冬鳥のために
冬鳥は夏を北の大地で過ごし、秋がくると南へ向かって海を渡る。
何百キロもの過酷な旅だ。
群れを襲う霙混じりの残酷な雨、旅路を狂わせる強い北風、乾燥した冷たい空気、襲い来る猛禽類。空腹に耐え、翼が千切れそうになりながら、小さな身体を寄せ合い荒涼とした海の上を飛び続ける。
見渡す限りのどこまでも続く灰色の海と空と地平。目を閉じれば思い浮かぶあの場所──翼を休めるのにもってこいの梢、真っ赤な実の生るサンザシの木、芋虫が顔を覗かせる収穫を終えた田畑。そこは旅の目的地、約束の地。
鳥たちはただひらすら前へ前へと飛び続ける。
旅のあいだじゅう代り映えのしない風景の中で、昼と夜だけが規則正しく繰り返され、鳥たちに備わった体内時計の針をコチコチと進めていく。今日もまた真っ赤な太陽が地平から昇り、空と海を照らしながら天頂を過ぎ、そしてまた底なしの深い海へ沈み長く暗い夜がやってくる。
明るい昼間は太陽の差す方向に飛べばいい。鳥たちを惑わすのは月のない夜だ。空を迷う惑星、瞬く恒星だけでは、果てしない旅路を照らす道標にするには心許ない。
それはある夜のこと。
南へ渡るツグミの群れが、星々すらも覆い隠してしまう深い闇に襲われた。臆病な三日月は闇に怯え、その姿をどこかに隠してしまった。
その上運悪く、底意地の悪い北風が向きを変えて強く吹きつけ、群れはいつもの旅路から大きく流された。鳥たちは大混乱に陥り、散り散りに四方八方へと飛びはじめた。このままでは離れ離れになって、真っ黒な海の中に引きずり込まれてしまう。
そのとき一羽のツグミが名乗り出た。
「わたしがあなた方の道を照らす光となりましょう」
「それはどうやって?」
別のツグミが首を傾げながら尋ねた。
「わたしの魂を燃やします。みんなわたしに着いてきて。さあ行きましょう! 南へ!」
ツグミはそう言うと、闇夜に光る星となって空を飛んだ。
その光はあまりに強く、まるで荒れ狂う海を照らす灯台のようだ。
闇は恐れをなし、ついに囚われていた星々を開放した。三日月はおそるおそるその姿を現した。
ツグミの群れはまた元の旅路へと戻り、南へ向かって進路を取ることができた。
群れを率いたツグミは命の欠片まで燃やし尽くし、やがて空から海に向かってはらはらと舞い降りていった。
それから南への旅を終えた他の冬鳥たちは、自分たちが旅してきた夜空を見上げた。そこには無数の流星が途切れることなく光の軌跡を描き出していた。流れ星は群れを率いて北の海に散ったツグミのため、天が流す涙の雫だった。
冬鳥は、毎年この時期になると降る流星群に、かつて自分たちを死の淵から救い出してくれた同胞を思い出す。深い海に沈んでしまった希望の星を。
やがて神様は水底に沈んだツグミの身体を夜空へと引き上げ、ひときわ大きく輝く星として据え置いた。もう冬鳥たちが長い旅の途中で道に迷うことのないように。