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レベル3:決め事

「妹よ、何故だ」

「何が?」


 特に何かをするわけじゃない夕食後。暇を持て余す私がテレビのチャンネルをあちこちに回していると、兄貴は思いついたように話しかけてきた。

 どうせろくでも無いことだろうと思い、私は適当に返事をする。まぁ、案の定ろくでもないことを言い出したんだけど。


「何故、うちではチャンネル争いがないんだ」

「は?」


 いつもながら意味が分からない。今日は何を言い出すんだ? チャンネル争いがしてみたいのか?

 そもそも争うような理由が全く無いから喧嘩しないんじゃないでしょうか、お兄様。

 私は立ち上がって冷蔵庫から飲み物を取り出しに行く。そして、飲みかけのお茶が入ったペットボトルとコップを持って兄貴の座っているソファーに戻ってきた。


「それは兄貴が基本的にテレビを見ないからでしょ」


 ニュースは新聞で十分。ドラマやアニメ? 何ソレおいしいの? という考えな兄貴。

 自らテレビをつけるのは地震速報か天気予報を見るときくらいである。下手すると、それさえも私から情報を得ようとする始末。そんな奴とどうやってチャンネルを争うってのか知りたいもんだ。

 持って来たお茶とコップを机に置いて、私は一つため息を吐きながら、兄貴の隣に座った。


「そうだ。そしてお前は好きなアニメを見放題というわけで」

「うん、まあ、そうだよね」


 兄貴がテレビを見ない分、私は自由にチャンネルを回していいわけだ。今現在もその状態なわけだし。

 私は一旦、テレビを消して兄貴の話を聞くことにする。単純に面白いテレビがやってなかったから、つけている意味がなかっただけなんだけど。


「妹よ、俺は思うのだ」

「ふんふん、何を?」


 よし、きた合言葉! 今日は何を考えちゃった?

 暇を持て余しているとはいえ、ささやかに期待している自分は、ほとほと兄貴のカオスワールドに汚染されていると思う。

 でも、それはもう戻れないところまで来てしまっているわけで。


「これは兄妹としてどうなのだろう……」

「え、これはってチャンネル争いがないこと? 別に平和でいいんじゃないの?」


 小さなことで喧嘩しなくてすむわけだし、良いことだと思う。争いが少ない方が神経すり減らないし。

 だけど、私の考えは兄貴にとって普通すぎて意味をなさないのだろう。そのまま兄貴は話を続ける。


「駄目だ、一般家庭のキョウダイは週に一回喧嘩をするぞ」

「いや、どこから仕入れた情報だよ」

「お前が見ているお茶の間の人気アニメを参照したのだ」


 ああ、きっと磯野家とかさくら家だな。確かに週に一回くらい喧嘩しているわ。

 我が兄妹は滅多に喧嘩なんかしない。そもそも歳が離れていて喧嘩にならないというか、兄貴がカオス過ぎて私が諦めてしまうというか。

 怒るべき場所がわからない、うん、これが正解だ。一番しっくりきたからこれを採用する。


「ようは週に一回喧嘩するべきだって言いたいの?」

「そういう意味ではない。そもそも、そんなにする必要は感じない」


 じゃあ、どういう意味だよ。と、私は突っ込みを入れようとした右手をぐっとこらえた。

 コップにお茶を注いで一口飲む。もう冷蔵庫から出して時間が経っているから、ぬるくなってしまったな。

 

「妹よ、つまりだな……」

「はあ」


 また意味の分からないことを言い出すぞ、と思いながら私は聞き返す。なんだかんだで構わずにはいられない自分はブラコンなのかと思う今日この頃。

 まあ、長いこと兄貴と二人暮らしだから、そういう感じになっても当たり前かな。

 

「“喧嘩デー”だ。その名の通り喧嘩をする日にち」

「前もって喧嘩する日にちを決めとこうってこと?」

「お前頭良いな。そういうことだ、いい子いい子してやろう」


 褒められても何も嬉しくないぞ。むしろ、当てちゃったことが残念で仕方ないっての。私は頭に伸ばされた兄貴の手を払いのけた。

 ああ、そうですかって私が言うと思っているのだろうか。兄貴の頭の中を一度完璧に調べてみたいもんだ。

 もしかしたら、小人とかが住んでいるんじゃない? いや、間違いなく住んでいるだろう。絶対に薪とか割っている。


「よし、月に一回。第二土曜日に“喧嘩デー”を作ろう」

「てか、なんで平和な家でわざわざ喧嘩しなきゃいけないの?」


 立ち上がった兄貴のズボンを引張って私は言った。兄貴はきょとんとした顔で私を見ている。

 普段から喧嘩する理由もないし、日にちを決めたところで喧嘩なんて出来ないだろうに。


「いやだなあ、そんなの俺がやりたいからに決まっているじゃないか」


 今大人気のアイドルもビックリしちゃうくらい、美しい微笑み。一瞬、兄貴の背後に薔薇の花が見えちゃったよ。そんな笑顔でなんつー理不尽なこと言ってんだ、このダメ兄は。

 私は思わず、さっと立ち上がって兄貴の顔を目掛け右ストレートを繰り出す。しかし、兄貴はそれを難なく受け止めた。


「私に拒否権は存在しないのか?」

「兄の意見は尊重するべきだ。次の月から始めるぞ」


 ああ、お母さん。兄貴は独断政治の人のようです。兄貴に人権というものを教えてください。

 楽しそうに鼻歌を歌っている兄貴。マジックでカレンダーに何かを書き込んでいる。そんな姿を見ながら私は一つ声を漏らした。


「まぁいいや。すぐに飽きるでしょ……」



 ――次の月、第二土曜日。時間の流れは人の記憶を惑わせるもので。



「ん、あれ? 兄貴、これなんだっけ?」


 早朝、兄貴のお弁当を作りながら私は首をかしげた。

 私に呼ばれて寝ぼけた顔の兄貴が、カレンダーに書いてある癖のある字を見て、やっぱり首をかしげる。


「俺の字だな……。なんだったけ?」

「私が聞いているのに」


 質問を質問で返されて、私が呆れながらフライパンの上のウインナーを転がした。

 兄貴はひげの生えた顎をさすりながら、眉間にしわを寄せてうなる。


「はて……なんだったかな……」



 ――カレンダーに書かれた文字は“喧嘩”。私がこの意味を思い出したのは二日後のことだった。

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