8 侍女に聞かれてました
クトラが来てからはまるで実家に居るときのように、クトラが部屋に遊びに来て一日中しゃべり倒すという日々を過ごした。
お兄は毎朝挨拶するために部屋を訪れ、夕食を一緒に食べられるときは二人で取るようになった。会えなかった四年分を埋めるかのように、昔話に花を咲かせた。
そんな日々を過ごして、後宮に入って何日かして気がついたことがあった。
すぐに気がつかないフィーリアもヌケていると言われればそうなのかもしれない。
そう、後宮での生活が、実家での生活とまったく変わらないということに。
実家では花嫁修業という名の勉強時間以外は、クトラが遊びに来ておしゃべりして過ごしていた。
今はその勉強時間がなくなってその分暇になるはずが、一週間に一度しか会えなかったクトラが現在同じ敷地内にいるため、毎日遊びに来るクトラと会って話し始めてしまうと、いつの間にか一日が過ぎていた。
ここまで言えば分かると思うけれど、クトラとの時間が楽しすぎて、何のために後宮に来たのかを忘れていた。
何のために後宮に来たのか……、それは後宮のドロドロを見るためだったはず。
お父様の決めた相手に嫁ぐ前に、一度くらい楽しみがあってもいいのではないかと。そう思って来たはずなのに……。
こういう言い方をすると、今まで楽しみがまったくないように聞こえてしまうかもしれないけれど、そんなことはない。お父様からは溺愛と言われるほど愛されていたし、生活も勉強をしっかりとしていれば、そこまでの拘束はなく自由に出歩いても良かった。一緒に出かける相手はクトラだけだったけれど。
「淋しい奴だな」と脳内に声が響く。……聴いたことのある声だなと思えば、昔お兄に言われたんだった。
しょうがないじゃんね? わたしの周りにはクトラしか同じくらいの歳の子はいなかったんだからさっ。
記憶の中のお兄に突っ込みを入れても、空しいだけだった。
いや、違う。今考えなきゃいけないことは、目的を忘れ、結局クトラとだけ会っていたことが問題だった。
いや、それも違う。クトラと会うことがいけないわけじゃなくて、他の妃候補者の様子を見に行かなかったことが問題なのだ。
後宮に入ってからのことを思い返すと、頻繁に会っていたのはクトラと国王陛下であるお兄だけ。
それ以外では、挨拶に来てくれた時に話しただけのニルン様とウルミス様。この二人には通路ですれ違ったり、離れたところにいるのを見て会釈しただけだった。
そこまで思い出して自分の不甲斐なさに落ち込む。
ありえない。ありえないよね? 本当に何しに来たのだろうか。
とはいえ、騒ぎが起きないから、気付かなかったとも言えるのではないのだろうか。
後宮内の空気はお兄の人柄のせいか、なんだかほんわかと温かい空気が漂っているというか。朗らかな居心地のいい空気が満たしているというか、そんな感じがするのだ。
それにニルン様もウルミス様も、みんないい人っぽくて、これから本当にフィーリアが読んだような展開になるのだろうか?と疑問に思ってしまう。
「なんだか、思っていたのと全然違うんだよねー」
「何がですか?」
フィーリアの独り言に、問う声がした。どうやらいつの間にか声に出していたらしい。
「えっ? あー、物語のようなドロドロが見れると思ってたのに、全然そんなことなくてつまらないなーと」
まさか聞かれているとは思ってなくて、フィーリアは考えていたままを口にしていた。
その言葉を聞いたラマは呆れたような顔になった。
いや、わかっているんだよ? 問題が起こらないほうがいいということくらい。でも、ラマだってそれを楽しみにして後宮に来たことを知っている筈なのに、その反応は酷いと思うんだよね。いや、今まで忘れていた分際で何言っているんだという呆れなのかもしれないけどね。
「……そんなに見たいのですか?」
「えっ? いや、見たいか見たくないかと言われると、見たいけど。──でも、わたしが見たいのは一途に愛する王様と困難を乗り越える女性のハラハラドキドキだからね? そのスパイスとして一人の王様をめぐってのドロドロが必要だと思っているだけで……」
「…………ふう、わかりました」
わかりやすくため息までつかれて、ちょっと悲しくなる。
物語と現実が違うことくらいわかっているけど、少しくらい夢見たっていいじゃないか。