十三話
それから蝉のフルコーラスを浴びつつ歩き、酷く寂れた神社のある雑木林の横を通りがかったのだが、何処を見渡してもあの目標となっている鳥居はおろか、それがあった痕跡すらも見当たらない。
確かに昨日まではあったのを確認しているのだが、その形跡すら無い所を見るとどうも昨日までの数日間は夢だったのだろうかと不思議な感覚になってしまう。
だがそんな事で悩んでいる暇もないので、兎に角学校へと向かい、職員用の玄関から入って美術室へと向かう。誰も居ない夏休み中の学校はいつもの喧騒は何処へやらと言った風で、静寂が全てを支配している事に未だ慣れない異質さを感じている。
階段を登って二階にある美術室に足を踏み入れると、中には既に我が部の長である小泉愛先輩が居たのだが、その様子が少しばかり不審であった。
不審とは言ったのだが、そんなオカシイ行動をしている訳でもなく、ただただ僕が手掛けていた香菜さんの絵をマジマジと眺めていただけなのだが。
「……部長?」
その姿が気になって背後から声を掛けると、彼女はこちらへ振り向き「あぁ、常磐君か。おはよう」と、いつも通りの幾分かお硬い挨拶が返ってくる。「お早う御座います」と彼女に返事をしつつ、僕の席の側にいる部長の元へと近付く。
僕の描いた清書段階の絵をマジマジと眺める部長に「そんなに眺めて一体どうしたんですか?」と尋ねると、彼女は「いや……」と呟きつつも表情を少しばかり崩して笑みを浮かべる。
一見するとその堅苦しい口調が故にお堅いイメージがあるのだが、その容姿は真逆とも言える軟派なのが凄まじいギャップを生み出している。
具体的に言うのであれば校則違反の塊とも言える人物で、ふわりとウェーブを描きつつ肩程までに伸びる髪は鮮やかなブロンドで、その髪の合間から覗く綺麗な耳にはピアス。そして少しばかり開け放たれた釦から覗くのは、豊満で柔らかそうなそれ。
そして休みの日だと言うのに学校指定のジャージではなく制服で来ている辺り、如何にも彼女らしい。そのブラウスからは彼女の着けている下着の色が透け、淡いピンク色が伺えるのだが、彼女曰く狙ってやっているとの事。
実際僕も最初の頃は目のやり場に困っていたのだが、今となっては見すぎて何も思わないのが恐ろしい所で、いつも通り香水を使っているのか、少し甘みの含んだ柑橘系の香りがふわりと鼻腔を擽る。
我らが部長はこんなぶっ飛んだ容姿をしているのだが、寧ろ教職員の方々からの評価はとても高く、品行方正、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、友人関係良好と、全くと言って良い程非の打ち所のないのだ。
言うなれば女子版の飯島と言った所だろうか。
因みに飯島の成績はあまりよろしく無いので、たまに夏休みや冬休みが全て補習で消える事がある。なので我らが部長を女子版飯島と言うには些か……いや、大分語弊があるので、何とも表現し難い所。
「……この人は昨夜君と一緒に居た人か?」
すると部長が思い出す様に言葉を紡ぎ出したので、僕はそれに「そうです」とだけ短く答えると、彼女は珍しく饒舌で、「もしかして君の彼女かい?」と、いつもならば聞かない様な事を笑い混じりに伺ってくる。
彼女なりの冗談だろうかと思って「まさか、違いますよ」と笑って返すものの、心の中では意外にも寂しさが蜷局の如く渦を巻いていた。
……あれ? 昨日は部長と会ってない気がするんだけど……。
それからというものの、次々と登校して来る美術部員達に「あ、この人ってやっぱり昨日一緒に居た人だよね!?」と何やら根掘り葉掘り聞かれたのだが、僕としても数日前に会ったばかりばかりなので、深い事は聞かれても判らないというのが実際の所。
とにかく興味津々な部員達に「知り合ったばかりだよ。山守香菜さんって言うんだ」と彼女の名前を教えるも、皆「そうなんだー」等と反応するばかりで、誰一人として「知ってる」などと言う者は居ない。
まぁ、彼女自身は久しぶりにここに来た……いや、帰省したのかな? と話していたので、本当に数日だけ滞在していたのかもしれない。
今となってはその出会った神社自体がなくなっていたので、もしかしたらこの数日間が偽りのものだったのかもしれないのだが、どうも彼女に触れた感覚が未だに忘れられず、偽りだとは思えない自分が居た。
その後彼女の容姿を思い出しつつ色を乗せてゆき、後は影などの演出を足すだけとなり、そこで部活動はお開きとなった。
また微妙な空模様の下を歩きつつ帰路へとつくのだが、途中であの雑木林へと通りがかる。だがそれでもあの神社の鳥居すらも確認できず、やはりあの数日間は夢物語だったのだろうかと何だか虚しい気持ちになりつつ、雨が降らない内にと足早に家への道程を急いだ。




