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夏の出来事  作者: モノクロ◎ココナッツ
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裏一話


 ……ふと気付いた時には既に私は"そこ"に居た。そこと言うのは自然の中という訳ではなく、当時地元の祭事を担っていた常磐(ときわ)の家にだ。野生であった頃が極端に短いからか、血の繋がった兄妹の記憶はおろか親の顔すらも記憶にはない。


 というのも、あれもこれも全て私の体が(こうべ)を垂れた稲穂の様な鮮やかな金色ではなく、まるで新月の(とばり)の如く黒いそれであるが故の事。

 それを生みの親は異常と見做(みな)したのか、はたまた畏怖として感じたのかは分からないが、それが原因で見捨てられてしまったのだろうと思う。


 けれどもそんな事は不幸の内には入らないと思っていて、(むし)ろこの常磐(ときわ)家に拾われて育てられた事を考えるとこれ以上の幸福は無いと思っている。


 元々ここら一帯は人が踏み入らない未開の地で、周りを山に囲まれた大きな河川が一本通っただけの平原だった。そんな平原を開拓する為に移り住んだのが六つの家族。


 祭事を司る常磐(ときわ)。河川の管理を行う小泉(こいずみ)。山の管理を行う香山(かやま)。田畑の管理を行う華原(かはら)。村の管理を行う万燈(ばんとう)。そして、これら五つの家族の取りまとめを行う飯島(いいじま)が最初の移住者としてこの地に根を張り始めた。


 それこそ生前の頃はとにかく楽しかった記憶しかなく、この六つの家族の子供達……今は既にこの世を旅立ち、もしかしたら生まれ変わっているかもしれない者達と毎日の様に(たわむ)れて過ごしていた。


 そんな日々は年を重ねても変わる事はなく、幼い頃から成人を迎える時まで共に笑い、共に喜び、共に悲しんだりと、確かに血縁という(くく)りで見ればそれぞれ全く異なる家の者達だったのだが、どの家族の子達も私にとってはかけがえのない家族で、元服を迎え、晴れて大人の一員となった彼らの姿は、今も尚鮮明に思い出せる程に印象深い。


 そして彼等が元服を迎えた翌日の事。私はこの世から旅立った……つもりだった。

 "死"と言うのは本当に突然で呆気(あっけ)なく、まるで眠ったかの様に動かなくなった自身を少し上から見下ろして、ふと終わったんだなぁ……とただ思うだけ。


 呆気(あっけ)なくも死んでしまったのだが、当時の、それも強い神通力(じんつうりき)を持っていた常磐家の当主である彼に見つかり、私の事を不運に思ったのかどうかはわからないが、神様として神社に(たてまつ)ってこの地の守護者としたのだ。


 どうも私の魂としての力は生前からとても強力だった様で、すぐさまその効力は現れた。……とは言っても私自身が何かをした訳ではなく、ただただ神社に居座り、増えてきた移住者と変わりゆく街並みを眺めているだけであった。

 ……退屈じゃないか? と聞かれると、それはもう退屈で仕方なかったとしか言い様がない。


 世代が変わって生前によく遊んでいた子達も見事立派となり、一人、また一人とこの世から消えてゆく。

 その度に一つ、また一つと寂しさが湧き上がったのだが、心が徐々に死んでいったのか、人の死に対して何も感じなくなってしまった。


 そしてこの地の復興を担っていた六つの家族の内、香山(かやま)華原(かはら)万燈(ばんとう)の家族がこの地から離れ、元々担っていた管理の役割も彼等から変わって役場が担う様になった。

 それにより元来の役割を持つのは常磐家の祭事のみになったのだが、それも信仰心の低下というべきか、時代の移り変わりと言うべきか、徐々に参拝する者達が減っていった。


 一人、また一人と神社を訪れる者達は年老いてゆき、減ってゆく。だがその中でも常磐家の者達は違い、子供が一人生まれ、一人亡くなる度にその顔、その遺影を私に見せに来た。

 見せられた所で私にはどうする事も出来ないのだが、代々と取り決めでもされているのか人が死ぬ度、生まれる度にその顔を私に見せてきた。


 そんな事が続けられていたとある日の事。幼稚園位の男の子が母親に連れられて神社へとやってきた。どうやら常磐家の人間らしいのだが、信仰心が無くなっている為か当然の如く私の事は認識できない。


 どうせ今回も顔を見せて終わりなんだろうなと思っていたのだが、「狐さんがいるー!」という、幼子の言葉でふとその声に気を取られる。声を発したのは幼く黒髪で短髪の(わらべ)。……幼くて分からないのだが、多分、男の子だろうと思う。


 その見えない筈の私に対してその子は手を振りつつキャッキャと黄色い声を上げていた。

 だが母親としてはそんな我が子の事が気掛かりだったのだろう。明らかな怪訝(けげん)を浮かべつつ諭す様に彼へと声をかけたのだが、私の姿に興味津々であろう彼は母の話なんて絶対に聞いていない、キラキラとした眼差しを私へと向けていた。


 この時はまだ神の力とやらが残っていたお陰で人間にも変化できたので目の前でやってみたは良いものの、彼はより一層黄色い声を発するだけで、別段近付いて来る訳でもない。これでも昔はやれ別嬪(べっぴん)だのやれ美人だのと人々に好評ではあったのだが、この子にとってはどうでも良い様だ。……まぁまだ幼いので、そういう感情自体芽生えていないのだろう。


 きっと今日来ただけで明日以降は来ないだろう。……と思っていたのだけれど、その子は母親の言いつけをものの見事にぶち破り、一人でちょくちょくと遊びに来ていた。

 だがこの狐の姿で彼と遊ぶのは少々役不足というか、少しばかり不自由なので大体同年代くらいの女の子に変化したのだけど、それでもいつも感じる様な疲労感はなく、(むし)ろ活力が湧いてくる様にも感じてしまう。


 そこでふと彼に探りを入れてみたのだが、どうもその固有している神通力(じんつうりき)は、私の姿を見た上で触れられた当時の常磐家の当主よりも強く、それどころか彼を軽く凌駕する程の力を有していた。

 そんな彼と遊ぶのは結構楽しく、久方ぶりに人間と喋ったなー、という感じだったのだけど、これ以上彼を"此方(こちら)側"に引き入れてはならないと思い立ち、中学生になるだろう頃に、その私に関わる記憶の全てを封じさせてもらった。

 それを施した次の日に私の神社が取り壊され、この関係は完全に終わりを告げた様にも思えた。

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