一話
死ねと言わんばかりにジリジリと照りつける太陽。所々ひび割れているコンクリートの道路から立ち上る陽炎は、ユラユラと揺らめいてこの猛暑を浴びる歩く僕をけたたましく嘲笑っていた。
少しでも涼しくなればと頭に小さめのタオルを被せ、容赦なく照り付ける日光に僅かな抵抗を示していても、その結果が出ているのかはイマイチ実感できそうにない。
季節は誰が推理するまでもなく酷暑の真っ只中。本来であれば季節が秋に移ろうであろう際に残った暑さと言う用途で残暑と言う言葉が使われる筈なのだが、どうもそれが"残"酷な猛"暑"の略称ではないかと思わせる程であった。
まぁ、今は真っ只中なので、まだまだ残暑という言葉の片鱗すらも伺えない訳なのだが。
夏休みが故の午前中だけの部活動を終えた僕は、宛ら血肉に飢えたゾンビの様にのそのそと歩きつつ家への帰路に着く。
その無駄に威厳だけは醸し出している、嫌という程見た校門を出たすぐの所にある自販機で購入したキンキンに冷えたスポーツドリンクも、この猛暑の中では成す術もなくホットドリンクに変貌を遂げていた。
そんな地獄の様な茹だる暑さに辟易しつつ、汗で失った水分を取り戻す為にスポドリを体に染み込ませるも、その青春の様な爽やかさはとっくのとうに失われ、甘ったるくも少し塩気のあるぬるま湯へと変貌していた。
心中でクソがと悪態を零してみてもこの状況が変化する訳でもなく、前を向いて道路を眺めるもそこにあるのは広大な田畑と森と文明の象徴。
いつもであればボケっとしている間に辿り着く筈の家が、今日はどうも途轍もなく途方に暮れる様な道のりの様に思ってしまう。
……自分で考えていて難だが、何を考えているのかよく理解できない。
"暑くてもう無理だ"と心折れそうになり、ふと横に目を流した所、古ぼけた、誰も手入れをしていなさそうな神社がまるで隠匿されているかの様に森の中に佇んでいた。
昔は立派に聳えていた筈の鳥居は威厳を示していたであろう赤色を剥ぎ取られ、内外を隔てる役割を終えて自然へと戻ろうとしていた。
こんな所に神社なんてあったかなぁ……、なんて考えてみてもこのクソ暑い今、そんな事を考える余裕なんてものは無く。
そんな鳥居の奥に佇む日陰に覆われた本殿はというと、鳥居に負けず劣らず朽ち果てており、まるで周りの木々に護られているかの如く、その揺り籠に包まれそこに佇んでいた。
生い茂る葉の間から差し込む仄かな陽の光しか届かない、まるで水底の様な落ち着いた光景が、砂漠の中に突如現れたオアシスにも思えて魅力的に感じてしまう。
誰に誘われる訳でも、背中を押された訳でもないのにフラフラと覚束ないまま、半ば夢見心地のままを残して勝手に歩みだす。
そのカンカンに熱せられた鉛の様に重たい体を引き摺って鳥居を潜った途端、その"空気"が明らかに様変わりした。日陰に踏み入ったと言うのもあるのだろうが、それでもあまりの涼しさに、まるでいきなりクーラーの効いた室内に足を踏み入れているかの様な感覚に陥った。
本来であればこの異常な感覚に何かしらの嫌悪感を抱く筈なのだろうが、今はそんな事はどうでもよく、取り敢えずこの火照りを超えてオーバーヒート寸前な体を冷やしたいという一心のみが頭を支配した。
鳥居を潜り抜けて本殿へと進む中で、猛暑によって暴れていた呼吸と溶岩の様に湧き上がった血が徐々に落ち着きを取り戻していき、その清涼でいて澄み切った空気が荒さんでいた心を徐々に癒やしてくれる。
今にも朽ち果てそうに軋む階段を数段上り、本来であればお賽銭箱が置かれているだろう場所に腰を落ち着けて後ろへと倒れ込んだ。
揺り籠となっている木々は空の全てをその涼し気な新緑で覆い隠し、隙間から見える大空をまるでプラネタリウムの様に揺れ動かしていた。
そんな聖域とも言える様な厳かな空気に当てられてつい目を閉じてしまいそうになるが、そんな事をしている場合ではない事を思い出す。
"部活の課題をやらなきゃ"。
そう考えても、一向に体が起き上がる気配がない。そして目蓋も段々と落ちて開かなく――――。