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第2話/我等口多美術館にて・その1

 

「はい、到着しました」


 ロクさんが左手の家を手のひらで示す。木造の平屋建ての家は、掃除こそしてあるがかなり古ぼけていて「吹けば飛びそうな」という表現が似合う。

 入り口の横には表札と奇妙な看板がかかっていた。


『我等口多美術館 どなたさまもお気軽にどうぞ』


 木の板に墨で書かれたと思われる、のたくった文字に思わず目が惹き付けられる。佐藤が見ているとロクさんが引戸を開けながら声をかけた。


「ああ、それ当て字なの。『がらくた美術館』よ」


(なんだそれ。くっだらねぇ……でも"我等口多(われらくちおお)し"か……このババアにはぴったりだな)


 佐藤は思わず皮肉げにニヤリとして、そしてその事に自分で驚いた。心の中だけではなく、唇がつり上がるような笑いをしたのはいつぶりだろうか。この老女にはどうも妙なところがあってペースを乱される。


「はい、そっちで勝手に座っていてね。今お茶の用意をするから」


 玄関を入ってすぐ右手の部屋を指し示される。佐藤はコートを脱ぎ、ひとり部屋の中に入ってぎょっと立ち尽くした。


 外からも見えていた大きな掃き出し窓。そこから光が降り注ぎ、照明の必要がないほど明るい部屋。おそらく応接間と呼ばれる部屋だろう。真ん中には向い合わせのソファーセット。奥には衝立付の小さなテーブルと椅子、ちょっとした本棚がある。

 それ以外は……ガラクタだらけだ。

 ところ狭しと石や木の枝で出来たオブジェ? のようなものがある。

 壁には表彰状や感謝状と、子供が描いたとおぼしき絵がぎっしりと貼られていた。


(すんげぇところに連れてこられたな……金も無さそうなババアだと思っていたが、本当に貧乏そうだ。さっさと茶を一杯飲んで終わらせよう)


 佐藤が呆れてソファーにボスンと座る。これも古ぼけては居るがホコリなどはなく、ちゃんと使い込まれている物だった。


「ふふふ。河原よりは座り心地はマシでしょう?」


 突然お茶を持って現れたロクさんが、まるで佐藤の心を読んだような台詞を言うので佐藤は飛び上がりそうになった。


「あ、ああ……」


「紅茶で良かったかしら。他のものも出せるけど」


 デザインに古さはあるが綺麗に使われているティーカップに入った紅茶の横には、湯気を立てた茶が入っている湯呑がある。


「あの、そっちは?」


「え? ススキ茶だけど。興味ある?」


「す……ススキ?」


「そう。秋にそこの土手で摘んだのを炒ったのよ。香ばしくて美味しいの。あなたもこっちにする?」


「ひえっ……いやっ、紅茶で!」


 佐藤は寒気と小さな悲鳴を飲み込み、慌てて紅茶のカップを取ってそれもぐっと飲んだ。紅茶は普通の味だったのでほっと一息つく。


(とんでもねぇババアじゃねえか。土手のススキを摘んで茶にするって? なんだそれ、魔女か? しかも土手って……犬の散歩してるよな……)


 犬が散歩中に土手で排泄をしているところを想像して佐藤は思わず身震いをする。


「あら? 寒いの? やっぱりあんなところで一晩明かしたらいけないわ。よかったらウチのお風呂に入る?」


(……イヤイヤイヤ!! それはマズイ、確実にマズイに違いない!)


 佐藤は慌てて首を横に振る。ロクさんはちょっと残念そうに「じゃあ温まるから紅茶をもう一杯」と言って佐藤のカップにおかわりを注いだ。

 すっかりペースを乱され、二杯目のお茶を飲む羽目になった佐藤は、やはりこのババアは魔女なのではないかといぶかしく思った。


「「「ロクさーん!」」」


 大きな声と共に、佐藤の背後にあった掃き出し窓のガラスをゴンゴンとこぶしで叩く音に彼はまたもビクッとした。振り向くと小学生の男の子が三人、ガラスに貼りついている。


「あらあらはいはい、ガラスが割れちゃうからやめてね。佐藤さん、ごめんなさい。ちょっと待っててねぇ」


 ロクさんは佐藤へ声をかけ、チラシを手に掃き出し窓から繋がる縁台へ、そこから更にサンダルをつっかけて庭に出た。そのまま庭先で会話しているので佐藤にもうっすらと聞こえる。


「ロクさん、俺たち今パトロールしてるの」


「悪い奴を見つけて捕まえてやるんだよ!」


「だから例のヤツくれよ」


「ああ、そうかい。わかったわ」


 ロクさんはチラシを丸めて遠めがねにして三人を見る。


「あーら、悪い人達を見つけたわよ!」


「なんだよ。俺達悪い事なんかしてないけど!」


「私に隠し事をしても無駄よ。昨日沢山宿題が出たのにまだ終わってないでしょう?」


 ロクさんに言い当てられて即座に気まずそうな顔をする三人。一人が強気に言い返す。


「だっ、大丈夫だよ! ちゃんと今日と明日でやるから!」


「そう? じゃあ信用してこれは渡すけど、あなた達のお母さんから聞かれたら、宿題が多いことは話しちゃうわよ?」


 ロクさんがチラシの筒を子供達に手渡す。彼らは明らかに不平を言っている。


「それはやめてよ~、ロクさんおしゃべりだからなぁ」


「なんだっけそういうの……あっ、おしゃべりクソばばあだ!」


「そうだ! 妖怪おしゃべりクソばばあ!」


 ロクさんは笑いながら男の子達を叱った。


「めっ。そんな悪い言葉を使うなんて、やっぱり悪い人達ね! ふふふふ。……あっ、そうだ。やっくんに会った?」


「やっくんて、大和?」


「ううん? 今日はまだ……」


「会ってないよな?」


 三人は顔を見合わせる。


「じゃあやっくんに『私が呼んでる』って伝えておいて」


「うん!」


「わかった!」


「ロクさん、これありがとー!」


 三人はチラシの筒を手に走っていった。


「佐藤さん、ごめんなさいね。近所の子供達なの。元気でしょう?」


「ああ……大丈夫っす。これ、作ったんですか?」


 ロクさんは縁台から再び応接間に戻ってきた。佐藤は部屋中にあるガラクタを指差して訊く。


「ええ。私の作品よ。河原で拾った物を使って作っているの」


 ガラクタは石と枝を組み合わせ、人形や動物などに無理やり模したオブジェのつもりらしい。「象さん」「ダルマ」などタイトルを書いた小さな紙が添えられている。

 世間では『オカンアート』と呼ばれている品だろうか。クオリティは御世辞にも高いとは言えない。


「ふーん……そうすか」


 佐藤は先ほどの子供達とのやり取りをぼんやりと聞きながらガラクタを見て、やはりこの魔女のようなババアは予想通り地域に根差したおせっかいな人間で、こんな物を作るぐらい暇らしいと判断していたのだ。


「おもての『美術館』って、コレが展示物って事っすか」


「ふふふふ。下手くそでしょう?」


「いや、そんな……」


 言葉を濁した佐藤に、ロクさんはにっこりと笑顔を崩さない。


「いいのよ。これはただの趣味なの。枝や石って、()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」


「はぁ……?」


「私はその()()()()()()()()()()()()()()を考えずに、只、見た目が鳥に見えるとか象さんに見えるとか……そんな単純な事だけで作品を作ると癒されるの」


(なんだそれ……哲学とかそういうくだらないヤツか? それか新興宗教的な……?)


 さっきまで「地域に根差したお節介な暇人」とカテゴライズ出来たのに、またその枠からするりと逃げるかの様によく分からない事を言い出したロクさんを測りかね、佐藤は内心で舌打ちをした。


「ねえ、それより佐藤さん、貴方の事よ! そんな若さで家に帰れないなんて何があったの?」


 佐藤はほんの数瞬思案する。どこまで話すべきか。もしこのババアが新興宗教などの勧誘をしてくるつもりなら、こちらの弱みにつけこんでくる筈だ。あまり多くは語らない方が良い。


「……ああ……その……ちょっと、借金があって」


「借金!? いくらなの?」


「……30万。だけど、いつの間にか利息がついて100万円払えって言われていて……」


「……まああ!!」


 ロクさんは今日一番の大声を出し、佐藤は耳がキーンとなった。


「じゃあ、家に借金取りが来るから帰れないって事なの?!」


「はい……そっす……」


「そんなのは違法な金貸し屋だわ。やっぱり警察に行きましょう!」


「いやっ、それは……!」


 すっくと立ち上がったロクさんに、慌てて佐藤も腰を浮かし止める。


「何故? さっきも警察に相談するのは嫌がっていたけど……何か訳があるの?」


「実は……」


 佐藤は躊躇ったが話す事にした。こちらの弱みに漬け込むのでも「信頼できる人を紹介する」とでも言うのでも無く、即座に「警察に行こう」というロクさんならマルチ商法や怪しい新興宗教団体に所属しているわけでもなさそうだと思ったからだ。


「あの……俺実は、悪い事をしたんす」


「悪いこと?」


「100万なんて払えないから……昨日」


「おーい!! ロクさん!」


 またもや庭から客人が現れた。

 ロクさんが窓をカラリと開けると、彼女と同年代であろう冴えないおじさんが大きな木箱を抱え、腕にビニール袋を引っかけてニコニコと立っている。


「今度こそは掘り出し物を見つけたよ! これは絶対に年代物の骨董だから!」


「あらあら、ナベさんまたなの? いい加減にしないと奥さんが怒るわよ」


 ナベさんと呼ばれた男が木箱を大事そうに縁台に置く。箱の紐を解くと中からクッション材に包まれた大皿が現れた。

 灰色が基調で墨絵のような草花の絵付けがしてある。佐藤は遠目に見てフンと小さく鼻を鳴らした。


(クッソ地味な皿じゃねえか。骨董品だと思ってるらしいがせいぜい2~3000円か)


「あらぁ……唐子焼(からこやき)かしらね? とても立派だけど」


「そうだろそうだろ。3万で買ったんだ。でも絶対昔の名品だね。10倍はくだらないよ!」


 ロクさんが赤いジャージの首元のファスナーを下げて、首にかけていた物を引っ張り出す。佐藤は目ざとくそれを見た。小さなルーペのネックレスだ。

 ロクさんはルーペを囲むように左手の人差し指と親指で輪をつくって支え、目の前に持ってきたり少し距離を離したりしてピントを合わせ、右手の皿をジロジロと眺めた。


(チェーンとルーペの金具は金細工か……?)


 佐藤がそう考えた瞬間、まるでそれを見透かしたかのようにロクさんが急に佐藤の方を向いたので彼はびくりとした。ロクさんはそのままナベさんの方を向いてからルーペを目から外した。


「ふーん。3万円ですって? 品代2万円、箱代と送料で5000円、勉強代5000円ってとこだわね」



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