62 アピール作戦 4
はあー、そろそろダウール様が来る頃かな……。
ラマが夕食の支度をしている音が聞こえてきて、否応なく緊張していく。
勉強先から帰ってきたあとフィーリアの鼓動は不整脈のように乱れまくっていた。好きと自覚してからの初対面になる。ダウール様を待つ時間が経過すればするほど、どんな顔していいのか、どんな態度をとればいいのかわからなくなっていた。意味も無く鏡で自分の姿を確認したり、歩き回ったりして、ラマに生暖かい目で見られた。
コンコン。
ノックの音が響く。
ラマが対応に行くのを見て、さらに緊張が高まった。
ああ……、心臓の音がうるさい。口から心臓が飛びでそうだ。
鏡をもう一度覗き込んでから、ラマに綺麗にしてもらった姿をより美しく見えるように、姿勢を正して待った。
すぐに靴音がして、ラマの後ろにダウール様の姿が見えた時、自分の心が会えたことに喜ぶようにトクトクと音を立てた。どんな顔で会えば……なんて悩んでいたけれど、心は正直なもので会えると思っただけで嬉しかった。
しかし、ダウール様の表情を目にして、フィーリアは固まった。部屋に入ってきたダウール様は無表情で、フィーリアを一目見ると眉間にしわを寄せたのである。
「待たせたか?」
「ちょうど良いタイミングだよ」
「そうか」
ダウール様の顔に始めから笑顔がないのは珍しい。先ほどまでとは違う妙な緊張感を覚えた。
「お仕事、お疲れ様」
「ああ、フィーリアも勉強頑張ってるみたいだな」
「うん。ご飯もう準備できてるよ」
「そうか。温かい内に食べないとな」
ラマに椅子を引かれて席に着く。
座るときにドレスに触れて、ダウール様が今日の装いに何も言わなかったことに気づいた。
見た目を少し変えたくらいではやはりどうにもならないのだと、無反応が答えなのだと言われたような気がした。警備兵たちは見た瞬間に過剰ともいえるほどの反応が返ってきたのに。
何か言ってくれるだろうと無意識に期待していたみたいだ。
「いただきます」
「いただきます」
食事を始めてからも、ダウール様はピリピリとした空気を発していた。
フィーリアはとてもではないが、ダウール様が気になって話しかけられなかった。
半分くらい食べ終わった頃、ダウール様が口を開いた。
「今日は訓練場に見学に行ったんだろう?」
「うん」
「……その格好でか?」
「そうだよ」
触れられないと思っていた今日の装いの話になって、落としていた視線を上げた。
そこには探るような難しい顔をしたダウール様が、フィーリアを見つめていた。
「ダヤン殿と関係があるのか?」
「お父様?」
なぜここでお父様の名前が出てくるのだろう?
「いや、ダヤン殿に何か言われたのかと……」
「お父様には何も言われてないけど」
期限付きでダウール様を墜とせとは言われたけれど、これはフィーリアが言い出したことへの返答だから。というか質問の意図がわからない。
「じゃあ……なぜ、突然、そんな格好をすることになったんだ?」
今はもう眉間にくっきりとしわが寄ってしかめ面をしている。
不機嫌なのは間違いない。
というかなんでこんなに不機嫌なのだろう……。
今日の装いに気づいていたのに、いつものようにからかっても来ない。
まるで尋問されてるみたいで、なにかこの装いに問題でもあるのだろうか?
まさか仕事場に勉強に行くのに相応しくないから怒ってるとか?
……訓練場では、比較的好印象だったんだけどな。最後はみんなに笑顔で見送られたし。
確かに騒がせて訓練を一時中断させてしまったのは申し訳なく思ったけれど。もしかしてその事で警備兵から苦情が届いたのだろうか。
理由……、理由ね。
「セイリャン様のこともあって、妃候補の品位を向上させようと思って……」
「なにもそんなに変えなくてもいいんじゃないか?」
さすがにダウール様のためにとは恥ずかしくて言えないから、嘘ではない無難な答えを返すと、即座に否定されてしまった。
それはオシャレをする必要はないということだろうか?
オシャレを全否定されて、心が傷つく。好きと自覚する前は流せた言葉も今は深く突き刺さって傷口を広げた。
「お嬢様は陛下に相応しいように、装いにも力を入れることにしたのです」
落ち込んだフィーリアを見たラマが、援護射撃をした。
ありがたい、とてもありがたいけれど、直球過ぎではないだろうか。
これでは好きと言っているのと変わりはないのでは?
アピールはするけど、まだ好きと伝えるには早い気がする。
ダウール様の反応が恐くて、視線を彷徨わせた。
「俺のため?」
思ってもないことを言われたとでもいうように、目を瞬かせた。
「本当か?」
確認するように改めて問われて、羞恥心から視線を外して早口で捲したてていた。
「そうだよ。ダウール様に恥をかかせちゃダメでしょ。わたしはダウール様が選んだ妃候補という立場なんだから」
なんか仕方なくみたいな言い方になってしまった。
ここでダウール様のためと自分から言えたら良かったのに、素直になれなかった。
好意を伝えるって難しい。前は言えたはずなのに……。
「そっ、か。俺のため、俺のためか」
噛みしめるように何度も繰り返すダウール様は、なんだか嬉しそうだ。機嫌も直ったようで刺々しさがなくなっていた。
「フィーリア、とても似合ってる。すごく可愛いよ」
先ほどまでの不機嫌さはまるで無くなり、掌を返したように褒められて困惑する。
否定されて落ち込んで、褒められて喜んで、フィーリアの心はダウール様の機嫌に振り回されっぱなしだ。
それなのに心は可愛いと言われて、すぐ嬉しくなってしまう。本当に恋心って厄介だと思う。
ダウール様はそんなフィーリアにお構いなしに、笑顔で褒めたと思ったらすぐにまた難しい顔をする。
「でも、やっぱりやり過ぎなんだよな……」
「お嬢様が綺麗になることを否定なさるのですか?」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてな」
「では、どういうことですか?」
「いや、だから、そういう可愛い格好は俺──」
ラマの追及に、言葉の途中で途切れさせたダウール様は、フィーリアを見て視線を彷徨わせた。
「だから、程々にというか、……皆に見せなくてもいいんじゃないか」
「着飾った姿を皆に見てもらわなくて、誰に見せるというのですか?」
「それは……、そう、だから、皆に見せる前に俺が確認する。俺がいいと思う基準になったら皆に見せればいいんだ」
ダウール様はどうだ、名案だろうというように胸を張っている。
けれどフィーリアにはダウール様の言いたいことがまったくわからなかった。
結局、ダウール様は何を言いたいのだろう?
オシャレはしていいの? いけないの?
頭の中で頑張って咀嚼していると、ラマがばっさりと切り捨てた。
「なんと言われようと、お嬢様を美しく着飾ることを止めるつもりはございません」
「……あのな」
「妃候補の品位を向上させるためですから」
フィーリアが口にした理由をラマは挙げた。
「ひいては陛下のためです」
「……意地が悪くないか?」
「意気地のない誰かさんに言われたくはございません」
「ぐっ」
ラマの言葉に、ダウール様は痛烈な一擊を受けたようだ。
結局、オシャレはラマによって続行に決まったようだけど、フィーリアにとってはダウール様が嫌ならしたくない。オシャレを否定されるのは辛いことだけれど、ちゃんと確認はしておきたかった。
「ダウール様はわたしがオシャレすることに反対なの?」
「そんなことはない」
焦ったようにダウール様は否定した。
「でも、今日の格好はダメなんでしょう?」
「そんなことないから。いや、似合ってる。とても可愛い。さっきも言っただろう?」
「でも、問題があるんでしょう?」
ダウール様に見せて、基準値に達したらみんなに見せていいと言っていたんだから。
「いや、問題はない。存分に着飾ってくれ」
取り繕うように言われたようで、すぐには納得できない。
あれだけ渋っていたのに? 本当だろうか。
「……迷惑になったりしない?」
「フィーリアの可愛い姿が見れるのは嬉しいさ」
くっ……。
笑顔つきで言われて、鼓動が跳ねる。
こういうときにさらっと言うのはいつものことながら卑怯だと思う。妹分としてしか見られてないから、ダウール様は何でもないことのように言えるんだよね。それで喜んでしまう自分の心も単純なんだけど。
「本当に?」
念のためもう一度確認すると、ダウール様は立ち上がってフィーリアの隣に立つと、エスコートするように手を差し出した。
「ああ。折角だからしっかりと見せてくれないか?」




