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57 自覚 3

  ◇ 


 午前の勉強時間が終わり、午後は自由時間だったので気分の優れなかったフィーリアは自室でぼぅっとしたまま過ごしていた。

 自分の気持ちがわかったけれど、わかってしまったために気が滅入っていた。忘れるしかない気持ちだとわかっているのに、気持ちが切りかえられない。

 口からはため息が零れる。


「フィー、遊びに来たよー」


 勢いよくあいた扉の音とともに、クトラの元気な声が部屋いっぱいに響いた。


「クトラ」


 突然現れたことに驚き、振り返る。

 いつものことだったけれど、今日は誰とも……、例えクトラであっても話したくなかった。というよりも誰かと会話できる気がしなかった。


「……クトラ、ごめん。今日はちょっと一人でいたいなって……」

「だから来たの」

「……え?」


 だからと言われて、どういうことだろうとクトラを見れば、ちらりとラマに視線を向けた。それだけでわかった。ラマが心配して、気を回してクトラを呼んだことに。


「何かに悩んでるんでしょ?」


 その通りなので否定も出来ない。


「一人で解決できないから悩んでるんでしょ? わたしに話せば解決するかもよ?」


 促されるように言われて、塞いでいた気持ちが揺らぐ。


「悩みの原因はダウール? それともウルミス様?」


 フィーリアの反応を確かめながら確信を持って問いかけられ、要因までズバズバ言い当てられて言葉に詰まる。


「それか、ダウールを好きなことに気づいたとか?」

「なんで……」


 なんでわかっちゃうの?!

 クトラの鋭い指摘に、絶句してしまう。

 言葉を紡げなくなったフィーリアを見て、軽くため息を吐くと、クトラはラマに合図を送る。すぐにラマは二人分のお茶を用意してから退室していった。


「座って」


 言われるまま椅子に座る。


「お茶飲んで」


 言われるまま、一口お茶を飲んだ。

 ゆっくりと染み渡るお茶に、ほおっと息がつけた。


「それで? 何に悩んでるの?」


 存外に優しく問われて、胸につかえていた気持ちを吐露していた。


「……好きな気持ちをどうすればなくせるかな……」


 フィーリアの心を表すように暗い声が出た。


「はあ? なくす? なんで?」


 意味がわからないという顔をされ、怪訝そうな声で聞き返された。


「……なんでって、好きでいても苦しいだけだし、ダウール様はウルミス様のこと……好きだって知ってるし……ウルミス様もダウール様が好きなことは知ってるし…………」


 自分で口にして傷つくなんて本当にどうしようもない。

 早くこの気持ちをなくさないといけないのに、その方法が分からなかった。


「だから、なんでなくさなきゃならないの? 好きでいいでしょ。伝えればいいでしょ」

「だから、好きと伝えたら困らせるだけだし、それに……、それに、わたしにはお父様の決めた婚約者がいる……んだよ……」


 口に出してから、重大な事実を認識した。

 忘れていたわけではなかった。なかったけれど、そこまで意識していなかった。だってダウール様を好きだなんて思っていなかったし、後宮には最初は遊びに来ているような感覚だった。ダウール様の妃が決まればハルハ領に戻ってお父様の決めた相手に嫁ぐと思っていたから。

 ……そうだ。フィーリアには始めからダウール様を好きになる資格なんてなかった。誰かを好きになってはいけなかったんだ。だから、自分の気持ちに気付かないようにしていたのだと今更ながら気付いた。今思えば、お兄と呼んでいた時からダウール様はフィーリアの特別だった。その特別という気持ちが恋愛感情の好きだと自覚がないまま、いや、それをフィーリアは無意識のうちにわかっていて、だから恋する気持ちを物語に逃がしていたのだろう。自分の心を守るために。


「ここに来ている時点でその話はないでしょ」

「そんなはず、ないよ」


 だって、後宮に入った初日にダウール様が聞いてきたのだ。念願の後宮に来た気分はと。ダウール様はフィーリアを妃候補として招いてはいない。そんなことを聞いてきたことからも間違ってはいないと思う。お父様と話し合った上で束の間の自由時間をくれただけなのだ。


「それでもここにいるんだから、ダウールの妃候補としての方が優先順位は高いでしょ」

「そんなこと……」

「あるの!」


 ないと否定しようとしたら、逆に否定されてしまった。


「ダウールと交流を深める為に、わたし達は後宮にいるんだよ?」

「それは、そうだけど……」


 他の妃候補はそうかもしれないけれど、フィーリアだけは違うと思う。


「だから、フィーはダウールに攻め込めばいいと思う」

「攻め込むって……、もうウルミス様とダウール様は……想い合っているんだよ?」

「まだ決まったわけじゃないでしょ」

「時間の問題だと思うんだけど」

「挑戦する前から諦めるの?」


 諦めるの?と言われても、フィーリアがダウール様に気持ちを伝えるには問題が山積みなのだ。

 フィーリアにはお父様が決めた結婚相手がいるし、それにみんなにはウルミス様とダウール様が想い合っているのだから妃候補を辞退すると伝えている。それなのに今さら好きだから妃候補を辞退しないと言うのは迷惑でしかないと思う。今まで散々セイリャン様が城内を引っかき回して迷惑をかけ、やっとその騒動が終わったところなのに、またフィーリアがウルミス様と妃の地位を争うことになるなんて、そんな迷惑になることはしたくなかった。無責任にもほどがあるし、自分勝手が過ぎると思うのだ。


「本来、競うために複数の妃候補を招いているんだよ? 好きだと伝えるくらい構わないでしょ? 選ぶのはダウールなんだから」


 その言葉が胸に突き刺さった。それは前にフィーリアがクトラに対して思っていたことだった。クトラがダウール様を好きだと勘違いしていたときに、玉砕するとわかっていても止めなかった。どちらかというと気持ちのけじめをつけるため、納得するまで挑戦すればいいと思っていた。それが今すべて自分に返ってきた感じがする。反論したくても出来ない……。

 それでも負けるとわかっているのに頑張ろうと思うことが出来なかった。


「フィーが好きな物語のヒロインはこんな時どうしているの?」


 そう冷静に問われ、脳裏に様々なヒロインの奮闘が甦ってくる。

 どの物語のヒロインも正々堂々と苦難に真正面から立ち向かっていた。


「目の前の困難に逃げずに立ち向かっていたよ……」

「そうだよね。フィーはいつも言ってたもんね。ヒロイン、素敵。カッコイイ。憧れる。わたしもそうなりたいって」


 確かに言っていた。憧れのまま、熱に浮かされたように熱弁していたことを思い出す。


「そんなフィーが今はどうなの? ヒロインと同じ立場になって、自分の言葉に責任を持とうとは思わないの? 言葉にしていたのは嘘だったの?」


 嘘なんて言っていない。言ってはいないけれど、初めてヒロインと同じ立場に立つことになって、それがどんなに大変なことなのか身に染みていた。

 どれ程の勇気が必要なのだろう。

 

「そんなに心配しなくてもわたしも手伝うからさ」


 励ますように柔らかな口調で語りかけられて、改めてクトラと向き合った。

 

「頑張ってみようよ」


 後ろ向きな情けないフィーリアを責めているのかと思ったら、一歩踏み出すのが恐いと怖じ気づいているのがわかっているかのように、フィーリアを引っ張りあげるような力強い眼差しを向けられていた。励まされたように心が温かくなる。


「……うん、頑張ってみる」


 自然と前向きな言葉が口から出ていた。

 これから始めることはみんなの迷惑にしかならないのかもしれない。でも、クトラが応援してくれると言う。諦める前に、一度だけでも挑戦してもいいのではないかと思えた。

 一度覚悟が決まると、これからしなければいけないことが次々と頭に思い浮かぶ。


「それでこれからどうするの?」


 手伝うにしても方針が決まっていないと何をしていいかわからないと言われる。

 まず、お父様に事情を説明して結婚相手との話を破棄してもらわなければならない。流石に他の人との結婚話があるのに、ダウール様に想いを伝えるわけにはいかない。何事もお父様の許可が出てからだ。


「お父様に結婚話を破棄してもらえるように話をしようと思う」

「確かにまずはそこをはっきりさせないとだね。……一人でも大丈夫?」


 身内の話だから同席出来ないよねと心配そうに見つめられる。


「……大丈夫。お父様にこんなお願いをするのは初めてだけど、誠心誠意お願いしてみる」


 こんな自分勝手な我が儘なことを言ったことなど一度もなかったけれど、でも筋を通す為にも避けては通れない道だとわかっていた。だから誠心誠意お願いするしかないと思う。


「そっか、頑張れ」

「うん、頑張る」


 最大の難関だとクトラに言われ、応援するしか出来ないけれどとも言われた。

 応援してもらえているとわかっているだけで心強い。

 まずはラマに明日お父様に来ていただけるかどうか、伝言を頼まなければ。何をするにも迅速に。そうしないと今のフィーリアは何も行動を起こせない。

 ラマを呼んで、お父様に伝言を頼んでいると、クトラはとても楽しそうに笑っていた。




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