十一話
火照った顔がどうかバレないで欲しいなーなんて少しばかり冷や汗を掻きながら、露店のエリアを通過した先にある、仮設されたプラスチックガーデンテーブルが並ぶ開けた場所へと到着する。
だがその席は花火の特等席から少しばかり離れている為か伽藍堂のままで、居たとしても仲睦まじい老夫婦や家族連れが居る位で、僕や彼女の様に若い者達の姿は見られない。
ふと隣に立つ彼女を伺うと、そこに浮かんでいたのは、まるで良き日々を懐古しているかの様な柔らかな微笑み。
「そこに座らない?」
そんな彼女の提案にそうだねと短く返しつつ、先程屋台にて買っておいたかき氷を片手に、彼女との対面に腰を落ち着けた。
時刻はまだ赤く染まり始める夕暮れ時で、先程まで鬱陶しい程に世界を照らしていたお天道様は名残惜しそうに傾きつつ、帳を引き込み始めていた。
徐々に包まれつつある世界の中、彼女と懐かしき地元の昔話に花を咲かせていると、いつの間にやら暗がりが辺りを覆い始めた。
「……もうそろそろかな?」
一頻り話し終えた所で、彼女がふと川の対岸に目を向けつつそうボソリと呟いたのだが、聞いた僕としては一体何の事なのだろうかと思う。だがその考えは次の瞬間に鳴り響いた、腹を揺さぶる様な轟音に掻き消された。
ふとその方向に目を向けると、そこに広がるのは空いっぱいに広がる光の花びら。
ここ数年の間、部屋に引き籠もって見られていなかった花火に、思わず声のみではなく頭の中までもが言葉を失ってしまう。
……最後に見たのは何年前だっただろうか。それすらも忘れてしまったのだが、それでも、こんなにも鮮やかでいて大きかっただろうか? と、頭の奥に眠っている記憶と照らし合わせてみるも、その記憶自体が色褪せて古呆けているという事もあってか、どうも目の前に広がる、色鮮やかな火の花びらに見惚れてしまう。
「綺麗ね……」
「そうだね……。久々に見たけど、こんなに綺麗だったんだなぁ……」
普段から感情の起伏があまりないと自覚しているのだが、それでもこの目の前の花火に、少しばかり心が揺れる。
そこでふと横から視線を感じて視線の元である香菜さんに目を向けると、テーブルに両肘をつけてその上に顎を乗せ、にこにこ顔でこちらを見つめていた。
その様子が気になり、「どうしたの?」と尋ねるも、彼女は更に嬉しそうに笑みを深くし、その純白で居て整った白い歯をニッと覗かせ、「ううん、なんでもない」と、はぐらかした。
それからというものは、互いに会話も触れ合う事もなく、ただ無言で咲き誇る火の花を眺めていた。
互いの間に居座る無言。けれどもその無言すらも心地良く。
そんな微睡みの様な心地よい空気を味わっていると、花火の時間が終わったのか、最後に一番と言って良い程の大輪の花びらを咲かせ、闇の帳の中へと溶け込んでいった。
華やかな轟音が鳴り止み、静寂が辺りを満たしつつも、微かに聞こえる人々の賑やかさが祭りの名残を醸し出している様に思え、何とも言えない達成感と寂しさを感じさせてくれる。
彼女も同じ気持ちを感じてくれたのか、「……終わっちゃったね」とどこか物悲しさを感じさせる様に言葉を溢した。
日が沈んだ事で暴力的な暑さはいつの間にやら鳴りを潜め、少しばかり清涼となった空気も相まってか、暗くなった夜空を微かな笑みで仰いでいる横顔がまた、大人びて見えた。
「さて、帰ろっか」
彼女の横顔に見惚れていると、大人びた表情が浮かんで消えて年頃の眩しい笑顔が彼女の顔色に灯る。
すると彼女はまるで余韻を噛みしめている様にゆっくりと腰を上げて屋台の方へと歩み始め、そんな彼女の背中を追いかける様に見ると、何だか彼女の存在が薄く消えそうな感覚に囚われ、今にも目の前から居なくなりそうだと本能的に感じてしまう。
「……香菜さん!」
どうか見間違いであって欲しいと咄嗟に思ったのか、気付いた時には既に彼女の名を半ば叫ぶ様に吐き出していた。
その突然の張った呼び掛けに香菜さんはグルンと勢い良く振り返って驚いた表情を浮かべて「ど、どうしたの?」と明らかな困惑の色を示した。
改めて彼女を見つめるも、今しがた感じた消えそうな感じは消え、いつも通りの姿が目の前にはあった。
そんなびっくりしている彼女に「今にも消えそうだった」だなんて頭のネジの吹っ飛んだ事は言えないので、自分の思い違いや見間違いだったのかと考えて「いや、何でも無い」と言葉を紡ぐだけ。
すると彼女は僕の表情を見て何かを察したのか、少し寂しさを含んだ笑みを向け、「ちょっと話そっか」と言って河川敷の出口である階段へと向かった。
その間に彼女との言葉を交える事すらなく。どこか重苦しい雰囲気が僕と彼女の間を支配しており、周りに漂っている賑やかでいて穏やかな雰囲気は障壁に阻まれて入れなくなっているかの様に感じる。




