"あぁ、もう本当にお別れなんだな"。
そんな考えが脳裏を過ぎり、最後の告白をしなければならないと思い立つ。
そう思い立った所で、最早感覚すら残っていない私の足が、まるで誘われる様に神社の境内の中へと進んでゆく。
どうやら今の神様とやらは私に最後に華を持たせてくれた様で、オンボロで朽ち果てようとしていた神社は全盛期の姿を成したまま私を出迎えてくれた。
彼も私の後を追ってきてくれた様で、その荘厳の言葉がぴったりな神社の姿に圧巻されてか、境内の入口付近で一人ぽつんと佇んでいた。
「……どうしたの? そんな狐に化かされた表情して?」
そんな呆けた彼の表情が何だか可笑しくて、これからお別れだというのに、つい笑いがこみ上げてくる。
その後に「まぁ、狐だったし、神様だったんだけどね」とボソリ呟くも、その呟きは空気に溶けて消え、彼の耳には届かない。
彼は未だにここの空間が物珍しい様で、キョロキョロと辺りを見回し続けていたのだが、私としては伝える事があるので、そんな余裕はない。
そんな興味が別へと向かっている彼へと近付き、「薫君」とその名を呼ぶと、彼は少し驚きつつも不安げな表情で「どうしたんですか?」と尋ねてきた。
……それは私の事?
……それは私の心の事?
……それは、この神社の事?
色々な疑問が浮かび上がるも、その言葉の答えは出て来ない。……いや、答えたくないのだ。
だがその答えの代わりとして、彼の頬に手を添えて柔らかに撫でる。
また会えたのに。
また楽しい時間を過ごせたのに。
今度は立場を気にしないで過ごせたのに。
そんな、考えた所でどうしようもない事ばかりが頭を駆け巡り、人外だというのに視界が段々とぼやけてゆく。
……あぁ、これが失恋という感情なのか。
……あぁ、これが喪失という悲しみなのか。
そんなぽっと湧き出た感情に困惑していると、もう時間切れだと言わんばかりに彼の足元に黒い穴が開いて彼が飲み込まれてゆく。
……あぁ、終わったんだね。
……段々と体中の感覚が消えて行き、遂に私は――――。




