学校の七不思議VSバカップル
ラウンド1『真夜中の音楽室に響くピアノの音色』
「あっ! 聴こえてきたみたいだよ、アッキー! やっぱりピアノを上手に弾ける女性って優雅で奥ゆかしい感じがして憧れるよね。私も習ってみたら良かったかな……」
「何を言ってるんだいミッチー! 君の声だって、どんなプロの演奏家が奏でる名曲よりも甘美な響きで、いつも僕の耳を幸せにしてくれているじゃないか!」
「もう! アッキーのばか…… そんなこと囁かれたら心臓がドラムみたいに激しく打ち鳴らされて、ピアノの音が聴こえなくなっちゃうよ……」
真夜中の学校に充満したおどろおどろしい空気を台無しにするような甘ったるい会話を繰り広げながら、廊下を歩いていく満と明の二人。心なしか響いてくるピアノの演奏もフォルティッシモがふんだんに盛り込まれているように感じられます。
「しょうがないだろ、本当の事なんだから。モーツァルトよりもベートーヴェンよりも、僕はミッチーが奏でる魅惑的なメロディーが大好きなんだ」
「アッキーだって誰よりも情熱的な愛の天才作詞家じゃん……」
ついに我慢の限界を迎えてしまったのか、鍵盤を激しく叩きつけたような不協和音と共に、ピアノの音色はピタリと止みました。
ラウンド2『廊下に現れる上半身だけの女の子』
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん、待ってえ……」
呼びかける声に二人が振り返ると、上半身だけの小さな女の子が両腕を使って猛スピードで距離を詰めてきます。あどけない笑顔を浮かべていることが、余計に底知れぬ狂気を際立たせていました。
「こらこら、そんなに急ぐと危ないよ! 廊下は走っちゃ駄目って先生から習っただろ? さあ、兄ちゃんがおんぶしてやるからおいで」
「アッキー……優しすぎ……でも、お兄ちゃんがイケメンで性格も優れてる超完璧な理想の男子だからって、絶対に惚れちゃだめだよ、テケテケちゃん!」
「……えっ……あっ……はい……」
逃げ出すどころか注意をされた挙句、背中に抱えられて気まずそうな少女。本来なら両腕で無防備になった首を絞めつけるところなのですが、一分の隙もない、満の鋭い監視の目になす術がないようです。
「ねえ、アッキー……私も……あとでおんぶしてほしいな……」
「まったく……ミッチーは甘えんぼだね。テケテケちゃんに笑われるよ……ちゃんとお姫様だっこしてあげるから、もう少し我慢しててね」
居たたまれなさが最高潮に達したのか、複雑な表情をした女の子の身体はすーっと薄く透けていき、闇の中へと姿を消しました。
ラウンド3『女子トイレの住人、花子さん』
「アッキー、ちょっとお手洗い行ってくるから待っててね」
「うん、暗いから気を付けなよ」
満は校舎三階の女子トイレに入ると、三番目の個室に三回ノックをしました。
「……花子ちゃん、いる? ねえ、聞いてよ! 今日もアッキーの男らしさが止まらないんだけど! さっきも軽々とお姫様抱っこしてくれてね、二人の顔がすごく近くて、こんなに暗いのに私が真っ赤になっちゃってるのがすっかりバレバレなんじゃないかって心配で……花子ちゃん、聞いてる?」
「……はい……」
「自分なりにダイエット頑張ってるつもりなんだけど、でもアッキーは私を抱えているのに汗ひとつかいてないんだよ? すごいでしょ? 面と向かっては言えないけど、密着してると彼からなんだかいい香りがして、こっそり嗅いじゃった。でも、ひょっとしたら私の方は汗臭くなってるんじゃないかって不安になってきて、それで一応制汗スプレーしておこうかなって……花子ちゃん?」
「……はい……」
「よく吊り橋効果で男女がときめくっていうけどさ、正直隣にアッキーがいてくれるだけで恐ろしさとか全く感じなくなるし、普通に好きって気持ちだけで心が満たされちゃうっていうか……むしろ、どこまで彼に夢中になって染まっちゃうのか分かんないって意味では怖いかもだけど……」
「……ぅぅ……もぅ無理……っらぃ……」
「えっ? 花子ちゃん?」
いよいよ耐えられなくなったのか、赤いスカートにおかっぱ頭の女の子は、個室の中から勢いよく飛び出して、泣きながらどこかへ駆けていきました。
ラウンド4『夜の校舎を徘徊する人体模型』
探索を続ける二人の元に、ゴトン、ゴトンという不気味な足音が近づいていきます。目の前を懐中電灯で照らすと、そこにはぎこちなく動いている人体模型の姿がありました。
「きゃあああ!!」
今まで一度たりとも動じた様子を見せなかった満が大声で叫びました。しかし何故か自分ではなく明の目を素早く両手で塞ぎます。
「い、いきなりどうしたんだいミッチー!?」
「絶対に目を開けちゃだめだよ、アッキー! あの人体模型、女の子だもん! 私以外の裸を見るなんて許さないんだから! ……あなたもあなたよ!」
急に怒りの矛先を向けられ、ぎょっとする人体模型。
「私が腹を立ててる理由は、その裸でアッキーを誘惑しようとしたからだけじゃないわよ! あなたも立派なレディーなんだから、自分を安売りするようなことしてはダメでしょ!」
「……ごめんなさい……」
よく分からない理由で叱られてシュンとしつつも、満が自分を一人の女性として対等に扱ってくれたことに、どこか嬉しそうな人体模型は、僅かにはにかみながら自身の身体を手で隠し、そのまま踵を返し去っていきました。
ラウンド5『水中に引きずり込む子どもの霊』
「次はプールだったね」
「うん! ねえ、アッキー。更衣室で着替えてくるから先に行っててくれる?」
「え? ……そのままじゃだめなの?」
「そんな……酷いよ、アッキー!! わざわざ今日のために可愛い水着選んできたのに!! ちょっとでもスタイルよくなろうとして運動も食事制限もしてたんだよ……」
うっすらと涙を浮かべた満に批難されると、しばし考え込んでいた明は思い切ったような表情で口を開きます。
「こんなことを言うと、すごく器が小さい男だと思われてミッチーに軽蔑されそうだから黙っていたんだけど……プールには子供とはいえ男子もいるだろ? 僕以外の男に、大事な満の肌を見せたくなかったんだ……」
「……アッキー……ううん、私こそ明の気持ちに気付かなくてごめんね」
「……それに……もし大好きな満の水着姿なんて目の前にしたら、理性なんか一瞬で吹っ飛んで、いろいろと我慢できなくなりそうだから……」
「……別に……二人っきりで誰も見てない場所なら……その……我慢しなくても、いいんじゃない……?」
「……満……」「……明……」
なにやら小学生には不適切な展開になりそうなことを敏感に察知した教員の幽霊によって、水中に引きずり込もうとプールで待ち構えていた子供達は、どこかに引率されていきました。
ラウンド6『段数が変わる階段』
「アッキー、ごめんね……また抱えてもらっちゃって……」
「いや……つい夢中になっちゃった僕のせいでもあるし……」
なぜか非常にくたびれている様子の満を、明が再び横抱きにして階段を昇っています。
「ふふっ……あっ、ここって、たしか階段の段数が増えるんだったよね?」
「そうだね。ま、こうしてミッチーの温もりを感じ続けていられるなら、100段でも200段でも昇り続けられるけどね」
「そんなこと言われたら、また恥ずかしくなって汗かいちゃう……あれっ、もう階段終わった?」
本来12段あるはずの階段が、早くここから立ち去って欲しいという断固とした意思表示をしているかのように11段になっていました。
ラウンド7『美術室のモナリザ』
「最後は美術室か……」
「見つめてくるモナリザに見蕩れたりしちゃだめだよ?」
「大丈夫。僕の瞳には、いつだってミッチーしか映ってないよ」
「私だって……あっ! 今、水着姿の私、思い出してたでしょ?」
「ははっ、ばれたか……」
自分を無視して会話する二人から気まずそうに目を逸らし続けていたモナリザは、深く大きな溜息をついたあと、微動だにしなくなりました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人が全ての仕事を終え校門まで辿り着くと、そわそわした様子で待っていた校長先生が声を掛けます。
「お疲れさまでした! 悪霊たちは、どうなりましたか?」
「僕達二人にかかれば何てことはありませんよ。無事、全員成仏させてきました」
「また何かあったらいつでも呼んでくださいね!」
「さすが、噂通りのお二人ですね! 本当にありがとうございました!!」
こうして、見事学校に潜み怪奇現象を引き起こしていた悪霊を、情熱的な愛の力で撃退してみせた安倍晴 明と蘆屋道 満。現代に蔓延る魑魅魍魎、妖怪変化の退治を生業とする二人の凄腕バカップル陰陽師は一つの影のようにくっつきながら次の仕事現場へと去っていきました。