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レベル2:イメチェン

「妹よ、何故お前は髪が長いんだ?」


 黙って本を読んでいたかと思うと、いきなりの問いかけ。私はソファーに寝そべった状態で兄貴の方を見た。

 床に座っている兄貴は私を一直線に見ていて、指先で本の角を忙しなくいじっている。


「なんでって、別に意味はないけど」


 兄貴は音を立てて本を机に置き、ズルズルと這うように私が転がっているソファーに近づいてくる。

 その姿はさながらB級ホラーのゾンビ。気持ち悪いのではなく、むしろ滑稽で面白い。

 兄貴が何を聞きたいか知らないけれど、私は特別な意味があって髪を伸ばしているわけではない。なんというか、長い方が束ねられて楽だからとかそんな感じ。


「妹よ、俺は思うのだ」

「そうか、何も考えるな」


 いつもの合言葉を今は聞きたくない。ちょうど読んでいる漫画が、良いところに差し掛かっているのだ。

 そっとしておいてくれ、と言うより先に兄貴は私の体を揺さぶり、続けて言った。


「兄の悩みよりも漫画が大事なのか! なんて薄情な奴だ。お兄さんはお前をそんなふうに育てた覚えはありません。何処の子ですか!」

「ああ、もうわかった、うるさい! 聞く聞く!」


 なんて大げさな奴なんだ。そもそも私は兄貴に育てられたわけじゃ……いや育てられたようなものかも知れないな。

 兄貴に育ててもらわなかったら、こんな可愛げのない子にはならなかったはずだ! っと言っておく。

 ちょっとウザくなってきたので仕方なく私は漫画を閉じ、起き上がってソファーに座り直した。


「で、何を思ったわけ?」

「ああ、髪型を変えようと思うんだ」


 跳ねた髪を手のひらで摩りながら兄貴は言う。そういえば、耳に髪がかかっている。だいぶ髪が伸びてきてんな。


「へぇ、どんなふうに?」

「それを考えて欲しい」


 私はパーマをかけても三日でストレートに戻るという強豪な髪だが、兄貴は重力に逆らった天然パーマで羨ましいくらい柔らかな髪。

 普段は短めに切り揃えていて伸びてきたらバサッと切るという、なんとも簡単な髪型なのである。


「具体的にどうしたいとか、そういうのあるの?」


 どちらかと言えば、オシャレに気を使わない兄貴。ちょっとでも気を使ってくれるなら、妹としては喜ばしいことだし相談にのろうと思う。

 なにせこっちが何も言わなかったら、首がグダグダになったTシャツを着て、天パだというのに髪に櫛も通さず外に出るスーパー無神経な男だ。

 

「そうだな。取り合えず」

「……は? なんて?」


 私は聞き間違えたのかと思い、兄貴を見つめた。だが、兄貴は同じことを二回言って私の返事を待った。

 私はぽかんと口を開けて、目をパチパチさせる。気持ちは池でエサを貰っている鯉みたいな? いや、ちょっと違うか。


「え、そんなの普通にやればいいじゃん」


 兄貴の口から飛び出したのはいたって普通の言葉だったのだ。いや、兄貴にとっては一大決心だったのかもしれないけど。

 私にしてみれば兄貴のことだから、そりゃもう天地がひっくり返るような凄くばかげたことを言い出すと思ったのに、拍子抜けだ。


「どうだろう?」

「いいんじゃないの? 髪染めるくらい」


 そう、兄貴は髪を染めたいと言ったのだ。今まで一度も色を抜いたり染めたりしたことが無い兄貴。むろん、私もしたことが無い。

 意外に真面目な我ら兄妹は、校則に引っかかるような行為を一度もしたことがなかったりする。

 私はスカートの長さまで規定ピッタリだし、長い髪の毛はしっかりみつあみにして学校に行くくらいだ。


「似合うかな?」

「そうだな、赤茶とか似合うんでない?」


 今まで見たことがないわけだし、やってもらわないと分からないというのが本音。私は兄貴のやわらかい髪の毛を弄りながら考えた。

 というか、ちょっと興味が出てきた。見て見たいじゃないか、赤茶髪の兄貴。カッコイイような気もする。


「というわけで、俺はこれから美容院に行って来る。赤茶でいいんだな?」

「気が早いな! でも、まぁいってらっしゃい」


 兄貴的オシャレな黒いジャージに身を包んで颯爽と家を出て行った兄貴だが、思い立つまでが嫌に早かったと思う。

 ちょっと不思議だが、よっぽど髪型を変えてみたかったのだろうと納得しておく私。何かに発色されたのかもしれない。


「ふははは」


 出て行ったと持ったらすぐに戻ってきた兄貴。ゲームのラスボスみたいな笑い方して、一体なんだってんだ。

 きょろきょろとあったりを見回して、何かを掴みあげた。


「財布忘れたぜ」

「アホか」


 やかましい、と一言。そして、今度こそ家を出て行った。



 


 兄貴が家を出てからどれくらい経っただろうか。初めて髪を染める時は時間がかかると聞くから遅いのは仕方ない。

 出て行ったのが昼過ぎだったし、私が夕飯の支度を始める頃になっても帰らないのは本当に染めている証拠だろう。


「たっだいま〜。どうよどうよ?」

「あ、おかえり。おお!?」


 私が今日の夕飯のメイン、トンカツ作りに取り掛かろうとした時、意気揚々と帰ってきた兄貴。見事なまでに真っ赤な髪の毛!

 おまけにストレートパーマもかけたようで、重力に逆らって跳ね回っていた髪の毛は綺麗に真っ直ぐになっていた。

 長さは残したままなので、兄貴とは思えないような今時の風貌。兄貴は結構な長身だから、一見モデルでもやっていそうだ。これでジャージじゃなかったら惚れるところだな。


「やば、カッコイイじゃん! 超似合う」

「おお、マジか! 良かった良かった」


 ご機嫌な兄貴。そして、ちょっと兄貴を見直した私。いやはや、まさか赤茶じゃなくて真っ赤にしてくるなんてね。

 いつもこれくらいオシャレに決めてくれていたら、街中で女の子に振り返ってもらえるのにな。今と違っていい意味で。

 思い切りがいいな、なんて思いながら私は苦笑して、夕飯を机に並べるのだった。


 ――だが、事件は次の日に。唐突なのは世の常で。


「ん? あれ!?」


 仕事から帰った兄貴の髪の毛を見て、私は絶句。開けようと思って持っていたツナ缶を足に落としてしまった。左足の小指というピンポイントなところ当たったから、物凄く痛かったのだけど、それ以上に今見た兄貴に衝撃を受けていた。

 なんと、綺麗に染められストレートになった兄貴の髪がバッサリ無くなっていたのだ。朝は確かにあったし、あんなに兄貴も気に入っていたのに! 同僚に感想求めるんだ、なんて楽しそうだったよね?


「いやあ、仕事でひっかかっちゃって……」


 ガックリと肩を落とす兄貴。私がそれより肩を落としたのは言うまでもないだろう。



 ――社会人の鉄の掟、身なりは派手すぎず綺麗であること。

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