5 王様が来ました
「お嬢様、国王陛下がいらっしゃいました」
「えっ?」
ウルミス様が帰った後は来客もなく、ラマは中断していたフィーリアの部屋の確認を進めていた。
その間フィーリアは邪魔をするわけにもいかなかったので、大人しく窓から見える景色を眺めて時間を潰していた。来たばかりでその辺を探索するのは流石に良くないと思い、出歩きたい欲求を抑え、静かにお茶を飲みつつ窓から見える風景を観賞した。
陽も暮れて、室内に灯りが灯され始めた頃になると、ラマもようやく一段落ついたのか、フィーリアの元へと戻ってきた。そして、夕食の支度をいたしますと言って、テーブルの上に並べられていく料理を見て驚いた。とてもひとりでは食べきれる量ではない料理の数々が、テーブルの上に並んでいた。もしかしなくとも、お城ではこの量が一人前なのだろうか。だとしたら、次からはもっと減らしてもらおうとラマを呼ぼうとしたら、国王陛下の来訪を告げられたのだ。
「お兄が来たの?」
「はい。お通ししてよろしいですか?」
「お願い」
フィーリアの返事を聞いたラマは、すぐにお兄を連れて戻ってきた。
「おう、ちょうど良いタイミングだったみたいだな」
部屋に入ると同時に、お兄はテーブルの上に並べられた料理を見て、笑顔になる。
「旨そうだな」
そういって直ぐさまフィーリアの向かいの席に座った。
当たり前のように席に座るお兄を見て驚く。
「もしかして、一緒に食べるの?」
「そうだが、聞いてないのか?」
不思議そうに見返すお兄を見て、フィーリアは事情を知っていそうなラマを見る。
「仕事が終わったら、いらっしゃると伺っておりました。しかし、その伝言を伝えにいらした侍従は無理でしょうとも仰っておりましたので、確定になるまではお伝えしないことにいたしました」
お兄に対しては何故か昔から厳しいラマは、曖昧なものはないものとして扱っていた。今回も確証が得られるまではフィーリアに伝えるつもりはなかったのだろう。実家にいれば、必ずお兄が直接来る前に連絡が入るけれど、お城ではまだ伝達がしっかりしていないということだろうか。
……それとも、まだ仕事が終わっていないのに来たのだろうか。
「そうなんだ」
フィーリアはお兄に向き直り、一応確認してみることにした。
「お兄、お仕事終わったんだよね?」
「……まあな」
僅かな間があった後、首の後ろをなぞっている。後ろめたいことがあるときの仕草だった。
「本当に?」
フィーリアの疑うような視線に、すぐに観念するように息を吐き出し、非を認めた。
「──明日、やるから大丈夫だ」
そして目の前にある料理を食べ始めた。
「それよりも、冷めないうちに食べないとな。──んー、フィーリアと食べる飯は旨いなあ」
どうやら強引に話題を変えるつもりのようだ。
呆れて見ているフィーリアの前で、一口二口食べると「これ旨っ」と言って、料理を夢中で食べ出したお兄に、とても心配になってきた。
……もう、本当に大丈夫なのだろうか。
じっと見つめて動かないフィーリアに、お兄は不思議そうに食べていた手を止めた。
「食べないのか? 旨いぞ?」
フィーリアの心配をよそに、またパクパクと動くお兄の口の中に料理が消えていき、テーブルの上にあった料理がどんどん減っていく。
「……食べるけど、──いただきます」
心配する必要がないかのようなお兄の姿に、一度息を吐いてフィーリアは目の前の料理に目を向けた。
湯気が立ちのぼるスープ、新鮮な野菜たっぷりのサラダ、食欲をそそる香ばしいソースがかかった肉料理。他にも色とりどりの料理に、フィーリアのお腹が刺激されて、気がつけば夢中で食べていた。
多いと思っていた料理の大半は、お兄の為に用意されていたようで、三分の二をお兄が食べ、たくさんあった料理は綺麗になくなった。
お城の料理は、実家の料理に負けず劣らずとても美味しかった。
「お茶をご用意いたしました」
食事が終わったところでラマに声をかけられ、お兄とフィーリアはゆったりと座れる長椅子へと移動した。その前にあるテーブルにお茶を用意すると、ラマは食事を終えた食器を片づけ始めた。
一口お茶を飲んだお兄は、フィーリアに向き直った。
「それにしても、本当に綺麗になったな」
突然真面目な顔をして、お兄の手がフィーリアの顔に伸びる。
すると、ラマから鋭い咳払いがする。それを聞いたお兄はピタリと伸ばしていた手を止めた。
「本当に俺には容赦ないよな」
「お兄?」
「何でもないさ」
そう言うと、お兄は座っていた長椅子に身体を投げ出して横になる。
ダラッと手足を広げて寝転んだ姿はとてもだらしなかった。そんな姿を見ると、本当に国王陛下になったのか疑問を感じてしまう。国王陛下ってもう少し威厳とか必要ないのだろうか。
まあ、四年前まではよく見ていた姿なのだけれど。
「なあ、フィーリア」
「なぁに?」
「……気になる奴とかいたか?」
窺うような物言いに、お兄を見つめる。
気になる奴?
それは同じ妃候補者の中で、という意味だろうか?
「二人……」
「二人?!」
ガバリと起き上がり、フィーリアの肩を掴む。
「誰だ?」
「ニルン様とウルミス様」
お兄が自分の妃候補を知らないとは思えないけれど、フィーリアからの印象も聞きたいのだろうか。
そう思って、口を開こうとしたフィーリアの前で、お兄が深いため息をついた。
「いや、大丈夫だ。知っている」
「そう?」
「ああ」
お兄は疲れたように、また長椅子に横になった。ぐったりした様子に仕事の疲れでも出たのかと流石に心配になり、ラマにかけるための布を持ってきてもらうようにお願いする。少しの間だけでも休んで元気になってもらおうと思った。