裏四話
その後彼と手を繋ぎつつ、昔と同じく他愛もない会話を交えながら会場である場所へと向かった。
もう何時ぶりかもわからない花火大会の会場は昔と全く変わっていないのか、歩みは段々と河川敷へと向かっている。
途中で彼が「……手、離しませんか?」と提案してきたのだが、当然の如くはぐらかしつつ手を繋いだまま。
最近徐々に酷暑になってきている為か、隣を歩く彼に滴る汗は留まる事を知らない。だが一方で私はと言うと、神の座を降りたとは言え未だ異形のモノであり、暑さは当然の事ながら寒さすらも感じない。
それには彼も少しばかり疑問を抱いているのか、歩みを進めながらも私の顔をじいっと見つめている。
そんな彼の視線に耐えかねてどうしたのと尋ねてみるものの、「着物着てるけど暑くないんですか?」とだけ疑問が投げ掛けられる。
それに対して私は「いつも大体着物着てるからもう慣れちゃった」とだけ答えるだけで、人外である事を口に出来ずに答えてしまう。
そんな思いを悟られてしまったのか、彼は少しばかり憂いを帯びた表情を浮かべるものの、その雰囲気を変えようと精一杯の明るい表情を演じて「ねぇねぇ、お祭りって今でも結構混むの?」と尋ねてみる。
昔と違って人口も増えているだろうし、彼も学校の同級生と祭りに行っているだろうから、最近の様子にも詳しい筈……と思ったのだが、そう尋ねられた彼の色は芳しくないもの。
少しばかり嫌な予感を感じ、後の言葉を待った遂に溢れたのは、「最近は家か部室にしか行かないから、外の事はよくわかんないんだ」という、少しばかり彼の事が心配になる様な言葉。だが私としては何だかんだ言って部活にのめり込んで青春を謳歌している様なので一安心している。
そんな彼と閑静な住宅地を抜けて河原へと抜けたのだが、どうも疎らにも道行く人々全てが意気揚々としており、傍から見ただけでも浮かれているのが伺えた。また人々も会場に近付くにつれて段々と数を増し、浴衣や甚平を羽織っている者達が増えてきたのでいよいよ祭りの雰囲気を醸し出している。
そして次第に昔と変わらぬままの会場の様相が顕になり、昔とは違ってその規模が拡大しているのが一目で伺えた。
「今ってこんなに人が居るんだね」と彼に問うと、時期がお盆であり、帰省している者達も居るので極端に増えているとの事なので、そう考えるとこの混雑具合は致し方ないのかなと納得してしまう。
だがそれでも根本となる活気は昔と変わらないので、何だかんだ言っても昔と変わらぬ時間が流れている事に安堵している。
彼とそのまま河川敷へ通りて猥雑な活気の満ちる屋台の間を歩く。昔は本当に屋台と言えば金魚掬いや綿飴位しかなかったので、そう考えるとこの光景はとても羨ましく思えてしまう。
もう生き物ではなく人外になったこの身だが、このスパイスと香ばしい煙、そして雑多に入り交じる声色に無くなってしまった筈の胃袋が刺激され、食べてみたいと言う気持ちが湧き上がる。
そう思ったが吉日。「ね、屋台回ろう?」と彼に言いつつ手を引いて歩き出す。
それからと言うものの、この体には異次元の空間が広がっているのか食べても食べても満腹感を感じない。けれどもかと言って空腹感すらも感じないので、食べていても満たされない事が虚無感と疎外感を加速させた。
「……所で薫君。いつまで敬語使ってるつもり?」
そんな湧き上がった感情を自ら目を逸らす様にそう尋ねた所、彼は素っ頓狂な声を上げて唖然とする。
昔は幼かった事もあってか敬語なんてものを使っていなく、こちらもそれに慣れ親しんでいる。その為ずっと違和感と距離感を彼との間に感じていたのだ。
「……小さい頃はおねーちゃんおねーちゃんって可愛く言ってきたのに……悲しい」
「いやいや、そんな子供の頃を引き合いに出されても……」
彼は少しばかり恥ずかしそうな表情を浮かべて言葉を濁すのだが、こちらとしてはそんな事は関係ない。
とにかくこれからは敬語無しで話して欲しい事を伝えると、彼は少しばかり複雑な表情を浮かべたものの、了承した様にコクリと頷いた。
すると途端に彼の後ろから「おっ、薫じゃねーか。お前も来てたなんて珍しいなー」と言う声が聞こえる。
その声の主を彼の肩越しに視線を向けると、如何にもチャラそうな見た目の男の子が居り、その後ろには彼の友達と思われる男女の姿があり、どれも彼に付いてきた様に見えるのだが、この子は一体何者なのだろうか。
……その他人をよく侍らせている光景を見ると、どうも、人々の取り纏めを担っていた飯島家の者達を思い出す。
彼と常磐君は何を話しているのか分からないのだが、何やら親しげにコソコソと会話を弾ませていた。
そのまま暫く会話を交えており、気になって「一体何を話しているの?」と伺ってみたのだが、彼と友達は何やら一言言葉を交わし、互いに別れを告げた。
やっと二人になれたと思い、歩きながらしれっと彼の手を握りつつ指同士を絡める、謂わば恋人結びをした所、するとどうだろうか。彼の顔は真っ赤に染まり上がってしまう。
そのまま歩いて露天の立ち並ぶ所を通過すると、安っぽいプラスチックの机と椅子が沢山並べられた、昔で言う所の"お見合い会場"だった所が姿を表す。
流石に今はその様な目的で使われている訳はなく。既にその機能を全く果たしていないのか、熟年の夫婦であったり小さい子供の居る家族ばかりで、若年の恋人同士の姿はない。
そこで昔の記憶が蘇り、まだ人数も疎らであった頃の、ドキドキとする甘酸っぱい若人達の姿が今にも鮮明に思い出される。
……もしかしたらここに来ている人々の中にもそういった縁で結ばれた人々も居るかもしれないと思うと、少しばかりほんわかした気持ちになる。
そんな気持ちに浸りつつ近くにあった席にスッと手を触れ、「そこに座らない?」と彼に提案すると、彼は少し小さな笑みを浮かべつつ「そうだね」と返事を返す。
テーブルの向かいに座った彼の表情をちらりと覗き見ると、沈む間際の赤い光に照らされた横顔が、まるでいつも感じていた子供っぽさは何処へ行ったのか、大人びた彼がそこに居た。
そのまま暫くの間彼を横目で眺めていたのだが、そんな時間がいつまでも続く訳もなく。空が帳に覆われ、暗がりが世界を支配し始めた。
……もうそろそろ花火が始めるのだが、それと同時に私のタイムリミットも迫ってきている。……と言うのも明日は八月十六日。紛うこと無き送り盆であると共に、私が私で居られるタイムリミットが、刻一刻と迫っていた。
いや、私という存在は消えないだろうが、私がこの世界から消えて見えなくなるので、幼い頃によく遊んでいた彼と離れ離れになるのは少しどころか結構悲しい。だがそんな感情は表に出さぬ様に「……もうそろそろかな?」と言葉が零れ落ちた。
彼の方を見ては居ないのだが、多分訝しげな表情を浮かべている事だろう。だがそんな心配事は、豪快に轟く焔の花びらに掻き消された。
……こんな間近に花火を眺めたのは本当に何時振りだろうか。
いつもであれば山の上や少し離れた所にある、小、中、高校の屋根から眺めているだけなので、こんなに近くから眺めるのが逆に新鮮に思える。
これでも神様だった頃は依代を神輿に移して街を練り歩きながらここへと赴き、よく皆と一緒に花火を眺めていたものだ。その大輪の花に見惚れて綺麗ねと言葉を零すと、彼もまた「そうだね」と返事をしてくれる。
花火に照らされる彼の顔を見て、思わず昔の小さかった頃を思い出し、感慨に耽る。
私にじっと見つめられている事に気付いたのか、彼がこちらを向きながら「どうしたの?」と尋ねるのだが、この私が私で居られる時間が後僅かだという事を、わざわざ今言う訳もなく、また誤魔化す様に「ううん、なんでもない」と言の葉を紡ぎ上げるだけ。




