レベル6:活用できる言い訳
「ぎゃああ!」
私が時計を見て上げた悲鳴に驚いたのか、バサバサと鳥が飛んでいく音がする。
時刻は午前八時過ぎ。今日は月曜日だ。
「遅刻だ!」
私は慌ててパジャマを脱ぎ捨てた。そして制服に着替えようと、クローゼットを開ける。
こんなに寝坊をしたのは久しぶりだ。おそらく、調子こいて夜遅くまでゲームやっていたのが問題だろう。
というか、私はいつ目覚ましを止めたんだ? あと、兄貴はなんで起こしてくれなかったんだ!
「あぁ、もう弁当は買おう」
こういう時、制服がセーラー服だったらいいのにと思う。私の通う学校はブレザーだから無駄にボタンが多くて時間がかかるのだ。
普段からは考えられないほどグチャグチャにネクタイを結んで、急いで髪の毛をブロー。朝食は諦めるしかなさそうだ。
「ああ、起きたのか」
兄貴の飄々《ひょうひょう》とした声を聞いて、もう家を出てしまっているのかと思っていた私は両目を落っことしそうになった。
だって、まだパジャマなんだよ! 兄貴、完全に遅刻だろ!?
「ちょっと、急がなくていいわけ!?」
「急いでも遅刻は変わらない」
私が大げさな慌てぶりで兄貴に言うと、兄貴は今更何をという雰囲気でソファーに座ってテレビをつける。
私はポカンと口を開けて、その呑気な様子を見ているばかりだった。
「どうした? 急がなくていいのか?」
「兄貴見てたら、急ぐのが馬鹿馬鹿しくなってきた」
なんでこんなに急いで学校に行かなきゃならないのか、そんな風に思えてしまうくらい兄貴は普通に朝食をとろうと台所に向かっている。
というか、もうどんなに急いでも一時間目の授業は始まってしまうしね。諦めて私も朝ごはんを食べようかな……。
「ベーコン焼こうか」
「お、有難いぜ」
制服の上からエプロンをつけて私は台所に立つ。もういっそのこと、学校なんてサボろうと思った。たまにサボったって問題はないだろう。あとで学校に電話してやる!
なんて、チキンハートな私は考えるだけで結局学校には行くんだろうけど。
「妹よ、俺は思うのだ」
冷蔵庫からジャムやらバターやらを取り出しながら、兄貴は言った。
私はその様子を横目で見ながら、熱くなったフライパンにベーコンをのせる。すぐにフライパンから、元気になるような香ばしい香りが立ち込めた。
「遅刻の時の言い訳って大切だよな」
「は?」
「そいつのセンスが問われると思わないか?」
なるほど、そういうことか。
遅刻の時、如何にももっともらしい言い訳を言う奴がいる。それは兄貴に言わせると、センスなのか。
私はベーコンの焼かれたフライパンに卵を落として、顔だけ兄貴に振り返った。兄貴は牛乳を片手に私を見ている。
「センスの良い言い訳を考えてみようではないか」
「遅刻した理由を考えていて遅刻しました、とか?」
「ベタだな。もっと良いものを考えろ」
私の発言に“ベタ”という兄貴はよっぽど凄い言い訳を考え付くのだろうな。この野郎、楽しみだぜ。
焼きあがったベーコンエッグを皿にのせ、今度は冷蔵庫から野菜を取り出してサラダを作る。コーン缶も開けてちょっと豪華にしてみよう。
「じゃあ、自転車に乗り遅れました」
「うーん、まだパンチが足りないな」
「なんだよ、兄貴ならなんていうわけ?」
洗ったレタスを手でバリバリ千切りながら、兄貴の答えを待った。兄貴は特に深く考える様子もなく、伸びてしまった髭を指先でさする。
そして、耳に指を突っ込んでグリグリしながら、兄貴は言った。
「ラピュタを追いかけていたら遅刻しました」
お母さん、お父さん、分かってはいたんです。兄貴の言い訳がどうせ意味不明ってことくらい。
でも、聞かずにはいられないって時あるじゃないですか。そこのところは理解してもらいたいです。
「実際に高校で言ったことがあるんだが、担任は何も言わずに席につかせてくれたぞ」
私は恐ろしくて兄貴の高校時代を聞こうと思えなくなった。
兄貴って私と同じ高校なんだよな……。古くからいる先生は兄貴のことを知っているから、私を見て驚いたりする。
顔が全然似ていないから驚いているのかと思っていたけど、もしかして兄貴のこういう性格のせいなんじゃないだろうか。
きっと、先生たちは兄貴の性格に手を焼いたに違いない。正直、心の底から可哀相だ。本気で同情する。
「ならば、こういうのはどうだ?」
私が何も言わずサラダにドレッシングをかけてリビングに向かおうとすると、兄貴はベーコンエッグがのった皿を持ってついて来る。
そして、トーストを忘れたことに気がつき急いで取りに戻って行った。私はロールパンを焼かずにそのまま食べることにして袋を脇に挟んで歩く。
「相対性理論により回りに回って実は先生が遅刻していた、というのが事実です。お分かりいただけましたでしょうか?」
「うわ、酷いなソレ」
「賢そうな言い訳だろ? これも結構いいぞ」
きっとこの言い訳も先生に言ったのだろうな。言われた先生があまりにも可哀想で、私は目から汗を流しそうだった。
牛乳をコップに注ぎながら、私も言い訳を考える。何か良い言い訳はないだろうか……。
「あ、こういうのは?」
「よし、言ってみろ。なんで遅刻したんだ!」
「時間がそんなに大切であるのなら、遅刻の理由を聞いている時間も惜しいとは思わないか?」
ちょっと偉そうに流し目なんかも使って言うと、兄貴は感心したように頷いた。
私はバターをぬったロールパンにかぶり付き、パンの粉にちょっと咽ながら兄貴にどうかと尋ねると、兄貴は悩んだ様子でトーストにジャムをたっぷりのせた。
朝から胸焼けしそうな……っと思うくらいの山盛りである。
「なんというか、腹立つな」
「なんで? 相対性理論と変わらないでしょ」
確かに腹は立つけども。私にしてみたら、兄貴のラピュタもどうかと思うわけで。
私は口の中にロールパンを押し込み、なみなみとコップに注がれた牛乳を一気に飲み干した。
そして、テレビをみて時間を確認。はなまるが始まってしまっているではないか。皿を流しに放り出して、急いで鞄を抱えた。
「お弁当作ってないから買ってね。私、先に出るよ」
「学校に行くのか?」
「何言ってるの。当たり前でしょ」
「だが、今日は……」
兄貴は呆けた顔をして何かを言おうとしていたが、アホ面はいつものことだし、どうせ意味不明なことしか言わないだろうと、無視して家を出た。
サボろうかと思っていたけど、なんだかんだで真面目に学校に行っちゃうのは、兄貴みたいになりたくないからかもしれない。
私はいつものように、ガレージから自転車を引っ張り出し走り出した。いつもの三倍は速く。
―― 今日が祝日だと私が気付いたのは三十分後のことだった。
作者が実際に使用した言い訳です。
みなさんが使った言い訳で面白いものがあったら教えて下さいw